第148話 もうすぐアンナさんの誕生日です

 文化祭は無事に終わった。

 ささやかなトラブルもあったが、このギルドレア冒険者学園では日常の光景だ。


 しかし、魔法学科一年の担任であるエミリアは、いつも以上に精神的なダメージを負ったらしい。

 更に、他の教師から「もうあの格好はしないんですかい?」などとからかわれたりしているという話もローラのところに聞こえてきた。

 もっとも、エミリアはAランク冒険者。学園の教師の中でもトップクラスの実力。

 ゆえに、セクハラ発言をした教師はエミリアの逆鱗に触れ、かなり痛い目に合っているようだ。


 そんな十一月の上旬。

 ローラたちはいつものメンバーで、学食のランチを食べていた。

 窓の外に見える木々は、すっかり赤や黄色に染まっている。

 紅葉が終われば、冬の足音が聞こえてくる。


「来月の二十五日は私の誕生日。私もついに年齢二桁です。つまり、学長先生以外と同じ土俵ですよ!」


「強引すぎる論法。流石に受け入れがたい」


「というか、ローラさんは歳をとってはいけませんわ。ずっとそのままでいてくださいまし!」


「無茶を言わないでください! 私だって、少しずつ大きくなってるんですよ! ね、ハク!」


「ぴー?」


 学食のテーブルの上でくつろいでいたハクは、ローラの顔を見ながら、不思議そうな声を出した。


「あれ? ハクの反応が薄いですね……」


「正直、ローラさんは入学当初からあまり大きくなっていませんわ。毎晩ローラさんを抱き枕にしている『ローラさんを抱きしめる会の会長』をしているわたくしが言うのですから、間違いありませんわ」


