第139話 準備開始です

 いくらメイド喫茶がクラス全体の出し物とはいえ、男子がメイド服を着たところで誰も得をしない。

 女の子と見まごうほど可愛い男の子がいるならそれもアリかもしれないが、残念ながら魔法学科一年にそういう人はいなかった。


 なので男子たちには教室の飾り付けや、買い出しを主にやってもらう。

 そして女子たちは、シャーロットが実家から持ってきたメイド服を着て、自分好みに改造する。


「シャーロット。本当にスカート切っちゃっていいの?」

「私、フリル増やしたーい」

「ふふふ、ご自由に。皆さん、存分にお可愛らしくなってくださいまし!」


 放課後の教室は、裁縫学科が新設されたかのようになった。

 そして改造したメイド服で、男子たちを相手に接客の練習をする。


「お帰りなさいませご主人さまぁ」

「おいしくなーれ、萌え萌えキュン」


 魔法学科一年は四十人。そのうち丁度半分の二十人が女子だった。

 うら若い少女が並び、メイド服を着ている光景は、とても華やかである。

 男子たちの目がハートマークになっていた。

 メイド服の効果は思っていたよりも凄いらしい。


「それにしてもシャーロットさん。よく私のサイズのメイド服がありましたね」


 ローラはシャーロットから渡されたロングスカートのメイド服を着て、くるりと回ってみた。

 スカートがふわりと舞って、とても優雅だ。


「ぴー」


 ハクも頭にフリル付きカチューシャを乗せている。

 クラスの女子が作ってくれたのだ。


「こんなこともあろうかと、ローラさん用のメイド服を以前から用意していたのですわ!」


 超ミニのメイド服に白いガーターベルトストッキングのシャーロットが自慢げに語った。


「ははぁ……こんなこともあろうかと思っていたんですか、凄いですねぇ……」


 ローラはシャーロットの専門家を自称しているが、それでもたまに何を考えているのか分からなくなることがある。

 シャーロットの奥は深い。

『シャーロット行動学』という新しい学問を作れそうだ。


「ところで、メイド服はいいとして。メニューを決めていませんよ?」


 ローラが指摘すると、女子たちが動きを止める。

 どうやら、メイド服に一生懸命になりすぎて、肝心の喫茶店としての機能を忘れていたらしい。

 魔法学科一年の出し物は、メイド服コスプレ大会ではなく、あくまでメイド喫茶なのだ。

 何か飲食物を出さないと、男子の鼻の下を伸ばしてそれで終わりだ。


「ま、まあ、しょせんは学園祭だし。ケーキとコーヒーとジュースくらいあればいいんじゃないの?」


 学級委員長がメガネを弄りながら呟いた。

 やる気のない意見だ。

 しかしメイド服のほうは気合いが入っている。

 学級委員長はいつも制服のスカートを改造して〝わざわざ長くしている〟のに、メイド服はパンツが見えそうなほど短い。文化祭ということで真面目な委員長もハッスルしているのだろう。


「ふむふむ。コーヒーとジュースはいいとして……ケーキってどうするんです? 買ってくるんですか?」


 ローラが質問すると、女子の一人が手を上げた。

 ケイトという十六歳の子だ。


「あたしケーキ作れるよー」


「「「おおー」」」


 女子たちはケイトに賞賛を送る。


「学食の設備を借りて、皆で作ろー」


 手作りケーキを売るというのは楽しそうだ。

 女子力も上がる。


「オ、オムレツも売っちゃ駄目ですかね!?」


「ローラちゃん、メイド喫茶をやるのは教室だから。オムレツ、作り置きになっちゃうよー?」


 ケイトはローラの頭を撫でながら指摘してくる。


「オムレツの作り置きなんて駄目です! 出来たてホヤホヤじゃないと!」


「じゃあ無理だねー」


「うーん……仕方ないですね……」


 ローラは諦めた。

 人生、ときには妥協も必要なのである。


「オムレツは論外として。ケーキはいくつ作るのです? 文化祭は二日ありますわ」


 シャーロットが質問すると、ケイトは顎に手を当てて考え込む。


「うーん……私たちくらいの美少女集団がメイド喫茶なんかやったら、一日に百人は来るよねー。じゃあ二百個かなー。でも一日に百個のケーキ作るの大変だよねー。チーズケーキ二百個をあらかじめ作っておこっかー。生クリームを使わないから、日持ちするよー」


「クッキーやドーナツなどもよろしいと思いますわ」


「おおー、シャーロット冴えてるねー。じゃあそれもメニューにしちゃおうよー」


 具体的な案が出てきた。

 これで喫茶店として何とかなりそうだ。


 メニューが決まったので、チラシ作りにも取りかかれる。

 あちこちで配ったり、冒険者ギルドやラン亭に貼ってもらうのだ。


 一日百人と言わず、千人くらい来てしまうかもしれないぞ――とローラは空想した。

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