第171話 魔法剣のお試しです

 アンナの膂力に耐えられる双剣を手に入れる――。

 そのためにローラたちは古代文明の遺跡である浮遊宝物庫に行き、二本の魔法剣を見つけ出した。

 雷の魔法剣と、風の魔法剣。

 古代文明が残した剣だけあって、たんに魔法の効果があるだけでなく、自ら意思を持って行動するという、世にも珍しい魔法剣だ。


 おまけにその二本は夫婦で、ローラたちと出くわしたとき、夫婦喧嘩の真っ最中だった。

 それを仲裁したことで、アンナは魔法剣の夫婦からマスターと認められ、無事にギルドレア冒険者学園に持ち帰ることに成功したのであった。


 魔法剣は自分の意思で空を飛ぶことができるので、マスターであるアンナの後ろをふわふわと付いてくる。

 鞘に収めて持ち運ばなくてもいいので、楽ちんだ。

 とはいえ、抜き身の剣が空を飛んでいては、周りの人たちを不安にさせてしまう。

 そこで魔法剣に合うサイズの鞘を特注で作り、普段はそれに収め、アンナが背負って持ち運ぶことにした。

 これでパッと見ただけでは、普通の剣と変わらない。


 しかし魔法剣は二本とも気分屋なので、授業中、勝手に鞘から抜け出し、教室の中をふわふわ漂ったりしているらしい。

 当然、最初は教師も生徒も驚いていた。

 だがギルドレア冒険者学園は、そういった奇想天外なことがよく起きる場所だ。

 剣が空を飛んだくらいでは、さほどインパクトがない。

 二回目からは「お、飛んでる飛んでる」くらいの反応になり、普通に授業が続行されたという。


「戦士学科の一年生は肝が据わってるんですねぇ。魔法学科で剣が空を飛んだら、きっと大騒ぎになりますよ」


「そうかな? ローラとシャーロットがいる時点で、剣が空を飛ぶより凄いことが毎日起きてると思うんだけど」


「はて? 心当たりがないですね……」


 放課後。

 いつものように戦士学科の訓練場にやってきたローラは、アンナの台詞に首を傾げた。

 たしかにローラとシャーロットは、一般的な生徒の基準から逸脱した魔力を持っている。

 ゆえに、ときどき騒ぎを起こしてしまうが……剣が勝手に空を飛ぶほうが凄いに決まっている。


「そうですわ。わたくしもローラさんも、近頃は普通にしていますわ!」


 珍しく訓練場に付いてきたシャーロットがアンナに抗議する。


「……神獣がいる教室が、普通のはずないと思うんだけど」


 と言って、アンナはローラの頭の上に座っているハクを撫でた。


「ぴー?」


 ハクは何を言われているのか分からないという声を出す。


「ほら。ハクも普通だよと言ってるじゃないですか。魔法学科一年はとても普通なのです。剣が空飛んでる戦士学科のほうが変なんです。と言うわけで、トラブルメーカーの称号は、アンナさんに差し上げます」


「そんな称号があったとは」


「エミリア先生のお墨付きです!」


「じゃあ、エミリア先生が納得しないと、その称号は私に移動しないと思うんだけど」


「……言われてみれば!」


 ローラは愕然とした。

 どうやら、これからもトラブルメーカー扱いは変わらないらしい。


「ローラさん。そうやって押しつけなくても、大人しくしていれば、自然とトラブルメーカー扱いはされなくなるはずですわ。二人で頑張って大人しくいたしましょう!」


「はい! エミリア先生の胃に穴が空かないよう、大人しくしましょう!」


 ローラとシャーロットは誓い合う。

 こういう誓いは今までも何度かやったが、どうしたわけか、なかなか守られない。

 今度も守られないような気がするが、しかし諦めては駄目だ。

 大人しくしようという心意気は捨ててはならないのだ。


「それはそれとして。昼に約束したとおり試合しよう。ローラ相手じゃないと、怖くて魔法剣を使えない」


「望むところです。私も楽しみにしていました!」


「わたくしもそれが見たくて来たのですわ」


 浮遊宝物庫で見つけてきた二本の魔法剣は、非常に強力な魔力を秘めている。

 アンナはその力をまだ完全には使いこなせていない。

 力加減ができず、最悪、相手を殺してしまう恐れがあった。

 それゆえに授業中は、学校の備品である普通の剣を借りているらしい。


 だから魔法剣を使った特訓は、放課後だ。アンナはローラとシャーロットの指導のもと、魔法剣の魔力を使いこなす特訓を続けてきた。

 また風の魔法剣を使って、空を飛ぶ練習も重ねてきた。

 魔法剣を手に入れてから一週間が経った今、そろそろ実践的な特訓をしてもいい頃合いだろう。


 つまり、試合である。


 その相手を務めるのに最もふさわしいのは、ローラだろう。

 実力的にはシャーロットも十分条件を満たしているが、彼女は剣の心得がない純粋な魔法使い。

 いずれは魔法使いとの戦い方を身につける必要はあるが、やはり剣と剣の戦いから始めるのが感覚を掴みやすいはずだ。


「じゃあハクはシャーロットさんに預かってもらいましょう。危ないので」


「ぴー」


「ふふ。わたくしの腕の中がハクの別荘ですわ」


 ハクは本邸であるローラの頭から飛び立ち、別荘であるシャーロットの腕に飛び込んでいった。


「それでは、始めましょう、アンナさん!」


「私はいつでも大丈夫」


 ローラが長剣を両手で構えると、アンナも背負っていた二本の魔法剣を抜く。

 その瞬間、訓練場にいた他の生徒たちが、自分の訓練を中断し、遠巻きにローラとアンナへ視線を向けた。

 なにせローラ、アンナ、シャーロットは名物生徒扱いされている。

 そしてアンナが新しい魔法剣を手に入れたという噂は、すでに広まっていた。そのアンナがローラと試合するとなれば、観戦したくなるのだろう。


「最初から本気でいい?」


「望むところですよアンナさん! ドンと来い、です!」


 ローラは大きく頷いて答える。

 どんな攻撃が来ても受け止める自信があった。

 確かに剣の腕前では、もうアンナのほうが一歩先に進んでしまった。魔法剣に秘められた魔力も膨大だ。

 しかしローラの持つ魔力は、それらを遙かに凌駕している。

 少しばかり剣の技量に差が付こうとも、圧倒的な魔力差は覆らない。

 これから先、アンナが更に剣士として成長し、かつ魔法剣の魔力を自在に操れるようになれば話は変わるかもしれない。

 だが現状、真っ向勝負でローラが負ける要素はなかった。

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