第141話 アンナさんが策士です

「ろ、廊下まで行列がある!?」


 戦士学科一年の教室に入るまでもなく、その盛況っぷりが分かってしまった。

 ローラとシャーロットは目をゴシゴシ擦ってみたが、現実は変わらない。

 中に入りきれなかった者が、二十人ほど廊下に列を作っていた。


 ラーメンは確かに美味しいし、人気のある食べ物だ。

 しかし、ブームの絶頂期は既に過ぎている。

 なぜこれほどの行列ができているのだろうか。

 その秘密を探るべく、ローラとシャーロットは行列の隙間から、教室の中を覗き見した。


 授業で使っている机を組み合わせ、その上にクロスを敷くことによって、四人で使えるテーブルを作っていた。これはローラたちのメイド喫茶も同じだ。


 女子生徒たちがチェイナドレスを着て接客している。これはポイントが高い。だがメイド喫茶だって可愛らしさでは負けていないはずだ。


 出しているラーメンは、普通の醤油ラーメンだけのようだ。チャーシュー麺や冒険者ラーメンは見当たらない。不慣れな生徒でも素早く店を回すためにそうしているのだろう。


 驚くべきことに、教室の中にレンガ製のかまどが二つあった。

 それでスープを暖め、麺をグツグツ茹でている。

 いつの間に作ったのだろう。

 火事になったら誰が責任を取るのか。

 まあ、いまさら火事くらいで揺らぐギルドレア冒険者学園ではないのだが。


「むむむ……確かにラーメン屋文化祭エディションとしては最適かもしれません……でも、それだけではこの行列が説明できません」


「秘密があるに違いありませんわ」


 ローラとシャーロットは扉と行列の隙間に首を強引に突っ込み、ダイレクト偵察を強行した。

 すると、そこには驚くべき人物がいた。


「ニ、ニーナさん!? 生徒じゃないニーナさんがどうしてここに!」


 ローラはつい、大声を出してしまった。

 なにせ、ラン亭の住み込み看板娘のニーナが、華ロリを着て接客していたのだ。


 ニーナは九歳のローラよりも更におでこ一つ分小さい体をしている。

 それだけでも可愛いに決まっているのに、容姿端麗と来ている。

 いうなれば反則的存在。


「あれ? ローラにシャーロット。そんなところから頭を出してどうしたの? お客さんの邪魔になるからやめなさいよ」


 ニーナはラーメンを運びながら、ローラたちを不思議そうに眺めた。

 そんな何気ない動作なのに可愛い。

 抱きしめたくなる。

 無論、客も生徒も、老若男女がニーナを幸せそうに見つめている。


 戦士学科一年の大盛況っぷりの秘密はニーナだったのだ。


「ローラ。シャーロット。スパイ活動は感心しない」


 入り口の前に、チェイナドレス姿のアンナが仁王立ちした。

 ここぞとばかりにローラたちは抗議の声を上げる。


「アンナさん、ニーナさんを持ち出すなんて反則ですよ!」


「そうですわ! 学園祭なのですから、生徒だけでやるべきですわ!」


「それは違う。生徒だけで店をやって、駄目なラーメンを提供したら、ラーメンそのものの人気が落ちる。だからラン亭の店員であるニーナに監督してもらっている。決してニーナの愛らしさを商売に利用しているわけじゃない。ラーメン普及活動のため」


 アンナは見え透いた言い訳を並べる。

 だが、見え透いているのに、穴のない理論だった。

 どこから反論していいのか分からない。


「ぐぬぬ……アンナさんが意外と策士です!」


「これはわたくしたちも本気を出す必要がありますわ! アンナさん、みてらっしゃい!」


 ローラとシャーロットは戦士学科一年の教室から首を引っこ抜き、自分たちの教室へと走る。

 文化祭は始まったばかり。

 まだまだ挽回できるはずだ。


        △


「あ、二人とも帰ってきたー。ねえ、ラーメン屋の行列見たー? お客さん取られちゃってるよー。ヤバイヤバーイ」


 ローラとシャーロットが教室に戻ると、ケイトがのんびりした声で出迎えてくれた。

 ヤバイと言う割にさほど焦ってなさそうな様子だが、入学したときから彼女はずっとこんな感じである。

 命の危険でも迫らない限り、ケイトはのんびりしたままだ。


 それにメイド喫茶とて、閑古鳥が鳴いているわけではない。

 テーブルの三分の二ほどは埋まっている。

 しかし戦士学科に負けるのは、何となく嫌だった。


「ニーナさんのお可愛らしさに対抗できるのはローラさんだけですわ!」


「頑張ります!」


 ローラは張り切って拳を振り上げた。

 そして店員として働き始める。

 すると五分後にはテーブルが全て埋まり、十分後には廊下に行列が伸びたではないか。


「ローラちゃんがいると聞いて来ました」

「ローラちゃんにご主人様と呼んでもらえると聞いて来ました」

「ローラちゃんがオムレツにケチャップでハートマークを書いてくれると聞いて来ました」


 どこに情報が流れているのか分からないが、ローラ目当ての老若男女が集まってきた。


「お帰りなさいませ、ご主人様。でもオムレツはメニューにないですよー」


 ローラがそう言った瞬間、お客さんたちが「はふぅ……可愛い……」と言って恍惚とした顔になった。

 それどころか、一緒にメイドをやっている女子生徒たちまで「ああ……ローラちゃん萌えキュン……」と仕事を忘れて夢見心地な声を出す。


「ローラさん……お可愛らしすぎて、この世の者とは思えませんわ……わたくしにも『お帰りなさいませ、お嬢様』と言ってくださいまし!」


「シャーロットさんにもですか? では……お帰りなさいませ、お嬢様♪」


「ああ~~」


 シャーロットは妙な声を出しながら床にぺたりと座り込んだ。


「こ、腰が抜けて立てませんわぁ……」


 ハァハァと息を荒くし、頬が朱に染まっている。

 確かにローラは精一杯可愛らしく言ってみたつもりだが、そこまでのことだろうか?

 シャーロットは何事もいちいち大げさだ。

 と、思いきや――。


「分かる、分かるよー、シャーロット。今のは横で聞いてるだけで凄かったー」


 ケイトがシャーロットに共感を示した。

 それどころか学級委員長まで、うんうんと頷きながら、シャーロットを抱き起こした。


「駄目よ、ローラちゃん。今のあなたは、いわば兵器。不用意に可愛さを振りまいたら、死人が出るわ。もう少し手加減して接客して」


「そ、そうなんですか……」


 手加減と言われても、何のことやら分からない。

 しかし、それだけローラにメイド服が似合っているということなので、素直に嬉しかった。


「とにかく頑張ります。えへへ」


 気をよくしたローラは、皆に向かって微笑んだ。

 その瞬間、メイドも客も鼻血を出しながらバタバタと倒れていく。


「え、ええ!? どうなってるんですかっ! 皆さん、しっかりしてください!」


「ローラさんに萌え殺されるなら本望ですわ~~」


 などと呟きながら、シャーロットが一番大量の鼻血を噴射する。

 ローラは教室全体に向かって回復魔法を常時発動しながら接客する羽目になった。

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