第164話 アンナさんがマスターです

 雷鳴が轟く。閃光がほとばしる。

 雷の剣士は、ただ立っているだけで周囲に膨大なエネルギーをまき散らし、それを身にまとったまま、アンナに斬りかかっていった。


 逃げない。避けない。

 アンナが選んだのは、真っ向から力のぶつかり合い。


 遮蔽物のない開けた空間で、真正面から剣と剣をぶつけ合う、言い訳の利かない剣戟。


 アンナは敵の攻撃を全て受け止め、逆撃に出る。が、その全てが防がれる。

 攻防は互角。

 ただし、それは剣に限っての話。


 相手は〝そこにいる〟というだけで、周囲を雷で焦がしていた。

 ならば当然、至近距離から打ち合っているアンナがその直撃をもらうのは必至。


 アンナは戦士学科だが、それでも『防御魔法適性:29』『強化魔法適性:31』と、魔法の才覚を多少は持っていた。

 それをローラやシャーロットの指導の下、少しずつ伸ばしてきた。

 そんな頼りない魔法の技で、アンナは全身に防御結界を張り巡らせ、全身ヤケドをかろうじて防いでいる。


 しかし無論、戦士学科の片手間に覚えたような防御結界で、至近距離からの電撃を防ぎきれるものではない。

 アンナは時が経つにつれ、文字通り、燃えていった。

 肉が焼ける匂いがする。

 普通なら動きが鈍る――というか動けない。ローラや大賢者に助けを求め、敗北を認めるのが普通だろう。


 ところがアンナは、加速していく。

 剣さばきも、身のこなしも、あらゆる動作が速くなっていく。

 まるで魂そのものを燃焼させているように、前へ前へと攻めていく。


「はぁ――ッ!」


 気合いの雄叫びとともに、渾身の一撃が――おそらくはアンナの人生で最も素晴らしい一撃が、敵の剣を弾き飛ばした。


 剣は高く舞い上がる。途中で方向転換して襲いかかってきたりしない。無力にくるくる回るだけ。


 それと一緒にアンナの剣もまた飛んでいた。

 渾身の一撃に耐えきれず、刃が真ん中から折れてしまったのだ。

 だが、まだ半分残っている。

 アンナは残された刃で、雷の精霊を斬り伏せる。


 鉄の剣で雷に触れるなど、自殺行為に他ならない。

 まともに考えれば、ただ感電してお終いだ。

 なのにアンナは、雷の精霊を斬った。

 一刀のもと、脳天から真っ二つに斬り裂いた。


 それは如何なる理屈だろうか。


 魔力の源である剣と離れたから、精霊は既に顕現する力を失っていたのか。

 アンナの魔力が己の大剣を包み込み、精霊にも通じる効果を生んだのだろうか。


 そうやって、もっともらしく語ることはできる。

 しかし、それはどうでもいいだろう。

 アンナの決して引かない想いが、雷さえ斬ったのだ。


「アンナさん!」


 力尽き、倒れるアンナのところにローラは走る。

 彼女の後頭部が床に落ちる前に、何とか受け止めた。

 それにしても、熱い。

 人間の体温ではない。

 黒く焦げた服と皮膚から煙が上がっている。


「か、回復魔法ですわ!」


 シャーロットが慌ててアンナに手をかざすが、ヤケドを通り越して炭化してしまった皮膚を元に戻すことはできない。


「私に任せなさい。そーれ、痛いの痛いの飛んでいけ~~」


 大賢者が軽やかに呪文(?)を唱えると、アンナの体が光に包まれた。

 あっという間にヤケドが消え、元の綺麗な皮膚に戻る。


「……痛くなくなった」


 アンナはむくりと起き上がる。


「ありがとう、学長先生」


「ふふ、可愛い女の子が傷だらけなんて、見てられないもの。でも流石に服は元に戻せないわ。ごめんなさいね」


 大賢者が言うように、アンナの服はボロボロ。

 破けたところから肌が見えてしまっていた。


「困った。この格好で王都に帰るのは、ちょっと恥ずかしい」


 今まで命がけの戦いをしていたくせに、そのことは気にせず、服の心配をするのがアンナらしい。


「はあ……信じられない無茶をする子ね。でも生き延びてくれてよかったわ。アンナさんにもしものことがあったら、戦士学科の先生に顔向けできないもの」


