第138話 私たちはメイド喫茶をやります

 全ての授業が終わった夕方。

 ラン亭はまだ夜の部のためにスープを仕込んでいる最中だったので、客はいない。

 その代わり、住み込み店員のニーナが椅子に座って暇そうにしていた。

 更にどうしたわけか、ローラたちがよく知っている赤毛の少女までいるではないか。


「ア、アンナさん? どうしてラン亭に?」


 そう。

 学科こそ違うもののローラの大親友である、アンナ・アーネットがラン亭にいたのだ。

 ローラとシャーロットは、授業が終わってすぐにここに向かってきた。

 それより早く来たということは、気まぐれに立ち寄ったのではなく、明確な目的を持って急いできたに違いない。


「アンナのクラスが文化祭でラーメン屋をやるから、ランさんに協力してくれって話みたいよ」


 するとニーナが答えてくれた。

 それを聞いたローラとシャーロットは飛び上がるほど驚いた。


「な、何だってー!」

「一体どういうことですの!?」

「ぴぃぃ!」


 ハクもローラの頭の上で飛び跳ねた。

 ある意味、二段ジャンプだ。


「どうもこうも。戦士学科一年はラーメン屋をやることになった。だから私が代表でラン亭に来た」


 アンナは淡々と語り出す。


「そ、そんな! だって私たちもラーメン屋を……ズルいです!」


「ズルくない。私たちも午前中の学級会議で決まった。こういうのは早い者勝ち」


 アンナはいつもの無表情のままダブルピースを決める。


「ああ……珍しくわたくしの思惑通りにことが運ぶと思いましたのに……ランさん、ランさん!」


 シャーロットが大声を出すと、奥の厨房からランが現れた。

 相変わらずセクシーなチェイナドレスを着ている。

 どうやったらこんな美脚になれるのだろう。

 うらやましいなぁ、と思うローラであった。


「シャーロットちゃんにローラちゃんも来ていたアルか」


「ぴー」


「ハクちゃんのことも忘れてないアルよ」


「ぴぃ」


 ハクは自分の名前が呼ばれたので、満足そうに声を出す。


「それでランさんは、アンナさんたちのクラスに協力することになりましたの!?」


「そうアル。ラーメンを更に広めるいい機会アル。食べるだけでなく作り方にも興味を持ってもらえるなんて嬉しいアル。しかも売上の一割をもらえるなら、断る理由なんてないアルよ」


 魔法学科が出そうとしていた条件と同じだ。

 どうやら考えることは皆、同じらしい。


「で、では、ついでに魔法学科一年にもラーメンの作り方を教えてくださいまし……」


「うーん……別にいいアルが、文化祭で同じ食べ物屋が二つあったら変アルよ?」


「ぐぬぬ!」


 ランの指摘にシャーロットは唇を噛む。

 実際、ラーメン屋が二つあったら変だし、どちらもランが教えるので同じ味になる。無駄なことこの上ない。


「シャーロットさん……諦めて引き下がりましょう……私たちはアンナさんに情報戦で負けたんです」


「うう……アンナさんにスパイの才能があったなんて知らなかったですわぁ」


「別にスパイしたわけじゃなくて、二人が勝手に教えてくれたんだけど」


 アンナは冷静に指摘してくる。

 しかしローラとシャーロット的には、『優秀なスパイに敗北した』ということにでもしておかないと、自分たちが情けなくて嫌になる。

 ただ、アンナを優秀なスパイに仕立て上げるのはなかなかに難しかったので、肩を落としてトボトボと帰るしかなかった。


        △


 ラーメン屋が駄目になったので、次の日も学級会議だった。

 昨日、ラーメン屋以外にも色々な意見があった。

 それに加えて更に案を出してもらい、改めて決めるのだ。


・喫茶店

・フリーマーケット

・輪投げ

・仮装大会

・アームレスリング

・バンド

・幻惑魔法を使った迷路

・オカマバー

・生きたスカイフィッシュ掴み取り大会

・寸劇『パジャレンジャー危機一髪』

・大賢者は一日に何時間寝るのかを研究して発表する

・絶対に笑ってはいけないシャーロットのお絵かき

・エミリア先生の彼氏捜し


「ちょ、ちょっと待って。一番最後の何よ!」


 学級委員長が板書したのを見て、エミリアは素っ頓狂な声を上げる。

 よほど驚いたのか、メガネがズリ落ちていた。


「何って……私はただ皆の意見を書いているだけですが」


 学級委員長は真面目な顔で言う。


「全部書けばいいってものじゃないでしょう! 消しなさい!」


 エミリアは真っ赤になって黒板に歩み寄っていった。

 だがそのとき、教室中からブーイングが上がる。


「せんせー。いいじゃないですか彼氏捜し。どうせ相手いないんでしょー?」

「若いって言っていられるのも今のうちですよ」

「エミリア先生、せっかく美人なんだから、もっと積極的に」

「な、なんなら俺とかどうですか!」


 生徒たちは思い思いのことを言う。

 しかし共通しているのは『エミリア先生に幸せになって欲しい』というのと『彼氏捜し楽しそう』ということだ。


「余計なお世話よ! 学園祭でそんなことしたら恥さらしよ! これは消します!」


 エミリアは黒板消しを手に取り、生徒の同意も取らず『エミリア先生の彼氏捜し』の文字を消してしまった。


「エミリア先生。学園祭の運営は生徒の自主性を尊重するという趣旨になっていたはず。学級委員長として抗議します」


「いくら自主性と言っても、教師には最低限の監督責任があるのよ! 学園祭にあまりにも相応しくないものは認めません! これじゃ私が主役じゃないの。あなたたちが主役になりなさい!」


