第172話 訓練場を壊してしまいました

「じゃあ、行くよ」


 アンナは短く呟き、そして剣の魔力を解放する。


 まずは左手に持つ雷の魔法剣。そこから溢れた魔力がアンナの周りで放電現象を引き起こす。バチバチと音を上げながら、青白い雷がアンナを包み込む。まるで電気の結界だ。


 次に右手に持つ風の魔法剣。大気の流れを操り、アンナの体を砲弾のような勢いで押し出す。そこに脚力も加わり、学園全体に響くような爆音をともなって加速する。


 それは単純な体当たりだったとしても、岩をも砕く威力だろう。まして、その速度で繰り出される斬撃となれば、上級モンスターの皮膚すら紙同然に斬り裂くはず。

 更にアンナは電撃をまとっている。

 つまり、アンナの剣を普通に剣で受け止めると、感電し動けなくなる――いや、それどころか黒焦げにされてしまうかもしれない。


 これだから剣術と魔法の組み合わせは恐ろしいのだ。

 片方を防いでも、もう片方の攻撃で致命傷を負いかねない。

 しかし裏を返せば、両方を防いでしまえばいいという話。


 剣術と魔法の組み合わせはアンナの専売特許にあらず。

 むしろローラのほうが手慣れている分野だ。


 ローラは強化魔法で身体能力を大幅に底上げしつつ、同時に、全身と剣全体を防御結界でガードする。

 安物の剣だが、古代文明の魔法剣と打ち合っても、これで負けないはずだ。


「てやぁっ!」


 ローラはアンナの攻撃を己の剣で弾こうと動く。

 まず狙うのは、雷の魔法剣だ。

 刃と刃が触れた途端、強烈な電撃がローラを襲う。

 が、強固な防御結界がそれを完全に防ぐ。ローラは痛くもかゆくもない。

 電撃を無効化してしまえば、魔法剣はただの名剣に過ぎない。

 力とタイミングを合わせ、ローラは雷の魔法剣を無事に弾いた。


 しかし、もう一本。風の魔法剣が薙ぐような太刀筋で、ローラの横腹に迫り来る。


「――っ」


 とてつもなく速い。

 ローラの剣は一本。アンナは二本。この時点で、手数では圧倒的に不利。

 それに加え、技量でもアンナが勝っているのだ。

 電撃を防げても、このままでは剣撃を防げない。


 ゆえにローラは、強化魔法をより強くかけるしかなかった。

 これまでローラは、放課後にアンナと試合をするとき、アンナと同じくらいの身体能力になるよう強化魔法を調整していた。そのほうが剣の特訓になるからだ。

 だが、最早そんな余裕はない。

 強化魔法でアンナに倍する身体能力を得て、強引に自分の剣を風の魔法剣にぶつける。

 かろうじて間に合った。

 そのまま力任せに弾き飛ばす――つもりだったのに、不意の突風により、体勢が崩れてしまう。

 弾き飛ばすどころか、転ばないようにこらえるのがやっとだった。


 もちろん、偶然に吹いた突風ではない。

 アンナが魔法剣を使って起こした風だ。


 ローラは一瞬であるが動きを止めてしまった。

 そこに先程弾いた雷の魔法剣が、もう一度振り下ろされる。

 今度は防げない。来ると分かっているのに反応できない。


 剣で防ぐのが不可能な以上、防御結界を分厚くして防御するか、あるいは攻撃魔法でアンナを吹き飛ばすか。

 いずれにせよ、そうなっては剣の勝負から逸脱している。

 つまり、ローラはすでに負けている。チェックメイトだ。


 それはアンナもよく分かっているだろうに、振り下ろす剣を止めようとしない。

 剣の勝負がついても、その先にある別の戦いを望んでいるということか。

 すなわち、何でもありの戦いだ。


 ――だったら!


 アンナがそのつもりなら、ローラとしても望むところ。

 剣を振り回せる体勢ではないにしても、頭だけは回っている。

 手足を動かせずとも、集中力さえあれば魔法は使える。

 いや、簡単な魔法なら集中力さえ不要だ。

 風で体勢を崩されたのだから、意趣返しにローラも魔法で風を起こして、アンナを吹き飛ばしてやろう――。


 ローラがそう考えた瞬間、眩い閃光で目の前が真っ白になった。

 何も見えない。

 驚きのあまり、ローラは思考を止めてしまう。

 すると足払いをかけられた感覚。そして背中から転倒。

 そこに至り、ローラはようやく、雷の魔法剣が放った光で視界を潰されたのだ、と理解した。


「まだです!」


 目が見えないローラは、四方八方に強風をまき散らす。

 するとあちこちから悲鳴が聞こえてきた。

 おそらくアンナだけでなく、観戦していた生徒たちも吹っ飛んだらしい。

 だが、今はそこまで気を遣っていられない。

 ローラは素早く起き上がり、剣を構え直す。

 そのときには視力が回復していた。

 やはり生徒たちが倒れている。

 しかしアンナはもう立ち上がり、臨戦態勢を整えている。


「……今ので終わったと思ったのに」


「確かに雷の魔法剣で視界を奪いに来るとは思いませんでした。危なかったです。ですが、もう通じませんよ。強い光は遮断するよう、防御結界を調整しました。サングラス結界です!」


