第163話 魔法剣との戦いです

「むむ。十字路ですね」


 ぐっすりと眠ってから二層の攻略に乗り出したローラたちの前に、早速、分かれ道が現れた。


「さあ、学長先生! どっちに進めばいいのか、指示を!」


「うーん……分からないわー」


「えー」


「いや、だから私、二層はすぐに引き返しちゃったのよ」


「ぶーぶー。じゃあ私が適当に決めちゃっていいですか?」


「いいわよー」


 大賢者の許可を得たローラは、どちらに向かうか決めようとする。

 が、なかなか気の利いた方法が思い浮かばなかった。


「あ、そうだ。ハク占いです! ハクが向かった道が正解です!」


「それのどこが占いですの?」


「ハクは神獣ですよ! 神獣が進んだ道は御利益があるはずです。れっきとした占いです! というわけでハク、好きな道に進んでください!」


 ローラは頭の上のハクを床に下ろした。

 するとハクは十字路をキョロキョロと眺める。

 どうやら、どちらに進むべきかちゃんと悩んでくれているらしい。

 自分の気持ちが通じて嬉しくなるローラであった。


 ところが――。


「ああ、ハク! そっちは今来た道ですよ! 引き返してどうするんですか!?」


「ぴぃ?」


 ローラは慌ててハクを抱き上げるが、神獣様は何が問題なのか分かっていないようで、不思議そうな顔をしている。

 いまいち趣旨が伝わっていなかったようだ。


「ローラとハクに任せてたらなかなか決まらなそう。私は右でいいと思う」


「そうね、どこでもいいから進みましょう」


「正解が分からないなら、立ち止まるだけ無駄ですわ」


「ほら、ローラちゃん、ハク。行くわよー」


「ひぇぇ……一度の失敗でプロジェクトリーダーから外されてしまいました。社会は厳しいです……」


「ぴー」


「大丈夫ですよ、ハク。私は失敗を部下に押しつけたりしませんからね!」


「ぴ!」


 ハクはローラの腕の中で楽しげな声を出す。

 おそらく、何の話か分かっていない。

 ローラ自身、雰囲気で言っているだけなので無理もないだろう。

 ちょっと大人っぽいことを言ってみたい気分だったのだ。

 言ってみて満足したので、ローラはまたハクを頭に乗せて、アンナたちを追いかける。



 そして通路を進んでいくと、急に広い場所に出た。

 一層にあったような宝箱のある小部屋ではない。

 体育館くらいはある、大きな部屋だ。


 これといった装飾は施されていない。しかし奥には台座があり、そこに一本の剣が突き刺さっていた。

 さほど大きな剣ではない。片手でも十分に振り回せそうな、小ぶりな剣だった。


「おお……おおおおっ! 剣ですよ、それもギリギリ短剣と呼べなくもない剣です! これぞまさに探し求めていた物!」


 ローラは興奮を隠しきれず大声を出し、それでは飽き足らず喜びの小躍りを始めてしまった。

 アンナもその剣をジッと見つめている。

 だが、いきなり走って掴み取るようなことはしなかった。

 理由は簡単。

 その剣が危険な気配を放っているからだ。


 近づけば斬られる。そうイメージしてしまう。

 不思議な話だ。

 どんな名剣でも、使う者がいなければ無害だというのに。


「アンナさん、どうします? 私が台座から引っこ抜いてきましょうか?」


「……いや。私が使う剣だから、私が抜く」


「ちょっと待って、アンナちゃん。分かってると思うけど、尋常な気配じゃないわ。あの剣そのものが魔力を放っている。何が起きるか分からないわよ」


 大賢者は真剣な表情で言う。

 彼女がこういう顔をするということは、本当に危険だということ。

 それでもアンナは意思を変えなかった。


「私が抜くから」


「そう……心底から冒険者ねぇ。分かったわ。ま、私が後ろから見てるから、大丈夫でしょ」


「が、学長……そんな簡単に……」


 当然だが、エミリアはうろたえた。

 相手は古代文明が残した未知の魔法剣。

 最悪、命を落とすことにもなりかねない。

 そんな代物に生徒を近づけるなど、常識人であるエミリアからすれば、あり得ないだろう。

 しかし、エミリアは冒険者でもある。冒険者に真の常識人などいない。

 アンナの瞳を見れば、どれほど真剣か……安易に止めればよいという決意ではないと分かるはずだ。


「……いえ、そうね。アンナさんだって強くなりたいのよね。分かったわ。何か起きたら、私たちがサポートするから。頑張って!」