 再びブーイングが吹き荒れる。

 ローラとしても、どこがどう『あまりにも相応しくない』のか追求したいところだった。

 しかしエミリアの恥ずかしいという気持ちも分かるし、学園祭の主役は教師ではなく生徒だというのも、まあ同意である。


「ふふふ。ここでわたくし、またしても素晴らしい意見を思いつきましたわ!」


 シャーロットは不敵な笑みとともに立ち上がり、髪を優雅にかき上げた。


「ラーメン屋が駄目になったばかりなのに、よくそんな自信たっぷりな顔できるわね」


 学級委員長の鋭いツッコミが入る。

 クラスの皆がいるときは、ローラがやらなくても誰かがツッコんでくれるので、楽ちんだった。

 シャーロットは魔法の才能に溢れているのに、色々と残念なお嬢様――そんなイメージが魔法学科一年の間にすっかり定着している。それを否定するのは本人だけだ。


「き、昨日のは剣士学科に先を越されたからで、アイデア自体は悪くなかったはずですわ。皆さんだって賛成していたでしょう!」


「まあ、そうだけど。それで、今日のアイデアは?」


「ズバリ! ローラさんのメイド喫茶ですわ!」


「え、私!?」


 不意に自分の名前が出てきたので、ローラは仰天した。

 シャーロットが一人でスベるのは個人の自由だが、他人を巻き込まないで欲しいものである。


「そうですわ。ラン亭は取られてしまいましたが、こちらにはローラさんという最終兵器がありますわ。お可愛らしいローラさんにお可愛らしいメイド服を着せて接客させれば……売上ナンバーワン間違いなしですわ!」


 シャーロットはぐっと拳を握りしめ、廊下まで聞こえそうな大声で主張する。

 しかし、ローラとしては異を唱えざるを得ない。


「シャーロットさん。どうして私の名前が出てくるんですか。そういう個人的なのは、学園祭に相応しくないと思います。クラスの出し物なんですよ!」


「で、ですが、ローラさんにメイド服は絶対に似合いますわ!」


 シャーロットは論点をいまいち理解していないようだ。


「そういうことじゃないんです! 似合う似合わないの話だったら、シャーロットさんだって似合うじゃないですか!」


「わたくしがメイド服を着ても別に……わたくしはローラさんに着せたいのですわ!」


 学園祭の趣旨からして分かっていない可能性が出てきた。


「誰が着るとかじゃなくて、クラスの皆で着たらいいじゃないの。クラスの出し物なんだから」


 学級委員長が呆れたように言う。

 その瞬間、教室の女子たちから、ガヤガヤと声が上がった。


「確かにメイド服着てみたいかもー」

「お帰りなさいませご主人様とか言えばいいんでしょ? 楽勝楽勝」

「めっちゃ短いスカートにガーターベルトとか組み合わせてみたい!」

「私はロングスカートのほうがいいなー。やっぱりメイド服はロングよ」

「わたくしはローラさんがメイド服を着てくださるのでしたら何でも構いませんわ」

「ちょっと男子ー、鼻の下伸びてるわよー」


 どうやら、このままメイド喫茶で決まってしまいそうな雰囲気だ。

 普通の喫茶店はありがちだが、学園祭でメイド喫茶というのは面白いかもしれない。

 しかし、そこでエミリアが手を上げ、意見を挟む。


「別にメイド喫茶自体に文句はないけど……衣装はどうするの? 分かってると思うけど、そんな予算はないからね」


 言われてみれば、確かにそうだった。

 お金のことを皆、すっかり忘れていた。

 普通の喫茶店を開く予算はあっても、メイド服が必要となれば話は別。

 学級委員長も「うーん」と残念そうに唸る。

 が、シャーロットは未だに元気いっぱいだ。


「問題ありませんわ! わたくしの実家から、余っているメイド服を持ってきますわ!」


 普通の家はメイド服が余っていたりしない。しかしシャーロットの家は、お金持ちなのだ。


「おお、流石はシャーロットさん! これでメイド喫茶ができますね!」


「ふふふ、ガザード家に不可能はありませんわ」


 シャーロットは胸を張って勝ち誇る。

 するとクラスメイトたちが一斉に拍手をした。

 女子は可愛いメイド服を着られて嬉しいし、男子は女子のメイド服姿を見られて嬉しい。

 異論などあるはずもない。

 かくして魔法学科一年の出し物は、メイド喫茶に決定した。

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