第147話 文化祭終了です

「ああ、陛下じゃないですか。いらっしゃいませ……じゃなかった、お帰りなさいませ!」


 ローラは自分がメイドであることを思い出し、女王陛下を迎え入れようとした。

 が、女王陛下の視線は、未だうずくまるエミリアに釘付けになっていた。

 彼女を指さし、口をパクパクさせ、絶叫する。


「エミリア、お前、その格好はァッ! ここは学校じゃぞォォォッ!」


「にょわぁ、陛下ァァァァァッ、これには深い訳がァァァァアッ!」


 そこでようやく女王陛下の存在に気づいたらしいエミリアは、鼓膜がキンキンするくらいの甲高い声を上げながら、ローラの後ろに隠れた。


「どんな訳があろうと許されるか! 何じゃ、お前、教師のくせにそんなハレンチな……馬鹿か、馬鹿なのか!」


 女王陛下は偉いだけあって、いつも高圧的な感じだ。

 しかし、人を一方的に罵倒したりする人ではないという印象だった。

 なのに今、エミリアを激しく馬鹿呼ばわりしている。

 どうしてそこまで怒っているのだろうか。


「この学園は王立なんじゃぞ! 学長は大賢者カルロッテかもしれぬが、金を出したのは妾なんじゃぞ! その学園でお前……ふざけるなぁっ!」


 女王陛下は歯をむき出しにし、目を血走らせ、本気で怒っていた。

 だが、なるほど。

 王立ギルドレア冒険者学園で不祥事が起きると、女王陛下の名に傷が付くのか。

 だったら怒って当然だ。

 今のエミリアの格好は、酷い。

 まあ、ローラたちが着せたのだが。


「陛下、陛下……エミリア先生を怒らないであげてください。これは、その……私たちが無理を言って着てもらったやつなので……」


「むむ? どういうことじゃ、ローラ。地下室でのロウソク拷問に引き続き、また妙な趣味に目覚めたのか……? その歳であんまり変な方向に進むと、真っ当な大人になれぬぞ」


「違います! あの地下室の一件だって、正義のためです!」


 ローラが弁解していると、ケイトと学級委員長がもの凄いめで見つめてきた。


「え、ローラちゃん……地下室のロウソク拷問ってなーに……? まだ九歳なのに、私より進んでるんだねー……」


「駄目よローラちゃん! 私が学級委員長として、あなたを真っ当な道に戻してあげるわ!」


「だから、誤解なんですよぅ! シャーロットさんも何とか言ってください!」


 ローラは共犯であるシャーロットに視線を送り、助けを求めた。

 が、シャーロットはまるで他人事という顔で、むしろケイトたちに混じってローラを非難し始める。


「ローラさん、そんな、いくら相手が悪党だからといって、縄で縛って地下室に吊るし、熱々のロウを垂らすなんて……見損ないましたわ……」


「シャーロットさんも現場にいましたよね!? というかそんな詳しく語ったら、共犯だって白状してるのと同じじゃないですか!」


「はっ、わたくしとしたことが……ローラさんの誘導尋問に引っかかってしまいましたわ」


 誘導もしていないし尋問もしていない。

 シャーロットが勝手に語り始めただけである。


「ロウソクの話はもうよい! 問題はエミリアがこんなハレンチな姿を衆目にさらしている理由じゃ! ええい、お前ら散れ! この店は妾の権限で一時閉鎖じゃ!」


 いくら女王陛下でもそんな権限はない――と言いたいところだが、お客さんのほうが萎縮してしまい、教室から逃げ出してしまった。

 なにせ女王陛下の言うことだ。逆らったらどうなるか分からない。

 これがもう少し前だったら、誰も彼女が女王陛下だと信じなかっただろう。

 しかし最近は『女王陛下が大賢者の魔法でちびっ子にされてしまった』という事実が周知されている。

 よって、客だけでなく、女子生徒が扮するメイドたちも緊張した顔でこちらを見守っていた。


「で!?」


「えーっと……早い話がですね。戦士学科一年のラーメン屋で、学長先生がえっちな格好で客寄せをしていたので、対抗するためにエミリア先生にえっちな格好をしてもらったというわけです」


