第173話 山ごもりとかしたいです

「へぇ~~、ついに訓練場を壊しちゃったんだぁ。まあ、いつかそうなるとは思ってたけどね」


 大賢者は学長室の机でバナナパフェを食べながら、のんびりした口調で言う。

 一方、ローラ、アンナ、シャーロットの三人は、床に正座させられていた。

 その横にはエミリアが立っており、かつてないほど目をつり上げている。

 なおハクは関係ないという顔で、その辺をウロウロして遊んでいる。


「学長! もっと厳しく叱ってください! 甘すぎます!」


「うーん……でもふざけて壊したんじゃなくて、ちゃんと訓練してたんでしょ? 訓練場で訓練するなってのも変な話だし」


「それはそうですが……もっと手加減をですね……」


「あら。学校の設備が貧弱だからって、生徒に手加減してもらうの? そんな学校、通う意味がないじゃない」


「そ、それは、まあ、そうかもしれませんが……」


 エミリアは反論できなくなり、口ごもる。

 ローラも『言われてみれば自分は放課後まで訓練している生徒の鑑なのに、どうして叱られなきゃいけないんだ』と思い始めた。


「なんてね。強くなりたいって想いはこの学校の生徒として正しいけど、ローラちゃんたちは規格外なんだから。本気を出すときは時と場所を選ばなきゃ駄目よ。もうあなたたちの力は、周りに影響を及ぼすものだって自覚しなさい」


「はーい……」

「面目ない……」


 ローラとアンナは謝った。

 確かにどんな理由があろうと、学校を壊すのはよろしくない。

 しかも、こうなるかもしれないという予感があったのに、ついついハッスルしてしまったのだ。


「シャーロットちゃんも、ね」


「わ、わたくしはあの場にいただけで、今回は何もしていませんわ……!」


「今回はそうなんでしょうけど。言わなきゃ、そのうちやらかすでしょ?」


「そ、そんなことは……ありませんわよ……?」


 シャーロットは自分で自分を信じていなさそうな口調で答える。


「というわけでエミリア。この子たちには言っておいたから。今日のところはこれで勘弁してあげて。また同じことをしたら、そのときは厳しく叱らなきゃだけど」


「……分かりました。確かに、訓練していた結果のことですから、今回だけは見逃しましょう。今回だけは」


 エミリアは『今回だけ』というところを強調する。


「大丈夫ですよ、エミリア先生。流石の私たちも、同じ過ちは繰り返しません。多分」


「多分?」


「か、必ず!」


 ふざけて『多分』と言ってみたら、エミリアにギロリと睨まれてしまった。

 慌てて訂正する。


「エミリア先生。もう正座やめていい? 足がしびれる」


 と、アンナは自分の足を揉みながら言う。


「ああ、うん。もういいわよ」


 エミリアのお許しを得た三人は、よっこいしょと立ち上がる。

 すると、ウロウロして遊んでいたハクが、ローラの頭の上に戻ってきた。

 説教タイムが終わったのを悟ったのだろうか。


「ところで学長。この子たちを叱らないにしても、戦士学科の訓練場はどうしましょう?」


「訓練場と言っても、更地を壁で仕切ってただけだし。新しく建てるにしても、そんなお金かからないから大丈夫よ。でも、どうせ作り直すなら、もっと頑丈にしたいわね。あとで陛下に頼んでおくわ」


「おお。すると私たちが本気を出しても大丈夫ということですね!?」


「うーん……そこまで頑丈にはできないわねぇ」


「がっかりです」


 ローラは肩を落とす。

 本気本気とは言っているが、さっき訓練場の壁を破壊したとき、ローラはまるで本気を出していなかった。

 いつもよりは力を込めていたが、あれでも手加減していたのだ。

 その程度の力すら発揮する場所がないなんて、悲しい話である。


「私たちは明日からどこで特訓したらいいんだろう?」


 アンナが疑問を口にする。

 するとシャーロットが髪をかき上げ、不敵に笑った。


「ふふふ。わたくしはいつも森で秘密の特訓をしていますわ。誰も巻き込まずに済むので、オススメですわ!」


「おお、なるほど! 王都の外まで行くのは面倒ですが、それしかないですね」


「でも、それって本当に誰も巻き込まないの? 近くに冒険者とか旅人とかいたりしたら、大変なことになるんじゃ……」


「い、一応、最初に確認してから始めますわ!」


「一応って……」


 アンナはシャーロットに疑わしそうな視線を向ける。

 ローラも同じ思いだったので、同じ顔をしてみた。


「ほ、本当にちゃんと周りに気を配っているのですわ! 誰も巻き込んだりしていませんわ! 信じてくださいましぃ!」


 シャーロットは必死な形相で弁明する。


「信じるので、そんな泣きそうな顔にならないでくださいよ。シャーロットさんなら、誰かが近づいてきたら気配で分かるはずですから」


「そ、そうですわ。そして、わたくしに気配を悟らせないほどの使い手なら、巻き込まれても平気ですわ!」


 酷い理論のような気もするが、実際、シャーロットが気配を察知できないような相手は、ちょっとやそっとでは怪我もしないだろう。

 というか、シャーロットが魔法の特訓をしていたら、人間だろうと動物だろうと逃げ出すに違いない。


「では、私たちも明日からシャーロットさんと一緒に森に行きましょう」


「いつかローラさんに追いつくための秘密の特訓だったのですが……アンナさんの魔法剣に興味があるので、一緒に特訓するのも一興ですわ!」


「分かった。三人一緒ならいつもより楽しく特訓できるはず」


 アンナも森で特訓することに異存はないらしい。

 これは明日の放課後が楽しみだぞ――とローラがワクワクしていると、大賢者が冷水を浴びせるようなことを言ってきた。


「盛り上がってるところ悪いけど、王都の周りにある森は陛下の土地よ? あなたたちが特訓したら木が何本も吹っ飛ぶと思うんだけど。王家の財産を破壊するなんて、やんちゃすぎない?」