「ありがとう、エミリア先生。大丈夫、無理はしない」


「ファイトですわ、アンナさん。わたくしたちが付いていますわ!」


「私とハクがいつでも援護射撃しますよ!」


「ぴー」


 ローラたちがエールを送ると、アンナは小さく頷き、台座に向かってゆっくりと歩き出した。

 その瞬間、部屋全体に、ブゥゥゥンという低音が響き渡った。


 何の音だろう――それを考えるよりも早く、剣が動いた。

 まだ誰も触れていないのに、勝手に台座から抜け、そして浮遊する。

 あたかも、透明人間に握られているかのように。


 刹那、アンナは背負っていた大剣を、両手で構えた。

 見据える先は空飛ぶ剣。

 ローラからはアンナの背中しか見えないが、まっすぐに闘気を放っているのが感じ取れた。

 そして不思議なことに、空飛ぶ剣からもまた、闘気が感じられるのだ。


「勝負――」


 短く呟き、アンナは床を蹴り、空飛ぶ剣へと突撃した。

 速度と体重を剣に乗せ、大気を震わせる一撃が放たれた。

 雷電のような斬撃だった。

 放課後にローラとやっている特訓で見せるよりも、ずっと速かった。


 ローラには手加減をしていた?

 否。

 アンナは今、成長しているのだ。

 覚悟が限界を押し上げている。


 では、何が彼女にそれほどの覚悟をさせたのだろう?

 誕生日に双剣が欲しい。その気持ちは分かる。

 しかし、それだけで限界を超えるほどの覚悟に繋がるとは思えない。


 ローラの知らない何かが、アンナを変えたのだ。

 いつも一緒にいる親友なのに、彼女の大切なものが何なのか分からない。


 しかし、それよりも。剣のライバルが急成長していることに、ローラは拳を握りしめた。


 ああ、遠くに行かれたな――と。

 今まではお互いに、一歩ずつ抜いたり抜かれたりという関係だったのに。

 いきなり三歩くらい先に行かれてしまった。

 今やったら、純粋な剣技でローラはアンナに敵わない。


 そんなアンナの一撃を、空飛ぶ剣は受け止め、弾き返した。


 金属の激突音が鼓膜を叩く。

 サングラスが欲しくなるような火花が散った。


 衝撃でアンナは一歩よろめくが、すぐに体勢を立て直す。

 空飛ぶ剣もまた、反動で大きく後ろに飛んだ。しかし空中で一回転すると、その切っ先をアンナへと向ける。


 間違いない。

 あの空飛ぶ剣は、武器でありながら、剣士だ。

 あれはアンナと決闘しているのだ。


 またブゥゥゥゥンという低音が鳴る。

 それに合わせて、空飛ぶ剣の刀身がわずかに震えている。どうやら、そこから音が出ているらしい。


 錯覚だろうか。ローラにはその低音が、アンナの戦いを讃えているように聞こえた。


 なんにせよ少なくとも、この低音は、ただ鳴っているわけではない。


「これってもしかして……呪文……!?」


 気付いたエミリアが、信じられないという顔をする。

 だが事実、音に合わせて、魔力が放たれる。世界に干渉していく。


 空飛ぶ剣のすぐそばで放電現象が起きた。

 その雷は一カ所に集まり、人の形を作り――輝く拳で空飛ぶ剣を握りしめた。両腕で構えた。


「剣が、雷の精霊を召喚しましたわ……」


 シャーロットが全員の驚きを代弁するように呟く。

 現実に目の当たりにしても「あり得ない」と言いたくなるような光景だ。


 魔力を放つ剣、というのは希少だが存在する。

 それを持てば、魔法を使えない者でも、魔法使いの真似事ができる。

 しかしそれでも、誰かがその剣を持って使ってやらねばならない。

 剣というのは道具だ。

 道具は人間の意思で使われる物だ。


 道具が自分の意思を有し、その機能を発揮できたら、それは最早、道具ではない。


 己の意思と魔力、加えて闘志すら持った魔法剣――ああ、ここまでくれば剣士にもなるだろう。


 剣を握る雷の精霊は激しく発光し、更に剣自体も放電している。

 もうこれは、二つで一人の剣士だ。


「アンナさん、頑張ってっ!」


 ローラは、つい叫んだ。

 あの雷の剣士が、掛け値なしに強敵だと確信したから。


 もしかしたら助けに入るまもなく、アンナが殺されてしまうかもしれないと思うくらいに。


 だというのに、止めようとは微塵も思わなかった。


 これは間違いなく、アンナの戦いだから。

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