 エミリアはしゃがみ込み、アンナの頭をなでる。


「ごめんなさい、エミリア先生。無理をしないと約束したのに、途中から忘れてた」


「でしょうね。もうこんなことしちゃ駄目よ。命をかけるのは卒業してからにしてちょうだい。心臓に悪いわ」


「……善処する」


 アンナは難しそうな顔で頷いた。

 それから折れた愛剣を見つめる。


「……入学前からずっと使ってたのに、半分になっちゃった」


 しょんぼりとした声だ。

 無理もない。

 長年使った剣は、愛着が湧く。

 ローラはその剣を自分で使っていたわけではないのに、それでも寂しくなってしまった。

 パジャレンジャーやカミブクロンとして、共に数々の強敵と戦ってきた剣なのだから。


 だがローラは剣士として、アンナと、その愛剣が羨ましくもあった。


「アンナさん。その剣は最後までアンナさんと戦い、アンナさんを守ったんです。折れるまで……いえ、折れてからも最後の一撃に耐えました。全てを出し尽くしたんです。凄いです! 折れちゃったのは残念ですけど……剣として、最高の最後だったと思います!」


 ローラの今の剣は、二本目だ。

 父親にもらった一本目は、校内トーナメントの決勝戦で融けてしまった。

 剣としての力を出し尽くしてあげられたかと問われれば、否だ。

 だからこそ、アンナを尊敬する。


「分かってる。この子はギリギリのところで私を守ってくれた。そうじゃなかったら今頃、私も真っ二つになって、上と下に分かれていたところ」


 アンナは呟き、剣の腹をなでる。

 やがて立ち上がり、折れて飛んでいった刃を拾う。


「ローラ。これ、次元倉庫に入れてもらっていい?」


「お安いご用です!」


 二つになった大剣を、向こう側の世界に収納する。

 そして今度は、全員の視線が、もう一本の剣に集中した。


 さっきまでアンナが壮絶な戦いを繰り広げていた相手。

 雷を放っていた魔法剣だ。


 それは今、無害な普通の剣として、床に転がっている。

 しかし、それは見た目だけだ。

 相変わらず膨大な魔力を放ち、その機能が健在であることを示している。


 だが、この部屋に入ったばかりのときと比べ、明確に違うところがあった。

 それは気配。

 闘気。敵意。威圧感といった類いのものが、綺麗さっぱり消えている。


 その剣へ向かって、アンナは一歩踏み出した。

 すると剣は起き上がり、床に自分の刃を突き刺して直立した。

 と同時に、あのブゥゥゥンという低音が鳴る。


 ――マス、ター。


 声が、聞こえた。

 いや、聞こえたというよりも、感じた。伝わってくる。


 低音に込められた意思が。剣の放つ想いが。

 アンナに向かって呼びかけている。


 マスター、と。


「アンナさん、気をつけてくださいまし!」


「大丈夫。もう、あの剣は、攻撃してこない。多分」


「ですが、この声、こちらを油断させるためのものかもしれませんわ……」


「そのときはそのとき」


 アンナは気負いなく、スタスタと歩いて行く。

 シャーロットはそれをハラハラした表情で見ているが、大賢者が肩をポンと叩いてニッコリと笑った。


「心配しすぎよ。相手が油断を誘っているのか、本気で戦う気がないのか。長いこと生きてると、分かるようになるのよ。あれはもう大丈夫」


 大賢者の言葉を裏付けるように、剣は低く唸るだけで、少しも動かなかった。

 そのままアンナに柄を握られ、床から引き抜かれる。

 それと同時に、放電現象が始まる。

 刃から青白い稲妻がほとばしり、アンナを包み、四方へと流れる。


「「「――アンナさんッ!?」」」


 ローラ、シャーロット、エミリアは同時に悲鳴を上げた。

 しかし、放電はすぐに小さくなり、刃の周りで小さく輝くだけになる。

 不思議なことに、あれだけの電撃に晒されたのに、アンナは涼しい顔で立っていた。

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