第166話 近頃の魔法剣は進んでいます

「この近くに、もう一本、魔法剣があるらしい」


 アンナのその一言で、次の行き先が決まった。

 一層では大賢者が案内役だったが、今回はアンナが先頭に立って、皆を導く。

 もっとも、実際に道案内しているのは雷の魔法剣で、アンナがそれに従って歩いているだけなのだが。


 先程、ローラがハク占いを失敗した十字路を直進し、雷の魔法剣があったのと似たような部屋に辿り着く。

 そこにも台座があり、そして剣が突き刺さっていた。


「この威圧感……間違いなく魔法剣! さあ、アンナさん。引っこ抜いて、念願の二刀流になるのです!」


 ローラは気軽にけしかけた。

 とはいえ、アンナの安全を軽んじているわけではない。

 気軽なのには理由がある。


 なにせ、さっきの戦いは『古代文明の魔法剣』と『普通の鉄の大剣』という、不公平なものだった。

 そんな不公平な戦いを勝ち残ったアンナが、今度は魔法剣を使って戦うのだ。

 楽に勝てるに決まっている。

 少なくとも黒焦げになるほど苦戦はしないだろう。


「待って。雷の魔法剣が、何か言ってる」


 アンナは部屋の入り口で立ち止まり、ブゥゥゥンという音に耳を傾けた。

 次の瞬間、その眉が八の字に歪む。


「どうしたんですか、アンナさん。あの魔法剣、雷のより危険なんですか?」


 ただならぬ気配を読み取り、ローラは警戒心を強めた。


「いや……そうじゃなくて……その、何というか……翻訳すればいい?」


「当然です。私たちは剣が何を言っているのか分からないんですから」


「アンナちゃん、お願い。古代文明の遺産の言葉は、とても興味深いわ」


 大賢者は懇願するように言った。

 するとアンナは、渋々という様子で剣の言葉を語り始める。


「久しぶりだな、風の剣よ。見ろ、我はついにマスターを見つけたぞ。この赤毛の少女は幼いが優れた剣士だ。しかも、まだまだ伸びる余地がある。お前も共に来い。次のチャンスは何千年先になるか分からないぞ。それとも、まだあれを気にしているのか? あれはお前の誤解。我は浮気などしておらん!」


「……浮気?」


 古代文明の遺産の台詞にしては俗すぎる単語だ。

 大賢者は怪訝な顔で首をかしげた。

 無論、ローラたちだって戸惑いを隠せない。

 聞き間違いだろうかとすら思ってしまう。


 そのとき、台座に刺さったままの剣がブゥゥゥンという低音を出す。

 何となく、怒っているような響きだった。


「ば、馬鹿を言え! そんなことがあってたまるか! 我は初めてお前とあの十字路で会ったときから、お前一筋なのだ! 他の武器に心変わりするなど……奴とはただ会話していただけではないか!」


 ブゥゥゥゥンッ!


「くっ、お前がこんなに分からず屋だと知っていたら、結婚などしなかった!」


 アンナは赤くなりながら熱演する。

 翻訳しろとは言ったが、別にそこまでしなくてもいいのに。

 やっているうちに感情移入してしまったのだろうか。


「それにしても結婚って……近頃の魔法剣は進んでいますねぇ……」


「ローラさん、近頃のではありませんわ。何千年も前の古代のですわ」


「うぅ……剣ですら結婚しているのに……どうして私は……」


「ぴー」


「まあ、ハクったらエミリアを慰めてくれるのね。優しいわぁ」


「私……神獣から見ても哀れなの……?」


「ああ、ハク。かえってエミリア先生が落ち込んでますよ。ほら、私の頭に戻って!」


「ぴー?」


 エミリアが本格的に泣きそうになっているとき、魔法剣のほうも修羅場を迎えていた。


「ち、違う! 今のは言葉のアヤだ……誰もお前を嫌いなどとは……ああ、待つのだ!」


 アンナが叫ぶと同時に、二本目の魔法剣は台座から浮かび上がり、突風を巻き起こしながら部屋から出て行った。

 完全に痴情のもつれだ。

 古代文明の神秘は、一欠片も感じなかった。

 いや、魔法剣が色恋沙汰を語っていることこそ神秘といえるかもしれない。


「……はっ! アホらしくてボンヤリしていたけど、貴重な魔法剣が逃げちゃったじゃない! 追いかけないと!」


 大賢者は叫び、次元倉庫から絨毯を出した。

 その声で、ローラたちも事態を把握する。

 これは色恋沙汰ではなく、古代文明の遺産を巡る冒険なのだ。

 ぽかんとしている場合ではない。


 皆で絨毯に飛び乗り、二本目の魔法剣を追いかける。

 タイムラグが少なかったおかげで、かろうじて相手の姿を捉えることができた。


「これって……外に向かっているみたいですね!」


「魔法剣の家出ですわ」


「これ、レポートにしてギルドに提出しても信じてもらえなさそうね……」


「そのときは私とエミリアの名前で個人出版しましょー」


 絨毯は通路を進み、一層へ上り、昨日来た道を右へ左へと駆け巡る。

 その最中、雷の魔法剣はブゥゥゥンと唸り続けていた。


「この魔法剣……奥さんに捨てられて泣いてる」


「なんと……悲惨な……それにしても、ケンカの原因は何なんですか? 浮気がどうとか言っていましたが……」


「浮気はいけませんわよ」


「浮気は誤解みたい。でも奥さんが……風の魔法剣が信じてくれないみたいで。学長先生、何とか追いついて。このままじゃ雷の魔法剣が可哀想」


「分かってるわ。角が多くて姿は見えないけど、ちゃんと捕捉してるから。それにしてもアンナちゃん、すっかりその剣に感情移入してるわね」


「……言葉だけじゃなく、感情も流れ込んでくる。奥さん想いの剣」


 アンナがそう語ると、エミリアが深い深いため息を吐いた。


「私もそんな奥さん思いの人と結婚したいなぁ……」


 ローラは恋愛には詳しくないが、『剣に嫉妬するなど、いよいよ末期だ』というのは誰に言われずとも理解できた。

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