「そう。じゃあ小細工抜きで、力押しするしかない」


「本気ですか? 私はもう剣士としてではなく、魔法使いとして戦いますよ? いくらなんでもアンナさんに勝ち目はありません!」


「それはそうだけど。今は勝ち負けより、この魔法の双剣でどこまで戦えるのか確認するのが目的だから」


 アンナは真剣な眼差しをローラに向けてくる。

 強くなりたい――そう顔に書いてある。

 誰よりも強くなるために、まずは今の自分よりも。

 彼女らしく、一歩一歩、確実に前に進んでいこうという意思が見える。


「そういうことなら……分かりました。もうちょっと魔力を出しましょう!」


「じゃあ私は防御を考えずに全力で行く……殺さないでね」


「無論です! 魔法使いとしての私を信じてください!」


 ローラは自分に剣士としての才能がないとは思っていない。現に入学したときに計った適性値は高かったし、小さな頃から鍛錬を積んできた。弱いわけがない。

 が、それはあくまで常識の範囲内の才能にとどまっている。

 現にこうしてアンナに追い抜かれてしまった。


 だが魔法使いとしてのローラは、学園側いわく大賢者をも超える才能だという。

 ローラにとって剣術を使って戦うのは、もう趣味の領域になってしまった。

 本気を出すときは、魔法がメイン。

 魔法使いに徹すれば、アンナの本気を受け止め、かつ怪我をさせないように反撃する余裕くらいあるのだ。


「確かに。ローラなら信じて撃ち込める」


 そしてアンナが持つ二本の魔法剣の刃が、竜巻に包まれた。

 激しく風が舞う。どこからか飛んできた木の葉が吸い込まれ、そして刃に触れる前に粉微塵になる。

 その竜巻に、雷が加わる。

 大気そのものが燃えているかのように、激しく発光する。

 光の嵐だ。

 溢れ出した雷が周囲の地面を焼いていく。

 アンナ自身の制服が焦げるほどの力だ。

 彼女がその剣で軽く土の地面を薙ぐと、ヨーグルトをスプーンですくったようにえぐれてしまった。


 斬るというより、滅すると称すべき威力。

 人間など一刀のもと、直撃せずともかすっただけで跡形もなく蒸発させてしまうだろう。


 なるほど。これは授業中には使えない。

 ローラにだからこそ、使ってくれるのだ。


「真っ向から受け止めます!」


 ローラもまた、自分の剣に魔力を込める。

 ただし剣術で対抗しようとはもう思っていない。

 剣はあくまで、自分の魔力をアンナの魔法剣に叩き付けるための触媒。

 二重三重に刃を防御結界で固め、更に光のエネルギーをまとわせる。


「光よ、我が魔力を喰らえ。刃に集え。雷と嵐をも焼き尽くす力となり、眼前の敵を打ち砕け――」


 久しぶりの呪文詠唱。

 それによりローラの集中力が高まり、アンナに怪我をさせずに勝負に勝つ、丁度いい魔力が剣に集まった。


「やばい、ローラちゃんの目が本気だ! 逃げろぉぉぉぉ!」


 観戦していた生徒たちが、悲鳴を上げて訓練場から逃げていく。


「ふ、ふふ……皆さん、根性が足りませんわ。わたくしは逃げたりしませんわ……!」


 シャーロットは声を震わせながら、ハクを抱きしめ、周りに渾身の防御結界を張り巡らせる。


 そして、ローラとアンナの剣が激突する。


 巨大な魔力と魔力の鍔迫り合い。


 勝利したのは、もちろんローラ。

 押し切られたアンナは、精神力を使い切り、魔法剣の魔力を暴走させてしまう。結果、大爆発を引き起こした。


 もともと訓練場には天井が存在しないので、爆風と炎が空に向かって伸びていく。

 だが、それでもエネルギーが収まらず、ついには訓練場の壁を吹っ飛ばしてしまった。


 その爆発が収まったあとには、ローラただ一人が立っていた。

 アンナは吹っ飛び、地面に伸びて目を回している。

 シャーロットもハクを抱いたままひっくり返り、同じく目を回している。


「ぴー」


 ハクだけはシャーロットに守られたお陰で無事だったらしく、元気に羽ばたき、ローラの頭の上に戻ってきた。


「ふふふ、勝ちましたよ。アンナさんも強かったですが、私がちょっとその気になればこんなもんです。真っ向勝負なら、学長先生以外には負ける気がしません!」


 と、ローラは胸を張って自慢してみた。

 しかし誰も応えてくれない。

 観客は逃げたし、残った二人は気絶しているので当然だ。


 寂しいなぁとローラが思っていると、遠くからエミリアの声が近づいてきた。


「ローラさぁぁぁぁん!」


「あ、エミリア先生。私の勝利を讃えてくれるんですか?」


「訓練場を破壊するなんて、どうしてあなたは大人しくしていられないのよ! こらぁぁぁぁぁっ! 今日という今日は許しませんからねぇぇぇぇ!」


「あ」


 やってきたエミリアは、ベヒモスのような表情になっていた。

 弁解する余地もなく、頭にゲンコツが振り下ろされた。

 ローラの頭の上にいたはずのハクは、エミリアの顔を見るなり、上空に逃げていた。おかげでゲンコツがローラに直撃する。


「痛い、痛いですよエミリア先生! 急に何するんですかぁ……」


「何するんですかはこっちの台詞よ! トラブルメーカーにも限度があるでしょ! 学長にも叱ってもらいます! こっちに来なさい!」


「ひぇぇ、ごめんなさい……しばらく大人しくしていようという心意気はあったんです……でも、なぜかこんなことに……あたたた、ほっぺを引っ張らないでください……どうして私だけ……アンナさんも一緒に戦ってたのに!」


 ローラの抗議は受け入れられず、そのまま学長室まで連行されてしまった。

 そのあとを、気絶から復活したアンナとシャーロットが、ハクを連れて追いかけてきてくれた。


 皆で怒られたら怖くないの精神である。

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