第144話 バニースーツに比較的近いものです

 そして、ミサキを引っ張りながら魔法学科一年の教室に戻ると、やはりメイド喫茶には空席がチラホラできていた。

 何とかしてこの空席を埋め、廊下まで延びる行列を復活させねばならない。


 ゆえに、ローラ、シャーロット、ケイト、学級委員長の四人で、どうやったら〝えっちな大賢者〟カルロッテ・ギルドレアに勝てるのかという会議を始めた。

 その最中、ミサキが逃げだそうとしたので、会議の円陣に加えることにした。


「さあ、せっかくなので、ミサキさんもメイド喫茶を盛り上げるための意見を出してください」


「急にそんなこと言われても困るであります……とりあえず、えっちなのに対抗するには、やはりえっちなのがいいと思うでありますよ」


「それはミサキさんが、ただたんに、えっちなのを見たいだけではありませんの……?」


「そ、そんなことはないでありますよ!」


 ミサキは目を泳がせながら否定する。


「でもさー。ミサキちゃんの言ってることは、割と的を射てると思うよー。文化祭は今日と明日しかないしー。手っ取り早く客を呼ぶには、やっぱりエロスだよー」


 ケイトは真面目な顔で言った。


「なるほど。エロスですか! でも、学長先生に対抗できるエロスを持った人っていますか?」


 ローラは疑問を呈した。

 なにせ学長先生は大人の女性だ。全身から色気がにじみ出ている。

 一方、こちらは少女。

 九歳であるローラは論外として、ケイトが十六歳、学級委員長も十七歳。

 他にも女子生はいるが、全員が十代だったはずだ。

 大人の色気には程遠い。


「そもそも、学長先生が着ていたのに対抗できるような服なんて、私たちは持ってないわよ」


 学級委員長も問題点を指摘してきた。

 このメイド喫茶には、かなり短いスカート丈のメイドさんが結構いるが、大賢者はそういったレベルではなかった。

 太ももが見えているとか、胸元が開いている程度のことでは、太刀打ちできないのだ。


「バニーガールとかどうかなー? 一応、ウサ耳カチューシャならあるよー。メイド服に合わせたら可愛いと思って、買っておいたやつー」


「ウサ耳だけあっても、肝心のバニースーツがなかったら意味ないじゃない」


 ケイトの提案に、学級委員長がダメ出しする。


「シャーロットさんの実家に、バニースーツが余っていたりしないんですか?」


「ありませんわ。ローラさん、わたくしの実家を何だと思っていますの?」


「いえ、メイド服が余っているなら、バニースーツも余っているかなぁと思って……」


「どういう状況でバニースーツが余るというのです!?」


 シャーロットは心外だという顔をした。

 しかしローラにしてみれば、メイド服が余っている家という時点で、理解の外なのだ。

 金持ちの家なのだから、何だって余らせておけばいいのに――と、心の中で呟いてみた。


「バニースーツがないなら、バニースーツに比較的近いもので代用すればいいであります。創意工夫であります」


「なるほど……しかし、バニースーツに近いものなんてありましたっけ?」


「学校指定の水着であります。スクール水着であります。濃紺だし、それっぽいであります」


「うーん……そうですかね……?」


 このギルドレア冒険者学園には、そこそこ大きな四角いプールがある。

 夏休みに入る前の七月や、二学期初めの九月の頭に、授業で何度か使った。

 ローラは湖畔の町の出身なので泳ぎは達者だが、意外と泳ぎ方を知らない生徒がいて驚いた記憶がある。


 その授業で使うのが、スクール水着だ。

 ミサキが言ったように濃紺色で、露出の少ないワンピース型である。


「まあ、ウサ耳にカフスと蝶ネクタイを付けたら、バニーガールに見えなくもない……かしら?」


 学級委員長は、ゆっくりと語る。

 頭の中で完成予想図を思い浮かべているのかもしれない。


「カフスと蝶ネクタイもあるよー。あとは黒いストッキングを履けば完璧ー」


「ストッキングって、水着の下に履きますの?」


「そうでしょー? パンツを履かずにパンスト直履き!」


「えっちでありますな! えっちでありますな!」


 ミサキが大興奮している。

 つまり、えっちな大賢者にも太刀打ちできるかもしれないということだ。

 だが問題なのは、誰がその格好になるのかだろう。


 大賢者が着ている服、というか布は確かに扇情的だが、何よりも大賢者自身が『どすけべボディ』で大人の色気を持っているからこそ、あれだけの効果を発揮しているのだ。

 何とかして、大人の色気を持つ人物を確保しないと――。


 そうローラが頭を悩ませていたとき。

 教室に大人がやってきた。


「皆、ちゃんとやってる? なんか戦士学科のラーメン屋にお客を取られてるみたいだけど?」


 それは担任のエミリアだった。

 ローラたちは顔を見合わせ、うなずき合う。


「エミリア先生は、ちゃんと大人の女性です」

「そして美人ですわ」

「実は結構えろい体してるよねー」

「メガネっ娘というのも、学長先生と差別化できていいんじゃないかしら?」

「エミリア先生もえっちでありますよ!」


 すると、エミリアは眉をひそめた。

 まあ、いきなり「えろい」だの「えっち」だのと言われたら、誰だってそうなるだろう。


