第167話 実家に来ちゃいました

 水中洞窟を抜け、上層に飛び出し、結界を超え、風の魔法剣は飛ぶ。


「広いところに出たからには、もう逃げられないわよ。すぐに捕まえてあげるんだから!」


 大賢者は威勢よく叫び、風の魔法剣を追いかける。

 距離がグイグイ縮まり、あと少しというところで、大気が大きく波打った。

 風の剣から白いモヤが広がり、轟音が鳴り響く。


 授業で習ったことがある。

 これは物体が音の速度を超えたときに発生する衝撃波だ。

 ローラも走り回っているとき、よく出している。一度、校庭を走って衝撃波で校舎のガラスを割って、しこたま怒られた。衝撃波というのは、そのくらいのエネルギーを秘めているのだ。


「風の魔法剣と言うだけあるじゃない……皆、私にしっかり掴まって。ちょっと急ぐわよ」


 ローラたちは慌てて大賢者の肩や腕にしがみついた。

 次の瞬間、内臓がひっくり返りそうな加速が絨毯を襲う。


 流石の古代文明の魔法剣も、大賢者の飛行魔法からは逃げられない。

 追いつくのは時間の問題だ。

 と思いきや、風の魔法剣は進路を変え、高度を一気に落とした。


「その程度じゃ逃げられないわよ!」


 大賢者は絨毯をぐるりと回し、同じく高度を落としていく。

 そしてローラは、自分たちの向かう先を見て、「ひゃぁっ!」と悲鳴を上げてしまった。


「あれはミーレベルンの町じゃないですかー!」


 風光明媚な湖畔の町。

 これといった特徴はないが、ローラには大きな意味を持つ場所だ。

 なにせ生まれ故郷であり、大切な両親が住む町なのだ。


「やばっ! 剣が先に町に降りちゃったわ……」


 大賢者は悔しそうに呟く。

 しかし、これは仕方がないのだ。

 人を乗せている以上、それを気遣った加速をする必要がある。

 何より、衝撃波で地上を破壊する心配だってある。


 たんにあの剣を止めればよいというだけなら次元倉庫に閉じ込めるという手もあったが、今回は不倫の誤解を解くため、話し合うのが前提だ。

 閉じ込めたら余計にこじれるかもしれない。


 だが、ミーレベルンの町を巻き込むのなら、次元倉庫に入れてしまうべきだった――と考えても後の祭り。


 風の魔法剣が何かしでかす前に、止めるしかない。


「……剣が落ちた先って、ローラさんの実家の目の前ではありませんの?」


「そ、そうみたいです! お父さんとお母さん、大丈夫かなぁ……」


「いや。むしろローラの実家の前なら安心。きっと師匠が何とかしてくれるはず」


 アンナの言う師匠とは、ローラの父親のことだ。

 確かにローラの両親は、どちらもAランク冒険者。

 教科書に載るほどの実績を持っている。

 そんな二人なら、古代の魔法剣の一本くらい、止めてくれると信じたい……いや、アンナに止められたのだから大丈夫だ。


 そんなローラの信頼を裏切るような状況が町で起きていた。


「ああ、お父さんどうしたの!? いつから竜巻なんか起こせるようになったのよ!」


 実家の前で、ローラの母のドーラが悲鳴を上げていた。

 その視線の先には、風の魔法剣を持ち、湖の上に竜巻を発生させている父ブルーノの姿が。


「ぶぅぅぅん!」


 ブルーノは低音を口から放ち、竜巻を更に大きくする。

 明らかに風系の攻撃魔法だ。

 しかしブルーノは魔法嫌い。

 無意識のうちに習得していた強化魔法以外は、一切使えないはず。

 それなのに、見事な攻撃魔法を放っている。

 これはどう考えても、風の魔法剣に体を乗っ取られている。


「ぎょえー」


 あまりの事態に、ローラは妙な声を出してしまった。

 それを聞き、ドーラが絨毯ご一行に気付く。


「あら、あらあら? ローラに……皆に……学長先生まで!? あら、まあ、どうしましょう。急だから家が散らかったままで……ああ、それよりもお父さんが!」


「お、落ち着いてお母さん! お父さんは、あの剣に操られているんだよ!」


「剣に操られるですって!?」


「うん。あのね、あれは古代文明の魔法剣で、かくかくしかじかで、意思を持った剣なんだよ!」


「それは大変!」


「え、ドーラさん、今の説明で理解しましたの!?」


「いいえ、何がどうかくかくしかじかなのか分からないけど、お父さんと剣を引き離せばいいってのは分かったわ!」


「この状況でそれだけ分かるとは大したもの」


 アンナは感心した声を出す。そして絨毯から真っ先に飛び降り、雷の魔法剣を持ってブルーノへと近づいていく。


「アンナちゃん!? せっかく学長先生がいるんだから、トラブル解決は任せちゃったほうがいいと思うんだけど……?」


 ドーラは冒険者学園の元生徒だけあって、大賢者の万能っぷりを理解している。

 それに話を聞く限り、ドーラとブルーノは、パジャレンジャーの中の人たちよりも問題児だったらしい。

 ならば、大賢者に助けてもらった回数も多いのだろう。


 しかし、今回ばかりは大賢者が助けては駄目なのだ。

 アンナと雷の魔法剣だけで終わらせるべき問題なのだ。


「ドーラ、久しぶりー。今回の私は観戦モードよ。心配しなくても、今のアンナちゃんは強いから、あなたも観戦してなさーい」


「はあ……相変わらずですね学長先生……考えてみたら、トラブルを解決するのと同じくらい、トラブルを起こすのが好きな人でした……でも、学長先生が大丈夫と言うなら大丈夫と信じます。と言うわけで……ふれーふれー、アンナちゃーん!」


 夫が古代文明の怪しげな剣に乗っ取られているというのに、ドーラは元気な声援を放つ。

 我が母ながら、何という切り替えの早さだろうとローラは感心した。

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