第146話 エミリア先生の秘密が何なのか私には分かりませんでした

 スク水バニーのエミリア先生は、圧倒的な集客力を発揮した。

 それは、思春期の少年の理性を破壊する行いであった。

 抗えねぇ、抗えねぇ――という悲痛な声が、あちこちから聞こえてくる。


 更に、若い男子生徒だけでなく、大人の男性たちも、夜の街灯に集まる蛾の如くやってきた。


 メイド喫茶は、圧倒的な男性率によって席が埋まった。

 廊下の行列も、男性。

 女性の姿はほとんど見かけない。


 老若男女を集めていた大賢者とは、需要が違うらしい。


 思えば大賢者の格好は、えっちなだけでなく、麗しさがあった。

〝麗しき大賢者〟という二つ名は、真実なのだ。


 対してエミリアは、ひたすら性的だ。

 そもそも、メイド喫茶なのにメイドと関係ない。

 自分で着せておいて何だが、ここまでやる必要があったのだろうか、とローラは疑問に思えてきた。

 しかし、着せてしまったものは仕方がない。

 エミリアが羞恥心で死にそうになって頑張っているのだから、ローラたちも頑張って客から金を最大限に搾り取るのだ。


「すげぇ……あれ、Aランク冒険者のエミリアだろ?」

「だよな……俺、密かにファンだったんだよ……」

「コーヒー一杯分の料金でこんな美人のバニーガールを見ることができるとは……長生きするものじゃ……」

「大賢者といい、エミリアといい、この学園はどうなってるんだ」

「俺、この学園の生徒でよかった……」

「どうして俺は二年なんだ……一年になりたい!」


 と、男性たちの様々な意見が聞こえてくる。

 例外なく、全員が鼻の下を伸ばしていた。


 エミリアはそれらの視線に気づかないふりをして、淡々と接客している。

 そのクールな態度が、たまらないという声が聞こえてくる。

 ローラは「大人気でよかったですねぇ」と声をかけようと思ったが、自分に置き換えてみるとちっとも嬉しくなかったので、やめておいた。

 その程度の気遣いはできるのである。


「エミリア先生、注文いいっすか?」

「先生、俺もー」

「俺も俺も」


 と、誰もがエミリアを呼ぶ。

 ローラたち他の店員は、すっかり暇になってしまった。


「ローラさんやシャーロットさんの手が空いてるわよ。そっちに注文して」


 エミリアがそう言っても、男子生徒たちは首を振って、かたくなに従わない。


「エミリア先生じゃなきゃ嫌だー」


「もう、いい歳なんだから子供みたいなこと言わないの!」


「わーい、エミリア先生に怒られた」


 このように、一部の生徒など幼児退行すら引き起こしている。

 更に、たちの悪い大人の客もいた。


「エミリアさんとやら。その可愛いお尻を触ってもよろしいかのぅ?」


「よ、よろしいわけないでしょ!」


 お年寄りにセクハラ発言され、エミリアは飛び上がって叫んだ。

 体を張って客を呼んでくれている先生のため、せめてセクハラから守ってあげないと――そう考えたローラは、次元倉庫の門を開いた。


「えっちな人は出入り禁止です!」


 おじいさんを暗黒の世界に飲み込む。

 出口は校門の前だ。

 そのままお帰り願いたい。と、思ったローラだが――。


「こんなえっちなウサギの店員さんがいるのに、えっちな気持ちになるなと言われても困るのぅ」


 消える間際、おじいさんはそんなことを言い残した。

 なるほど、もっともだとローラは思い直す。


「エミリア先生。お尻くらいは触らせてあげてもいいんじゃないでしょうか?」


「何を真剣な顔で提案してるのよ! この格好だけでも死ぬほど恥ずかしいのに……そもそもこれ、メイド喫茶関係ないじゃない!」


「そういう細かいことはいいのです。さっきのおじいさんを呼び戻すので……さあ!」


「さあ、じゃないわよ!」


「いやいや。さあ!」


 さあさあ、とローラがエミリアに迫っていると、後ろからシャーロットたちに口を塞がれ、腕を捕まれた。


「ローラさん、ちょっと暴走しすぎですわ!」


「えっちの中にも礼儀が必要であります」


「エミリア先生を虐めちゃ駄目だよー」


 そんな皆の台詞のあと、


「ローラちゃんはずっと純真なままじゃなきゃ駄目よ。大人の階段を上るのは早すぎるわ」


 学級委員長がメガネを光らせながら、ローラに顔を近づけてきた。

しかしローラは澄まし顔で言い返す。


「大人の階段を上るのは私じゃありません。エミリア先生です!」


「なるほど……」


 学級委員長はそれで納得してくれたようだ。


「なるほどじゃないから! 何でこんな形で大人の階段を上らなきゃいけないのよ!」


 エミリアの悲痛な叫びが教室に響き渡る。

 その次の瞬間、静寂がのしかかる。

 ローラはどうして皆が黙ってしまったのか分からず首をかしげたが、どうもローラ以外は分かっているらしく、エミリアをジッと見つめていた。


「エミリアせんせー……もしかして……しょ……」


「あああああ! ああああああああッ! 聞こえない! 何も聞こえない!」


 ケイトが言い終わる前に、エミリアは大声を上げながら耳を塞ぎ、しゃがみ込んでしまった。

 心なしか、カチューシャに付いているウサ耳もしおれているように見えた。


「シャーロットさん。ケイトさんは何を言いかけたんですか? エミリア先生はなぜこんなに落ち込んでるんです?」


「ローラさんはまだ知らないほうがいいですわ……知識には、知るに相応しい年齢というものがあるのですわ……」


「ええ、そんなのズルイですよぅ。教えてくださーい」


「駄目ですわ、駄目ですわ!」


 ローラはシャーロットにしがみついて教えを請うが、かたくなに教えてくれなかった。

 よほど重大な秘密のようだ。

 そんな重要なことを皆の前でバラされてしまい、エミリアは本当に可哀想だ。

 なのでローラは、エミリアの頭をなでてあげることにした。


「エミリア先生、元気出してください。皆は分かってるみたいですけど、私は全く分かっていないので、少なくとも私には秘密がバレてませんよ」


「うぅ……ローラさん……あなたって本当に優しい子ね……ほとんどローラさんが元凶なんだけど……とりあえずその優しさが嬉しいわ……」


 エミリアは、よよよ、と泣きながら、ローラのお腹に顔をうずめてきた。

 ローラがその頭をなで続けていると、ハクがエミリアの頭の上に飛び降り、前脚で一緒になでなでし始めた。


 これで少しはエミリアが落ち着いてくれればいい――とローラが思った、そのとき。


「おーい、遊びに来てやったぞー……って、何じゃ何じゃ、この変な空気は」


 魔法学科一年の教室に入ってきたのは、金髪の小さな少女。

 エメリーン・グレダ・ファルレオン。

 この国の頂点に立つ、女王陛下であらせられる。

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