第145話 大賢者と対決の時です

 エミリアの気が変わらないうちに、ローラたちは彼女を更衣室に連れて行った。

 そして、一番背格好が近いケイトが部屋に高速で戻り、スクール水着を取ってきた。


「さあ、エミリアせんせー。これに着替えてよー」


「ちょっと……バニーガールって言ってたのに……これスクール水着じゃない!」


 更衣室でエミリアは抗議の声を上げる。


「バニースーツは高くて買えないしー。今から用意するのは大変だから、これで代用だよー」


「ふざけないで! 私、もう二十三歳なのよ! スクール水着とか……変態じゃないの!」


「大丈夫であります。需要があるはずであります」


「エミリアせんせーは美人だから大丈夫だよー」


 各自、適当なことを言ってエミリアを宥めようとする。

 が、なかなか着替えてくれない。


「意外とそういうのが殿方に受けると聞いたことがあります」


 信頼の厚い学級委員長が、メガネを光らせながら語る。


「そんな変態に好かれたくないわ!」


 エミリアはメガネをズリ落としながら言い返す。

 どうやらメガネ仲間の声すら届かないらしい。


 こうなったら、実力行使あるのみだ。


「エミリア先生に恨みはありませんが、これもメイド喫茶繁盛のためです! 覚悟ぉ!」


「な、ローラさん、やる気……!? いいわ、かかってきなさい。これでも、こっそり影で修行しているのよ。前のようにはいかないわ!」


 入学当初、ローラとエミリアは一対一で戦ったことがある。

 あのときは、ローラの圧勝だった。

 そして今再び、戦いの幕が上がった。

 その結果は……ローラの圧勝である。


「わー、凄い。ローラちゃん、エミリア先生のこと三秒で全裸にしちゃったよー」


 ケイトが愉快げに言う。

 しかし裸にされたエミリアは無論のこと愉快さの欠片もなく、悲鳴を上げてしゃがみ込む。


「エミリア先生、負けて悔しい気持ちはわたくしも分かりますが、何もそんな小さくならなくてもよろしいのでは?」


「悔しいとかじゃなくて、単純に恥ずかしいからよ!」


「ですから、負けたのが恥ずかしいからといって――」


「全裸が恥ずかしいの!」


 エミリアがそう叫ぶと、シャーロットはムッとした顔になる。


「全裸が何ですの!? そんなもの、敗北の苦しみに比べたら、どうということはありませんわ!」


「じゃあシャーロットさんもローラさんに服を剥ぎ取られてみなさいよ!」


 その言葉を聞き、シャーロットは目をパチクリとしばたたかせた。

 やがて三秒後、頬に手を当て、顔を赤くする。


「そ、そんなローラさんがわたくしを裸に……あら、嫌ですわ……でもローラさんがどうしてもというのであれば……ローラさん、優しくしてくださいまし……」


「落ち着いてくださいシャーロットさん! その私は想像上の私です! というか毎日一緒にお風呂に入ってるのに、今更、何を考えてるんですか!」


 ローラは慌ててシャーロットを正気に戻そうと言葉を投げかける。


「はっ! わたくしとしたことが……さてはエミリア先生。特殊魔法か何かでわたくしに幻惑を……」


「してない、してない」


 シャーロットがあまりにもアホを晒したせいか、エミリアは冷静なツッコミができる程度に落ち着いてきたようだ。


「はあ……分かったわよ。着るわよ、スクール水着。まだギリギリいけるでしょ、きっと……」


「全然いけるよー。イケてるよー」


「あ、エミリア先生。先にこのパンストをどうぞ」


 エミリアは、学級委員長が差し出した黒いストッキングを、深いため息と共に受け取る。


「いやぁ、エミリア殿のバニーガール姿、楽しみでありますなぁ」


 ミサキが耳と尻尾をパタパタ揺らしながら言う。


「はいはい。その楽しみなバニーガールになるから、あっち向いてなさい」


「どうしてでありますか? もう全裸でありますから、これ以上は恥ずかしくならないであります」


「気分の問題よ! いいから全員、壁を向いてなさい!」


 そんなものかと思いながら、ローラは壁を向いた。

 それに続いて、他の皆も回れ右をして、一緒に白っぽい壁を眺める。


 すると背中から、エミリアがストッキングを履く音が聞こえてきた。

 続いてスクール水着。

 音しかないと逆に想像力を刺激され、いかがわしい空間にいるような気分になってくる。

