第143話 えっちな学長先生は教育に悪いです

 魔法学科一年のメイド喫茶は、ローラ目当ての客で大賑わいだった。

 あまりにもお客さんが多いので、作っておいたチーズケーキやドーナツ、クッキーがなくなってしまうのではと心配したほどだ。


 しかし、幸か不幸か、その心配は杞憂に終わる。 


「うーん……またお客さんが減ってきましたね……」


 老若男女が入り交じった十数人の行列が、いつの間にやら消えてしまった。

 教室の中はまだ満席だが、ほどなくして空席が発生するだろう。


「きっとアンナさんたちが何かやったのですわ。わたくし、偵察に行ってきますわ!」


 シャーロットはフリルたっぷりのスカートを揺らしながら、スタタタと走って行った。

 戦士学科一年の教室は、同じ一階にある。

 間にトイレや教材置き場などを挟んでいるが、普通に歩いても一分もしないうちに着いてしまう。

 なので密偵シャーロットは、即座に情報を持ち帰ってきた。


「た、大変ですわ! 向こうは最終兵器を使っていますわ!」


 帰ってくるやいなや、シャーロットは大声で叫んだ。


「最終兵器? 何ですか、それ」


 ローラは心当たりがないので、首をかしげるしかない。

 ケイトや学級委員長たちも、一緒に首をかしげる。

 するとハクも真似をして、その辺をパタパタ飛びながら首をかしげた。


「この学園の……いえ、世界の最終兵器ですわ!」


「もっと具体的に言ってくださいよぉ」


「察しが悪いですわローラさん! 最終兵器と言えば……学長先生に決まっているでしょう!」


「ええ!? 確かに学長先生は最終兵器と言ってもいいくらい強いですけど……まさか、学長先生が道行く人たちに力尽くでラーメンを売ってるんですか……!?」


「それに限りなく近いですわ! 学長先生が……えっちな姿で客寄せをしていますわ! えっちすぎて、お客さんが吸い込まれるようにラーメン屋に入っていましたわ!」


「が、学長先生がえっちな姿を……? チェイナドレスってことですか?」


「あれはチェイナドレスなんて上等なものではありませんわ! ただの布ですわ! 布きれですわ!」


 シャーロットは顔を赤くし、興奮した様子で語る。

 思い出しただけで赤くなるなんて、よほどえっちだったに違いない。

 しかしローラはえっちなことに詳しくないので、まるで想像できなかった。

 それでも頑張って想像してみようと腕を組んで「うーん」と唸っていると、横でケイトが顎に手を当て頷いた。


「確かに、学長先生って結構ドスケベボディだもんねー。普段着でもドスケベボディだって分かるんだから、えっちな服を着たら、これはもう最終兵器中の最終兵器だよー」


 すると学級委員長が、頬を赤く染めながら、メガネを指でクイッと上げ、ボソボソと呟き始める。


「きょ、教育者がそんな色仕掛けをするなんて……感心しないわ……抗議のためにも……その、え、えっちな姿というのを見に行かないと……」


「ああー、委員長ってば、興味津々だー」


 というケイトのツッコミに、学級委員長は更に赤くなって抗議する。


「べ、別に興味津々とかじゃなくて! 私はこのクラスの学級委員長として、健全な学園生活のために、えっちなのは行けないと思います、と断固とした決意表明を」


「はいはい。何言ってるのか分からないけど、断固として見に行こー」


 ケイトが先陣を切って廊下に飛び出した。

 学級委員長がブツブツ言いながら、それに続く。

 ローラも負けじと、ハクを抱きかかえて走り出した。


「ああ、ローラさん、いけませんわ。今の学長先生は教育に悪いですわ~~」


 そう言いながら、シャーロットが追いかけてくる。


 そうやって集団で戦士学科一年の教室の前まで行くと、確かに行列ができていた。

 二十人は並んでいる。

 男女問わず、なにやらソワソワした様子だ。

 その行列の隙間から教室の中を覗き込み、やたら興奮した声で「えっちでありますな! えっちでありますな!」と絶叫している少女がいた。


 顔を見なくても、声だけで分かる。

 オイセ村から来た獣人のミサキだ。


 彼女は狐の形をした耳と尻尾をバタバタと激しく動かしながら、目を血走らせている。

 よほど凄いものを目撃しているに違いない。


「ミサキさん……そんなに凄いんですか……?」


 ローラは恐る恐る尋ねた。


「おお、ロラえもん殿! いやぁ、凄いのなんの! 大賢者殿がえっちな格好をしていると聞いて見に来たでありますが……予想以上でありました! 大賢者殿は、実はえっちな大賢者だったであります!」