 ローラは自分で説明しながら、なんて論理的なんだろうと感心した。

 むこうがえっちだから、こっちもえっち。

 矛盾が一欠片もない。

 これなら女王陛下も大目に見てくれるのではないか、という幻想は一秒もしないうちに砕かれる。


「ああっ!? 大賢者もこういう格好をしているのか! あいつ学長じゃぞ! 学長自らこういう格好なのか!?」


「露出度では向こうが断然上であります! えっちであります!」


 ミサキが火に油を注ぐようなことを言う。

 瞬間、女王陛下の目と眉が凄い角度で釣り上がった。体は小さいのに、もの凄い迫力だ。


「どいつもこいつもふざけおって……エミリア、お前も来い! 二人まとめて説教してやる!」


 女王陛下はエミリアの腕を引っ張り、廊下に出ようとする。


「お、お待ちください陛下……! この格好でまた廊下に出るのは……恥ずかしくて死にます!」


「教室だろうが廊下だろうが、どのみちアウトじゃ! 現実を直視するのじゃ!」


「ああ、見ないようにしていたのに……」


 エミリアはどんよりしたオーラを全身から出しながら、女王陛下に引きずられて行った。

 放っておく訳にもいかないので、ローラたちも後を追いかけていく。


「ごらぁぁっ大賢者ァァッ!」


 もの凄い剣幕で女王陛下は戦士学科一年の教室に飛び込んでいった。

 自分が怒られたわけでもないのに、ローラはついビクッとしてしまう。

 そして、ワァァァッという悲鳴と共に、ラーメン屋の客と店員が中から逃げ出してきた。


「恐ろしいであります……」


「わたくし、今夜の夢に見そうですわ……」


「流石はこの国の頂点。小さくなっても威厳たっぷりだよー……」


「私たちがあの怒りを喰らったら、ひとたまりもないわ。ここは学長先生とエミリア先生に犠牲になってもらいましょ」


「委員長さん、いいアイデアです。というわけで、私たちは退散しましょう」


 と、ローラは回れ右しようとしたのだが、戦士学科一年の教室から女王陛下の呼び声が聞こえてくる。


「おいこら、ローラたち! お前らも早く来い! まさか逃げるつもりか!」


 女王陛下から逃げるには、この国から逃げるしかない。

 いくらなんでもそれは無理なので、ローラたちは渋々、教室に入っていく。


 すると、大賢者とエミリアだけでなく、逃げ遅れたアンナと、無関係であるはずのニーナまで正座させられていた。


「なんで私まで……」


 ニーナはうつむき、悲しそうに呟く。

 気の毒だが、この際、仲間は多い方が心強い。

 ローラたちはコソコソと小さくなって進み、教室の後ろのほうに正座しようとする。


「ローラたち、後ろに逃げるのはズルイ。ちゃんと前に」


 だが、最前列にいたアンナに、名指しで呼ばれてしまった。


「いやぁ……私たちは遠慮して後ろに……」


「駄目。ローラたちは魔法学科側の首謀者。だから、こっち」


 アンナが手招きしてくる。

 更に女王陛下がギロリと睨んできた。

 これでは後ろに座ることができない。


「うぅ……アンナさん、酷いですよぅ」


「この際、仲間は多い方が心強い」


 酷い理屈だなぁと思いつつ、ローラ自身も同じ事を考えていたので、まるで言い返せなかった。

 大賢者、エミリア、ニーナ、アンナ、ローラ、シャーロット、ケイト、学級委員長と、横一列に正座して並ぶ。

 それを見下ろしながら、女王陛下の説教が始まった。


「全く……大賢者、エミリア! お前たち、本来なら生徒の規範にならなきゃいけないのに、二人してそんな馬鹿みたいな格好しおって……いつから冒険者学園は風俗まがいの出店を出すようになったのじゃ! 恥ずかしくないのか!」