 大賢者の言葉を聞き、ローラたち三人は固まる。

 特にシャーロットは引きつった顔になっていた。きっと身に覚えがあるのだろう。


「で、ですが学長先生。冒険者は森でモンスターを狩っていますわ……そして戦闘中に木々を破壊してしまうのは仕方のないことですわ!」


「そうそう。モンスター狩りは治安維持に必要だから、森を破壊してもお咎めなしってことになってるのよ。でも、あなたたちは特訓のために破壊するんでしょ? 陛下にバレたら怒られるわよ?」


 ローラは女王陛下が怒っているところを想像した。

 大国の女王という立場でありながら、気さくで話しやすい人だ。

 おまけに、本当は成人女性なのに、大賢者の魔法でローラよりも小さな女の子の姿に変えられている。

 抱きしめたくなるほど可愛らしい外見だ。

 しかし先日、文化祭のとある事件がきっかけで、女王陛下は本気で怒っていた。

 一国の頂点に立つ者に相応しい、迫力ある憤怒だった。

 あの怒りが自分たちに向けられるのかと思うと、ローラは身震いしてしまう。


「シャーロットさん……ご愁傷様です……」


「そ、そんなローラさん……自分は関係ないみたいなことを言わないでくださいまし!」


「だって……私とアンナさんは未遂ですから……でもシャーロットさんは今まで毎日やってたんですよね?」


「シャーロット。牢屋に入れられたら、ちゃんと差し入れ持って行くから。頑張って」


 アンナはシャーロットの肩をポンと叩いた。


「う、う……まさか森で特訓することがそんな重罪だったなんて……皆さんと一緒に卒業したかったですわぁ……!」


 シャーロットは本気にしてしまったようで、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 それを見て大賢者が慌ててフォローする。


「大丈夫よ。木材を盗んだとかならともかく、修行して木を折ったくらいじゃ、懲役とかないから。多分」


「多分ですの!?」


「いや、ほら、陛下は優しいから。それに黙ってたらバレないわよ。シャーロットちゃんが森林破壊をしていたのはここにいる人だけの秘密。シャーロットちゃんの将来のため、他言無用よ」


 そう呟き、大賢者は口に人差し指を当てた。

 たんに放課後をどこで過ごすかという話だったのに、王家をも巻き込んだスケールの大きな話になってきた。

 ローラは大犯罪に加担しているような気分になり、ゴクリとツバを飲み込む。

 が、冷静に考えてみると、そう大したことでもないような気もする。


「それで結局、私たちは放課後、どこに行ったらいいんだろう?」


 アンナが問題の本質を突いた。

 そうだ。重要なのはそれなのだ。

 シャーロットをからかっている場合ではない。


「草原に行ったらいいんじゃないの? 木をへし折る心配ないし。開けた場所だから、いちいち気配を探らなくても、周りに誰かいないか一目瞭然だし」


 大賢者の言葉に、ローラたちは手のひらを叩いて「おお」と声を上げる。


「その手がありましたか! 盲点です!」


「流石は学長先生ですわ~~」


「……それほど盲点だったかしら? むしろあなたたちが、どうして今まで森にこだわっていたのかを聞きたいわ」


「いえ、だって、修行というのは、うっそうとした森の奥でやるものというイメージがあるのですわ!」


「あ、分かります。山ごもりとかもしたいですよね!」


「同感。草原だとちょっと、のどかすぎる」


 ローラたち三人はうなずき合う。

 すると大賢者とエミリアも「確かに」と呟いた。


「……言われてみると、草原だとピクニックみたいねぇ」


「修行はある程度、険しい場所じゃないと雰囲気が出ないかも……?」


 先生たちもそう思うということは、やはり草原は特訓場所に相応しくないのかもしれない。


「これは困りました。雰囲気を取って森にするか、安全を取って草原にするか……迷いますねぇ」


「ローラさん。そこは安全を取るべきですわ。いくら冒険者でも、こんなところで冒険をしても無意味ですわ! わたくし、牢屋生活は嫌ですわ!」


 シャーロットが悲鳴を上げる。


「確かに、シャーロットさんが牢屋に引っ越したら私も困ります。ここは雰囲気を犠牲にして草原にしましょう。でも……山ごもりもいつかやってみたいですね。私、一度でいいから滝に打たれてみたいです!」


「精神力が鍛えられそうですわ!」


「でも今は寒いから風邪引いちゃいますね。来年の夏になったらチャレンジしましょう」


「水着買わないと」


「お、アンナさん、どんな水着を買うんですか!?」


「まだ決めてないけど、可愛い奴」


「わたくしが選ぶのをお手伝いして差し上げますわぁ」


「ぴー」


「おや、ハクも水着が欲しいんですか? でも子供ドラゴン体型の水着ってあるんですかね?」


 そうやってローラたちがはしゃいでいると、横からエミリアが、


「それって修行じゃなくて、ただの水遊びなんじゃない?」


 と、冷静なツッコミを入れてきた。

 無論、ローラもそれに気付いていたが、しかし楽しむことも重要なのだと自分に言い聞かせ、エミリアのツッコミを無視した。

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