第165話 頑固な魔法剣でした

「全然何も感じなかった。それどころかこの雷……私の意思で動く」


 アンナは剣を高くかかげ、そして刃の先をバチッバチッと光らせて見せた。


「そんなまさか。攻撃魔法の訓練をしていないアンナさんに操れるほど、電撃というのは容易いものではありませんわよ」


 シャーロットは疑わしそうに言ってアンナに近づいていった。

 その瞬間、剣から細い稲妻が伸びてシャーロットに落ちる。


「あひゃぁぁぁんっ! し、しびれますわぁぁぁ!」


「これで信じてくれた?」


「信じますわ……そして肩こりが治った気がしますわぁ……」


 シャーロットは肩をさすりながら、少しうっとりした声を上げた。


「え、肩こりが治るの? それは私も興味あるわね……」


 エミリアがぽつりと言った瞬間、電撃が落ちてきた。


「ひゃぁぁぁっ……あ、本当! 楽になった気がするわ!」


 肩をぐるぐる回して喜ぶエミリアを見て、ローラは羨ましくなってきた。


「アンナさん、私にも電撃を!」


「いいけど……ローラ、肩こってるの?」


「いえ、特には……」


「じゃあ、やめたほうがいいよ。しびれるだけで、いいことはないと思う」


「そうですか……どうやったら肩こりになるんでしょう?」


 ローラはシャーロットとエミリアを観察してみた。

 そして、自分と彼女らの違いを発見する。

 胸だ。

 向こうには大きな胸があり、こちらにはない。


「ふーんだ!」


「ローラさん、急に拗ねてどうしましたの?」


 シャーロットが問いかけてくるが、説明するのもまた腹立たしいので、頬を膨らませるだけにしておいた。

 すると大賢者が「あらぁ♪」と言いながら、頭をなでてきた。

 しかし大賢者も胸が大きいので、ローラの敵である。


 そうやってローラが不機嫌な顔を作っていると、アンナの剣から、ブゥゥゥンという低音がまた広がった。


「あ、凄い。剣の言葉がハッキリ聞こえる」


 アンナは剣を凝視しながら言う。


「え、本当ですか? 私にはさっぱり聞こえませんが……今度は何と言ってるんです?」


「えっと……『我は誇り高き、雷の魔法剣。肩こりを治すためにあるのではない』と怒ってる」


「ほぇぇ……随分とまた人間くさいことを言うんですねぇ。それで、魔法剣さんは、どうして襲いかかって来たんですか?」


「なんか、自分の所有者に相応しい剣士が現れるのを、ここでずっと待ってたみたい」


「ええ!? 何千年もですか!」


 ローラは仰天して飛び上がる。

 さぞかし暇な毎日だっただろう。

 ローラだったら三日で嫌になる。

 きっとオムレツ禁断症で暴れ回るに違いない。


「ねえ、アンナちゃん。剣の声、私たちにも聞こえるようにできないかしら?」


 大賢者は顎に手を当て、真面目な顔で質問した。

 それに答えるように、ブゥゥゥンと剣が唸る。


「……所有者以外との話すのは疲れるから嫌だと言っている。短い単語を伝えるのがやっとで、会話にならないらしい」


「あらそう。じゃあアンナちゃんに通訳をお願いするわ。それでズバリ聞きたいんだけど、この場所、浮遊宝物庫は何のために作られたの? 地下何層まであるの?」


「……知らないって。雷の魔法剣は、気がついたらこの部屋にいたみたい。でも、自分の力と、その力を授けるにたる所有者が現れるのを待つのが自分の使命だというのは、最初から分かっていたって」


「そう……古代人は剣に意思を与えても、知識までは与えなかったのね」


 それから大賢者は魔法剣を質問攻めにした。

 古代文明の人々も、今の人間と同じ姿だったのか。

 どの程度の魔力を有していたのか。

 いつ発祥した文明なのか。

 なぜ滅びたのか。


 だが、答えは一つも返ってこない。


「意思を持った剣ってだけでも大発見なんだけど……もうちょっと情報が欲しかったわねぇ」


「学長。高望みしすぎでは?」


「いや、そうなんだけど」


 エミリアの言葉に同意を示しつつも、大賢者はガックリと肩を落とした。

 それに気分を害したように、剣がブーンブーンと音を出す。


「無知で悪かったな、だって」


「あ、ごめんなさい。別にあなたが悪いわけじゃないのよ。私が勝手に落ち込んでいるだけで……」


 大賢者は両手を合わせ、魔法剣に向かって謝った。


「ローラさん、学長先生が剣にペコペコしていますわ……とてもシュールな光景ですわ」


「ですよね……長年使った剣には愛着が湧くので話しかけることもあるでしょうが……初対面の剣と会話して怒られるなんて、学長先生、やはり只者じゃありません」


「ちょっとあなたたち。陰口ならもっとヒソヒソと話しなさいよ」


「「ひゃあ、ごめんなさい」」


 珍しく大賢者が不機嫌な様子だったので、ローラとシャーロットは怖くなってエミリアの背中に隠れた。


「私を盾にしないでよ……それでアンナさん。その剣、持って帰るの?」


「この剣は私をマスターと呼んでいる。私に使って欲しいらしい。だから持ち帰る」


「……学長、大丈夫でしょうか? 古代文明のよく分からない魔法剣を生徒に与えても……」


「あら、エミリア。アンナちゃんは自分の力で魔法剣の信用を勝ち取ったのよ。ダンジョンのお宝は、最初に手に入れた人の物って原則があるでしょ。たとえ教師と生徒でも、アンナちゃんのお宝を取り上げる権利なんてないのよ」


「まあ、そうなんですけど……いえ、万が一、魔法剣が王都で暴走なんかしたら、学長が責任を持って止めてくれるのかなぁと思いまして」


「おっけー、おっけー。任せてー」


「……学長がそう言うのであれば」


 責任の所在をハッキリさせたエミリアは、安心した様子で息を吐いた。

 大人二人がそんな小難しい話をしている横で、アンナは新しい相棒となる魔法剣を手に持ち、振り回したり電撃を飛ばしたりと、色々試していた。

 ローラとシャーロットはそれを、ジッと見つめる。

 正直、メチャクチャ楽しそうだ。


「ア、アンナさん……その剣……私にもちょっと触らせてください」


「わたくしもやってみたいですわぁ」


「……二人はこの剣がなくても電気を出せるでしょ?」


「それはそれ、これはこれです!」


「馬車より速く移動できるとしても、馬車の旅はそれはそれで情緒があるのと同じですわ!」


「……分かるようなわからないような……でも、魔法剣が嫌がってるから、駄目」


「ええ!? なぜです? ちょっとくらいいいじゃないですかー」


「……剣いわく『マスター以外には触れられたくない。我は一途な剣なのだ』だって」


「頑固な魔法剣ですわ……」


 一途だの頑固だの、どう考えても剣を形容する言葉ではない。

 しかし、意思を持っている以上、性格というものもあるのだ。

 剣に性格がないというのは偏見だったのだ。

 今日一日で剣に対する考え方が随分と変わってしまったローラであった。

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