第150話 悲しい涙です
冒険者ラーメンで元気マシマシになったローラたちは、学園に戻り、戦士学科の訓練場に向かった。
新しい双剣を早速試してみるのだ。
夕飯時なので、他に人もいない。
遠慮せずに戦えるというものだ。
「ではアンナさん。軽く打ち合いましょうか!」
ローラはハクをシャーロットに預け、そして次元倉庫から愛用の剣を取り出した。
対してアンナも、いつもの大剣を壁に立てかけ、新しい双剣を左右の手に持つ。
「それじゃ、私から攻撃するから、ローラは弾いて」
「了解です!」
そうローラが答えた瞬間、アンナの全身に魔力が広がっていく。
強化魔法で身体能力を底上げしているのだ。
アンナは戦士学科であり魔法は専門外だが、しかし強化魔法にも若干の適性があった。
そこで一学期のとき、ローラが少しだけ魔法の手ほどきをしたのだ。
そうやって学科の垣根を越えて技術を学んでいる生徒は多い。
習得した技術に幅があれば、それだけ強くなれるのだ。
「おや? アンナさん、自分の体だけじゃなく、双剣にも強化魔法をかけてますね!」
「前の剣より薄いから、こうしないと耐えられないと思って。ずっと練習してた」
「凄いです! 自分以外を強化するのって難しいんですよ!」
「そうなの? どうりで疲れると思った」
アンナが言っている通り、自分の筋力や視力などを強化するのは、比較的楽だ。
一方、自分以外のもの――たとえば剣の強度だったり、頭の上に乗っている神獣の炎などを強化するのは、とても集中力がいる。
その難しい技を、アンナは戦士学科なのに独学で習得したのだ。
ローラの知らないところで、もの凄く努力したのだろう。
もっとも、あくまで付け焼き刃。
身体能力の強化に比べ、剣に施されている強化魔法は稚拙だ。
それでも、やらないよりは遙かに強度が上がっているはず。
「じゃあ、行くよ」
呟きとともにアンナは地面を蹴った。
膨大な脚力により、最初の一歩で互いの距離が詰まり、肉薄する。
そして左右から挟み込むようにして同時に斬撃が迫る。
ローラはまず右側の短剣を弾き返し、その反動を使って左の短剣を受け止め、更に絡め取って叩き落とそうとする。
しかし、そう簡単にはいかない。
なにせローラは、自分にかける強化魔法の強さを、アンナの魔力に合わせている。
おまけに、互いの剣の技量は拮抗していた。
更に言えば、ほとんど毎日のようにここで試合をしているのだ。
ローラもアンナも、相手の技には慣れている。
ゆえにアンナは、手首の動きでローラの剣を逆に絡めて封じ込め、空いたもう一本の剣を振り下ろす。
ローラは反射的に脚を高く上げ、靴底を強化。
刃を足の裏で跳ね返し、その衝撃でアンナから距離をとり、改めて剣を構え直す。
お互いの視線が交差する。
そして、同時に前方へ走る。
床の石畳が砕けて捲れ上がるほどの加速。
己が上げた噴煙を突風で切り裂いて、ローラとアンナは激突する。
最初に仕掛けたのはアンナ。
そもそもこれはアンナの新しい双剣を試すためにやっているのだから当然といえば当然。
しかし、それを抜きにしても、ローラは仕掛けるタイミングをアンナに潰されていた。
二本の短剣から繰り出される、超高速の連撃。
それを前にして、ローラは一瞬、完全に防戦に回らざるを得なかった。
もう日がすっかり沈んでいるのに、計三本の刃が散らす火花で、訓練場は明るかった。
激しくぶつかる金属音は、もはや一合一合を聞き分けることができないほど連続して響き渡る。
剣が鳴動している。
力加減を間違った瞬間、へし折れそうだ。
そんな苛烈な剣戟の仕上げとばかりに、アンナは双剣をクロスさせ渾身の力で上段から叩き付けてきた。
ローラはそれを己の剣でしっかりと受け止める。
金属と金属が衝突する音が、終幕を告げるように夜の闇に染み込んでいく――。
「す、凄かったですわぁ……」
端で見ていたシャーロットが、放心するような声を出す。
ローラも今の戦いから、単なる剣のお試しを超えた高揚感を覚えた。
アンナの卓越した技量に敬服し、それを防ぎきった自分に満足する。
「どうでしたか、アンナさん。新しい剣は、使いやすいですか?」
「かなりしっくりくる。まだ不慣れなところもあるけど、それはこれから慣れていけばいい」
アンナは双剣をしげしげと見つめながら、ゆっくりと語る。
どうやら、よい買い物だったらしい。
それでこそローラたちも協力した甲斐があるというものだ。
「次はローラから打ち込んできて。私が防御する」
「え、いいんですか!?」
「短剣は小回りがきくから、防御に徹したら鉄壁になりそう。試してみたい」
「なるほど! では、その防御を突き崩して見せますよ!」
攻守を入れ替えて、双剣のお試し第二ラウンド。
剣を構え直し、向き合って。
ローラは大喜びで、アンナへ向かっていく。
強化魔法に使う魔力は最低限だ。
しかしそれ以外の、剣の技術に関しては手加減抜き。
手加減など必要ないのだ。
なぜなら、すでにアンナの技の冴えは、ローラを上回っているかもしれないのだから。