「その変な会をいますぐ解散してください。あと、毎晩抱き枕にしているんだから、些細な変化に気づかないはずです。成長期なんだから、成長しているはずです!」


「いえいえ。オムレツばかり食べて栄養が偏っているのですから、成長は必然的にゆるやかになりますわ。ローラさん、その調子で偏食を続けてくださいまし!」


「むむ……夜は別のものを食べることにします」


 と呟きながら、ローラはオムレツを口に入れる。

 やはりオムレツは美味しい。

 別のものを食べるのは明日にして、今晩もオムレツにしよう。


「あ、そういえば、シャーロットさんとアンナさんの誕生日はいつですか?」


「わたくしは二月二日ですわ」


「おお、ぞろ目ですね。アンナさんは?」


「私は十一月十六日」


「今月! というか、あと二週間もないですね! お祝いしないと!」


「アンナさん生誕祭ですわぁ」


「別に大げさなことはしなくてもいいけど……ありがと」


 アンナは照れくさそうに頬をポリポリかく。


「これは今から教会の人たちと話し合って、盛大なパーティーの準備に取りかからないと!」


「ガザード家の財力で、巨大なケーキを用意致しますわ!」


「だから、大げさなのはいい……それより、私はしばらく放課後、ギルドに通うから。ローラと特訓できない」


 食後のコーヒーを飲み干しながら、アンナはそう言った。


「ギルド通い……? ま、まさかまた借金ですか!?」


 驚いたローラは、フォークをオムレツに突き刺しグチャグチャにしてしまった。

 後悔したときはもう遅い。

 一度壊れてしまったオムレツは、もう二度と美しい姿に戻らないのだ……。

 まあ、お腹に入れてしまえば同じなのだが。


「違う。自分への誕生日プレゼントを買うため、お金を稼ぐ」


 アンナは真顔で語った。

 それを聞いてローラとシャーロットは顔を見合わせる。


「……アンナさん。誕生日プレゼントって、自分で買う物じゃないと思いますよ」


「うぅ……アンナさん、苦労してきたのですわね……よよよ」


「いや。孤児院にいたときも、ちゃんと皆からプレゼントもらってたよ。手作りマフラーとか。でも今回は、欲しい物があるから自分にプレゼント」


「ははあ、なるほど。頑張った自分へのご褒美というやつですね!」


「まあ、そんな感じ」


「それでしたら、わたくしたちもお供しますわ! 三人で力を合わせて、アンナさんの誕生日プレゼントを買うのですわ」


「いや、別に気を遣わなくても……」


「気を遣いたいのですわ!」


「そうです! 親友の誕生日にプレゼントするのは当然です! そのかわり、私やシャーロットさんの誕生日にはよろしくお願いしますね!」


「……そういうことなら、分かった。じゃあ放課後、一緒にギルドに行こう」


 ようやくアンナは頷いてくれた。

 あまり表情を動かしていないが、若干、頬に朱が刺している。

 喜んでくれているようで、何よりだ。


 そもそも誕生日を抜きに考えても、皆でクエストをやったほうが効率的だし、何より楽しいに違いない。

 ローラは今からワクワクしていた。


「ところでアンナさん。何を買うつもりなんですか?」


 アンナは物欲が少ない。

 ちょっと前までは、着ぐるみパジャマしか私服を持っていないという、とても質素な生活を送っていた。

 そんな彼女が自分のためだけに欲しい物がなんなのか、ローラは興味をそそられた。


「短剣を二本」


「あっ! もしかして、二刀流に挑戦するんですか!?」


「そう。あの遠足以来、ずっと考えていた。いい機会だから、思い切って買ってみる」


 かつて魔法学科と戦士学科の一年が合同で行なった遠足は、大賢者が用意した数々の試練を乗り越えていくという過酷なものだった。

 その試練の中でアンナは、二刀流の可能性を見つけたのだ。

 しかし、アンナが持っている剣は、身の丈ほどもある大剣。

 彼女の膂力をもってしても片手で扱うには大きすぎるし、もう一本追加するというのは非現実的だった。

 だが、もっと小ぶりな剣なら、片手で存分に振り回せる。


「どうせ買うなら、切れ味が良くて、頑丈で、そしてアンナさんに似合ったお可愛らしい剣がいいですわぁ」


 シャーロットは贅沢なことを言い出した。


「……そんなお金はない。高級品は卒業してから。今はまず、ギルド直営店で売ってる安いのでいい」


「ま、そうですよね。シャーロットさんは金銭感覚が違うので、参考になりません」


「ひ、酷いですわ! あくまで理想を言っただけですわ!」


「その理想が高すぎるんです!」


「何を仰います。目指すなら最強! 理想は高く持つべきですわ!」


 シャーロットは金色の髪をバサッとかき上げながら持論を語る。


「仮にそうだとしても、何事も一歩ずつ。自分を見失っちゃ駄目」


 アンナは現実的なことを言って、シャーロットを諭した。


「わ、分かっていますわ。ちょっとノリと勢いで言ってみたまでですわ」


「シャーロットはノリと勢いで有言実行するから割と心配」


「ち、近頃は落ち着いてきたつもりですわ!」


 シャーロットは身に覚えがあったらしく、赤面しながら弁解する。


「確かに、シャーロットさんは一学期よりも丸くなりましたよね。あの頃は先輩に果たし状を送ったり、校内ト-ナメントで腕が千切れるまで戦ったり……」


 ローラは、からかってやるつもりで昔話をした。

 ところが、シャーロットはむしろ胸を反らして、得意げな顔になった。


「人生の中でもっともやる気に満ちあふれていたときですわ。必要とあらば、何度でもやりますわ!」


 武勇伝みたいな扱いにされてしまった。


「シャーロットさんは困った人ですねぇ」


「……ローラも似たようなものだと思うけど」


「そ、そうでしょうか?」


「そう。ハクもそう思うよね?」


「ぴ!」


「ほら。ハクも『そうだそうだ』と言っている」


「ふふふ、わたくしとローラさんは宿命のライバルなのですから、当然のことですわ。ローラさんだって、必要とあらば腕が千切れるまで戦うはずですわ!」


「むむむ……そんなことはないと言いたいところですが、否定しきれないような……」


 あの一学期の終わり。

 校内トーナメントの決勝戦。

 シャーロットとの一騎打ちは本当に楽しかった。

 目の前の相手と、力をぶつけ合い、技を競い合うことしか考えられない時間だった。

 確かに、腕の一本や二本、犠牲にしても気にならないというテンションだった気がする。


「二人とも、すぐに突っ走っていくから困る。せめてこの学園にいるあいだくらいは、私でも手の届く場所にいて欲しい」


 アンナは何やら、いつもより重い声色で言った。

 それを聞いてローラとシャーロットは同時に首をかしげる。


「何を言っているんですか、アンナさん。卒業したって一緒ですよ!」


「そうですわ! 卒業したら、三人でパーティーを組んで、大冒険ですわ!」


「……うん。頑張る」


 それは何気ない言葉。

 しかし、どうしてか。

 ローラには、それが決意めいたものに聞こえてた。

 今までのアンナだって、とても頑張っていたのだが。

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