 ミサキは以前からえっちなことに興味津々だったが、その彼女がここまで言うのだから、本当に凄いのだろう。

 何だかローラも気になってきた。


「ミサキさん、私にも見せてください……!」


「ロラえもん殿も結構えっちでありますな!」


 ミサキは尻尾をバッタンバッタンと揺らしながら、場所を譲ってくれた。

 ローラはありがたく、行列と扉の隙間に首をねじ込んだ。

 するとローラの頭の上から、ケイトと学級委員長も教室の中を覗き込んだ。


「ああ、いけませんわ……あれは乙女が見るものではありませんわ……」


 後ろからシャーロットの弱々しい声が聞こえる。

 だが、本気で止めるつもりはないようだ。

 というより、シャーロットも一緒に隙間に頭を入れてきたではないか。

 何だかんだ言って、もう一度見たいのだろう。


「さてさて、学長先生は……わぁっ、凄い!」


 目撃した瞬間、ローラはたまらず声を上げてしまった。

 シャーロットとミサキが言っていたとおり、想像を超えた姿だった。

 原型はチェイナドレスなのだが、布面積が小さすぎて、もはや別の服――というより服ではない。

 えっちな何か、だ。

 あんなものを着て人前に出るなんて大賢者は流石だなぁ、とローラは感心してしまう。


 とはいえ、そんな流石の大賢者も、やはり人の子。

 羞恥心はしっかりあるようで、赤くなって教室の隅っこでモジモジしている。

 接客は全くしていない。

 大賢者はいつも飄々としていて、何が起きても動じないというイメージだった。

 それがこんなに追い詰められててしまうなんて、ローラは思いもよらなかった。

 かつて夢の世界で見せてもらった魔神との戦いよりも、ある意味ピンチだろう。


「学長先生……どういう経緯でそんな姿に……」


「ああ、ローラちゃん……ついにあなたにも見られてしまったのね……話せば長くなるけど……全てはアンナちゃんが仕組んだことなのよ……」


 大賢者は目に涙を浮かべ、震える声で訴えてきた。


「別に話しても長くならない。ようは、学長先生が無銭飲食したから、体で払わせているだけ」


 アンナはさも当然という顔で呟いた。


「む、無銭飲食!? 学長先生、お金ないんですか!」


「違うのよローラちゃん。私はちゃんと払うつもりだったの……でもラーメンを食べてお腹いっぱいになったら眠くなっちゃって……それでふと目覚めたら、長時間席を占領していた詫びに、ラーメン百人分の代金を払えって言われて……」


「当然の要求」


 アンナはそう言って、ピースサインを作る。


「う、うーん……席で寝ていた学長先生も悪いですけど……百人分はちょっとどうかと思います……ニーナさん、学長先生を助けてあげてください」


「え!? 私はただのお手伝いだから、経営方針には口出しできないし……」


 突然話を振られたニーナは、ビクリと肩をふるわせつつ、早口で語って接客業に戻った。

 どうやら、可能な限り大賢者に目を向けないようにしているらしい。

 えっちなのが恥ずかしいのだろうか。


「ちょっとローラちゃん、ローラちゃん。学長先生のえっちな姿に見とれてる場合じゃないよー。このえっちさに対抗するため、作戦会議しなきゃー」


 と、ケイトの声が頭上から聞こえてきた。


「そ、それもそうですね……! えっちな姿に惑わされていました!」


「ほら、委員長も惑わされてないで、帰るよー」


「はっ! 別に惑わされてないわよ!」


「今〝はっ〟としたじゃーん。惑わされてたじゃーん」


「してないわ!」


 なんて話をしながら、ローラたちがその場を離れようとすると、ミサキがまた入り口の前に立ち、中を覗き込みながら「えっちでありますな!」と耳と尻尾をパタパタ揺らし始めた。

 よほど大賢者の格好を気に入ったらしい。

 そんなミサキの声に釣られて、更に人が集まっている。

 早く何とかしないと大変なことになる。


 ローラはとりあえず、ミサキを魔法学科一年の教室に連れて行くことにした。


「のわぁ、ロラえもん殿、腕を引っ張らないで欲しいであります。私はもう少しここで見物したいであります!」


「ミサキさんがそこにいると、ラーメン屋にどんどん人が集まるので駄目です!」


「獣人の人権侵害でありますぅ!」


 人権問題をでっち上げ、何とかローラの腕から逃れようとするミサキであったが、残念ながら誰も人権問題に関心を持たなかった。

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