「あなたたち、何の話? 子供のうちから変なことを覚えちゃ駄目よ」


 エミリアは教育者らしく、真面目なことを言い始めた。

 そんな真面目で生徒想いのエミリアに、これから恥ずかしい格好をさせるのは、とても心が痛む。

 しかし、これも商売繁盛のためだ。

 致し方ないのだ。


「くんくん……エミリア先生……何だかラーメンの匂いがしますね」


「え、まあ、さっき食べたし……?」


 よし、とローラは拳を握りしめる。

 匂いだけでラーメンを食べたかどうか判別するスキルを、ローラは会得していない。

 しかし、エミリアは引っかかってくれた。


「ということは、学長先生のえっちな客寄せも見たんですね?」


「見たわよ。凄かったわねぇ……あんなに恥ずかしがってる学長を見たのは初めてよ。こんどネタにしてからかってみようかしら」


 エミリアはまるっきり他人事のように言う。

 これから自分も大賢者と同じ側に突き落とされるとも知らずに……。

 ローラは涙をのんで、尊敬するエミリア先生を突き落とす。


「正直、私たちの力では学長先生に対抗できないので……エミリア先生に一肌脱いでもらうことにしました!」


「一肌脱ぐ……? まあ、協力するのはやぶさかじゃないけど……何をすればいいのかしら?」


 まだエミリは状況を理解していないらしく、ポカンとした顔だ。

 なのでローラは単刀直入に言うことにした。


「まずは脱いでください」


「……は?」


「服を脱いでください。早く!」


「ちょ、ちょっと待ってローラちゃん。急に何を言い出すの? ねえ皆、これはどういうことなの?」


 エミリアは他の人たちにも目を向ける。学級委員長、ケイトと来て、最後にシャーロットとミサキを少しだけ見た。

 視線を向ける時間の差は、信用度の差かもしれない――と、ローラは非情なことを考えてしまった。


「早い話が、エミリア先生にバニーガールの姿になってもらい、エロスで客引きするのですわ!」


「えっちな作戦には、えっちな作戦で対抗であります!」


 シャーロットとミサキがエミリアに詰め寄る。

 おそらくシャーロットは真面目にメイド喫茶の売上を考えているのだろうが、ミサキはえっちな作戦をやりたいだけに違いない。


「ええっと……早い話と言われても、まるで話が見えないわ。学長のせいで客が減ったのは分かるけど、だからってどうして私がバニーガールになるのよ」


 エミリアは、だんだん戸惑いよりも怒りの口調になってきた。

 とはいえ、これはローラも想定していた。

 だから、ちゃんと言い返す言葉だって用意しているのだ。


「エミリア先生。私たちのメイド喫茶がこんなにピンチなのに、ライバル店のラーメン屋で食べてきたんですよね」


「え……そ、そうだけど……」


「酷いです。裏切りです。お腹が減ったなら、私たちの店で食べたらいいじゃないですか!」


 あらかじめ考えていた詭弁ではあるが、しかし本音も混じっていた。

 さっきから皆で一生懸命、ラーメン屋に勝つ方法を考えているのに、担任がラーメン屋の売上に貢献するとは何事か。


「ハクもそう思いますよね!」


「ぴぃ?」


 急に話を振られた神獣は、ローラの頭の上で不思議そうな声を出す。


「ほら。ハクも『そうだそうだ』と言っています!」


「ほ、本当に……?」


 エミリアは疑わしそうに言うが、


「本当です!」


 ローラは断言してやった。

 なかなか嘘が上手になってきたと自分でも驚く。

 とても悪い子になってしまった。

 実家の両親が見たら悲しむかもしれない。

 しかし、クラスの皆で勝利を掴むためだ。

 心を鬼にして、エミリアにどすけべ衣装を着せるのだ。


「もう、エミリアせんせーしか頼る人がいないんだよー。エミリアせんせーが協力してくれたら私、次のテスト勉強真面目にやるからさー」


「私からもお願いします。それに、エミリア先生はもともと魅力的な女性です。それをアピールすれば、素敵な殿方が現れるかもしれませんよ」


 と、学級委員長が真顔で語った。

 普段から生真面目な彼女が言うことなので、なかなかに説得力がある。

 一瞬、ローラも信じてしまいそうになった。

 しかし、学級委員長は文化祭の準備を通して、かなりユーモラスになってきた。

 誰の影響か知らないが、前より親しみやすくて、よい変化である。


 ところが、それを知らないエミリアは、すっかりその気になってしまったようだ。


「本当……? 素敵な人、現れるかしら? あ、いえ、別にそれが目当てってわけじゃなくて、真剣に自分の受け持つクラスに協力したいだけよ?」


「ええ、分かっています。エミリア先生は、本当に生徒想いの先生ですから」


「私たち、エミリアせんせーのこと尊敬してるよー」


「エミリア先生なら引き受けてくださると信じていましたわ!」


「たまには、えっちなのもいいでありますよ!」


「絶対にバニーガールが似合いますよ! 生きとし生けるものの注目を集めること間違いありません!」


「ぴー」


 ローラたちはエミリアを囲んで、四方八方からおだてまくった。

 するとエミリアは、まんざらでもない顔になってきた。


「そこまで言うなら……仕方ないわねぇ……」


 攻略完了、である。

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