袈裟斬りと左薙ぎの連撃は、見事に弾き飛ばされた。
続いて、右下から左上への切り上げ。
防がれてからの、刺突、刺突、刺突、刺突――。
そして目線と脚を使った一瞬のフェイントでアンナを惑わしてからの、渾身の力を込めた横一文字斬り。
衝撃波を伴った、超音速のフルスイングだ。
そんなローラの乾坤一擲の攻撃にもアンナは反応し、双剣を両方とも使って受け止めようと動く。
が、ローラは宣言したとおり、防御を突き崩した。
ただし、アンナの技を上回ったわけではない。
完全に予想外の結末。
なんと、ローラの剣を受け止めた双剣が、二本ともへし折れてしまったのだ。
ちゃんと相手に致命傷を与えないように立ち回っていたから、剣が折れたからといって、ローラの剣がアンナに深々と突き刺さったりはしない。
ただ双剣の残骸が、訓練場の床に空しく落ちただけだ。
石畳と刃がぶつかって、悲しい音が鳴る。
その様子を、アンナは口をポカンと開けて見つめていた。
「……折れた」
数秒経ってから、事実を確認するように、声を絞り出すアンナ。
そう。
折れたのだ。
皆で力を合わせて買った双剣が、いとも容易く、二本ともポッキリと。
「折れちゃった……」
アンナはもう一度呟いて、ガクリと肩を落とす。
滅多に感情を表に出さない彼女が、こうまで分かりやすく落ち込んでいる。
その事実にローラは、口を開けて号泣した。
「うわぁぁぁぁんっ、ごめんなざああああいっ! 私が、私が、力を入れすぎたばっがりにぃぃっ!」
一番辛いのはアンナなのに、ローラは『自分の一撃で折った』という罪悪感に耐えられなくなったのだ。
「……ローラは悪くない。私がもっと上手に強化魔法を使えていたら折れなかった」
「でも、でも、普段の剣は折れないじゃないですか……きっと私が調子に乗っていつもより強化魔法に魔力を込めたから……びえぇぇぇんっ!」
「そうじゃない……双剣は刃が薄かったし、私が使い慣れてないから力を受け流せなくて……だからローラは泣かなくていいから……」
アンナはローラの頭をなでてくれた。
そんな優しさが嬉しくて、気を遣わせてしまったことが辛くて、ローラはますます泣いた。
「ああ、ローラさん……ローラさんが泣いていると、わたくしまで悲しくなってきますわ……うぅっ」
「いや、シャーロットまで泣いたら収集がつかなくなるからやめて」
「そう言われましても……アンナさんもローラさんも可哀想ですわ……しくしく」
「ぴー」
ハクはシャーロットに抱かれながら、前脚を伸ばして、シャーロットの頬をポンポンと触った。
きっと慰めているのだろう。
「ハクは優しいですわぁ……ローラさんもハクにポンポンされて、元気を出すのですわ……」
「ぴぃ」
シャーロットはローラの頭の上にハクを乗せる。
するとハクは二本の前脚で、ポンポンと髪をなでてくれた。
「皆ありがとうございます……私なんかのために……びえぇぇぇぇんっ!」
自分の一撃で剣を折ったのに、誰も責めることなく、むしろ慰めてくれている。
そのことが申し訳なくて、ローラは涙がとまらなかった。
「ちょっと、ちょっと。もの凄い剣戟の音がしたと思ったら、外まで泣き声が聞こえてるんだけど、何があったの? 誰か怪我でもしたの?」
と、そこにエミリアがやってきた。
シャーロットとアンナは事情を説明する。
「そう……新品の鋼の剣が真っ二つに……普通あることじゃないけど、仕方がないわね。ローラさん、泣かないの。折れちゃったのは残念だけど、双剣を買うために皆で頑張った思い出は消えないでしょ?」
「そう。ローラとシャーロットとハクが手伝ってくれたことが何より嬉しい。双剣よりも大切な宝物」
「ひぐっ……アンナさん……ありがとうございまず……新しい双剣は、私が誕生日までに用意ずるので……ゆるじでぐだじゃい……」
「だから、怒ってない。よしよし」
「ローラさんもアンナさんもお優しいですわ……わたくしも新しい双剣を手に入れるため、全力を尽くしますわっ……ううっ……必ず、必ずアンナさんの誕生日までに……ひぃぃぃんっ!」
シャーロットまで感極まって、泣き叫びながらアンナに抱きついた。
ローラも一緒に抱きついた。
「あなたたち、本当に仲がいいのね。でも、もう遅いから早く寮に帰りなさい。じゃ、私も帰るから」
「待って。エミリア先生、帰る前に私を助けて。左右から抱きつかれて身動きとれない」
「また明日ね~~」
「そんな……」
「アンナさぁぁん、そうけんはっ、私が、必ず、必ずぅぅぅ! うわぁぁぁん!」
「剣が折れても、わたくしたちの友情は折れたりしませんわぁぁぁっ!」
その後もローラとシャーロットは十数分に渡り泣きじゃくり、ようやく泣き疲れ、学食に向かった。
すると、すでに学食の営業時間は終わっていた。
ミサキがいたら無理矢理開けてもらうのに、もう帰ったあとだった。
晩ご飯を食べ逃したという悲しみに、三人と一匹は涙した。
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