「恥ずかしいわよぉ……」


 と、大賢者は弱々しく答える。

 いつもの余裕はどこにもない。

 きっと、女王陛下の言っていることが正論過ぎて、縮こまることしかできないのだろう。

 いや、それ以前に、自分で自分が恥ずかしくなったのかもしれない。


「じゃあそんな格好するな!」


「だってアンナちゃんが……」


「生徒を言い訳にするでない!」


 女王陛下のピシャリとした声が、大賢者の言葉を封じる。


「然り然り」


 アンナは澄まし顔で女王陛下への同意を示す。

 が、それが陛下の怒りの矛先になってしまった。


「アンナ、何を無関係な顔をしておるか! 着せたのはお前じゃろうが!」


「つい、勢いで」


「もう少し理性的に生きるのじゃ!」


「でも、天下の大賢者にスケベな服を着せられるほどの勢いは大切にしていきたい」


「ぐぬ……なんだか頷いてしまいそうになったぞ……見かけによらず詭弁が上手いな!」


「これはどうも」


 アンナは照れくさそうに頭をかく。


「褒めとらん!」


「陛下も身分の割にはツッコミが上手」


「そんなことを褒められても嬉しくないぞ! くそ、お前と話しているとペースが乱れる。次はエミリア! お前……本当にどうしちゃったんだ!?」


 女王陛下はエミリアの姿を改めてみて、かなり引いた様子で声を荒げる。

 なにせ、大賢者の姿は、単純にチェイナドレスの露出を激しくしただけだ。

 しかし、エミリアはそれとはまた別の方向性で変態的だ。

 いい大人がスクール水着を着ているだけでもどうかと思うのに、そこにバニーガール風の小物をつけているのだ。

 女王陛下でなくても驚くだろう。


「だ、だって……担任として、自分のクラスの売上に協力しなきゃと思いまして……それで皆がこれを着ろと……最初は抵抗したのですが……ローラさんが無理矢理……」


「無理矢理と言ったって、もっと激しく拒否すればローラたちだって、そこまで強引には……」


「いえ。私は本気で抵抗したんです。なのにローラさんが圧倒的魔力で私をねじ伏せ、服を剥ぎ取って全裸にしてしまったんです……」


 そう証言しつつ、エミリアは目に涙すら浮かべていた。

 誤解です、とローラは叫ぼうとしたが、一欠片も誤解の余地がなかったので、自分でもビックリした。

 確かにローラは嫌がるエミリアを魔力でねじ伏せ、全裸にしたのである。

 揺るがない事実であった。


「いえ、あのですね……これも全ては文化祭をよりよいものにしたい一心でして……つい熱くなってしまい……エミリア先生を全裸にしてしまいました」


「そんなことで全裸にされてたまるか! 可哀想じゃろ!」


 実にごもっともな意見だ。


「……エミリア先生、ごめんなさい」


 冷静になったローラは、エミリアに深々と頭を下げる。

 すると、他の魔法学科のメンバーも、一緒にごめんなさいをした。


「あなたたちって基本的に素直だから、怒るに怒れないわ……いいのよ。確かに全裸にしたのはローラさんだけど、着るって決めたのは私なんだから……」


 エミリアは海のように広い心で、ローラを許してくれた。

 その優しさに感動し、ローラたちは「エミリアせんせー」と叫んで、スク水バニーのエミリアに抱きつく。


「エミリア……あなた、立派な教師になったのねぇ……」


「エミリア先生が担任で、魔法学科がうらやましい」


 大賢者とアンナはしみじみと呟く。

 ニーナは興味なさげに壁を見つめていた。

 ハクは完全に飽きていて、ローラの頭の上で昼寝中だ。


「感動しているところ申し訳ないが、大賢者とエミリアは早く普段の格好に戻るのじゃ! 戻るのじゃー!」


 女王陛下の叫びが空しく響く。

 かくてして、メイド喫茶とラーメン屋の不毛な戦いは一日目で終了し、文化祭二日目は女王陛下のおかげで健全で平和な一日となった。

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