 というより、実際にいかがわしい。


 入学前のローラは、担任を強制的に全裸にしてスクール水着を着せる日が来るとは思ってもいなかった。

 人生とは本当に奥深い。

 まだ九歳なのにこんなことが起きるということは、大人になったら、もっと凄いに違いない。



「着替えたわよ!」


 やがて、エミリアのヤケクソ気味な声がした。

 ローラたちは一斉に振り返る。

 すると、そこにはウサギさんがいた。


 同じくらいの背格好だからとケイトのスクール水着を渡したのだが、しかし胸の大きさはエミリアに軍配が上がる。

 というより、少女の体型を前提にしたスクール水着を、発育しきった大人が着たのだから、当然の如く、パツンパツンであった。


 そして、手首には白いカフス。首には付け襟と蝶ネクタイ。脚を覆う黒いストッキング。頭の上には白いウサ耳が付いたカチューシャ。お尻には、ふわふわした尻尾もついている。


 間違いない。

 バニーガールだ。

 バニースーツをスクール水着で代用したことにより、一層いかがわしさが増したバニーガールだ。


「うわぁ……思ったより凄いよー……」


「これは、何というか……まさかこれほどなんて……」


 ケイトと学級委員長が、エミリアを見ながら、賞賛と羞恥を混ぜ合わせたような声を出す。

 実際、見ているだけで恥ずかしくなってくる。


「もの凄くえっちでありますな!」


 当然、ミサキは大興奮だ。

 尻尾があまりにも素早く動くせいで九尾に見える。何だか強そうだ。


「ちょ、ちょっと、そんな目で見ないでよ……! 脱ぐわよ!」


「だ、大丈夫ですわ! 皆さんが大げさなだけで、露出度はさほどのことはありませんわ。ほら、肌が出ているのは腕だけで、脚もストッキングで隠れていますし……スクール水着は学園指定なのですから、健全! エミリア先生も健全ですわ!」


「そうです、大丈夫です。エミリア先生は安心して、その格好で廊下を歩き、教室に行って接客してください。恥ずかしいと思うから恥ずかしいんですよ! ね、ハク!」


「ぴー?」


「ハクもそうだそうだと言っています!」


 ローラは神獣の言葉をねつ造することで、自らに説得力を持たせようとした。

 だが、エミリアは険しい顔をするばかり。


「ローラさん。嘘をつくときにハクを引き合いに出す癖、やめたほうがいいわよ!」


「ひえっ、そ、そんなつもりは……」


 ローラは自分にそんな癖があると知らなかった。

 それを気づかせてくれるとは、流石はエミリア。教師の鏡。


「でもエミリアせんせー、約束は約束だから、恥ずかしくても、その格好で接客、よろしくねー」


 ローラがひるんでいるところに、ケイトが援護射撃を飛ばしてくれた。

 それでエミリアは「ぐぬっ」と押し黙る。

 そうだ。約束なのだ。

 生徒との約束を破るのは、教師として失格だ。


「言われなくても、着替えた以上は……やるわ! さあ、教室に行くわよ! 学長を倒すんだから!」


 エミリアは完全にヤケクソ状態だ。

 顔を真っ赤にして叫び、我先に更衣室から廊下に飛び出した。


 そして魔法学科一年の教室までの短い道のりを行く間、エミリアの後ろに人だかりが作られていった。

 人数は十人ほど。

 そのほとんどが男子生徒だった。


 エミリアは前から、男子生徒にマニアックな人気があった。

 美人で、スタイルが良く、メガネで、真面目で、実力も実績もあり、その癖ちょっと頼りないところがある――完璧に見せかけて隙があるのが人気の秘密らしい。

 そんなエミリアがスク水バニーという出で立ちで歩いているのだから、男子生徒としては、たまらないだろう。


「エミリア先生、大人気ですね。もしかしたら、本当に素敵な男性が現れるかもしれませんよ」


 ローラはエミリアの隣を歩きながら、割と真面目に言った。

 が、エミリアは後ろを振り返ろうともしない。

 ただ死んだような目で前だけを見つめ、スタスタと歩く。

 そして――。


「無視よ……そして無私。私はただ、生徒の店を手伝うだけ……何も問題ない……この姿を見られたからってお嫁に行けないわけじゃない……」


 エミリアはブツブツ呟きながら、魔法学科一年の教室に入る。

 さあ、大賢者と対決の時だ。

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