第137話 文化祭の準備です
十月も中旬になり、もうすっかり涼しくなってしまった。
木の葉が色づくのはまだだが、キノコやリンゴ、カボチャ、サンマやカツオなど旬の食材が市場に出回っているので、ローラたちは主に食欲によって秋を実感していた。
いつも学食でオムレツばかり食べているローラが、焼き魚定食やキノコのバター焼きなどを注文している様子を見て、他の生徒たちはギョッとした顔になる。
そしてローラは、何と丸二日もオムレツを食べることなく過ごしてしまった。
誰からも強制されずにオムレツを抜くことがあろうとは、ローラ自身驚きだった。
そんなローラを見て、シャーロットとアンナはオロオロと心配そうな顔になる。
「ローラさん、大丈夫ですの? 熱があるのでは……?」
「脈拍は正常……原因が分からない。とにかく保健室に行こう」
二人は料理も注文せず、『サーモンとシメジのマヨネーズ焼き』二皿をテーブルまで運ぶローラの後ろを追いかけてきた。
「二人とも大げさです! そりゃ、私が二日もオムレツを食べないのは珍しいかもしれませんが……だからって失礼ですよ!」
「ふふふ、そんな怒らないでくださいな。あまりにも珍しいので、少しからかっただけですわ」
「頬を膨らませたローラも可愛い。ほっぺプニプニ」
「もう! そんなことをしているうちに、もの凄く行列ができちゃいましたよ。いいんですか?」
ローラが指摘すると、シャーロットとアンナはハッとした顔になる。
今は丁度、夕飯時。
混み始める前に注文しようとダッシュで来たのだ。
なのにシャーロットとアンナは無駄に時間を浪費し、他の生徒たちに先を譲ってしまった。
今から並んだのでは、夕食にありつけるまで十数分はかかるだろう。
「私たちは先に食べちゃいますから。ね、ハク」
「ぴー」
ローラが着席すると同時に、頭の上にいた神獣ハクがピョンと飛び、テーブルの上に降り立った。
「ロ、ローラさん!? そんな、酷いですわ! アンナさん、早く並ぶのですわ!」
「ローラのほっぺに気を取られていた。反則ほっぺ」
「ミサキさん! あなたの権力でわたくしたちを行列に割り込ませてくださいまし!」
と、シャーロットは厨房に向かって叫ぶが、
「駄目でありますぅ」
至極真っ当な答えが返ってきてしまった。
シャーロットとアンナは「ぐぬぬ」と悔しそうにしながら、真面目に列に並ぶ。
その間にローラはハクと一緒に料理を食べてしまった。
やはり旬のサーモンは美味しい。マヨネーズとの相性も抜群だ。
「いやぁ、美味しかったですねぇ」
「ぴー」
ハクも大満足で自分の皿を空にしていた。
そして、まだ並んでいるシャーロットとアンナを尻目に、皿を返却しに行く。
「ああ、ローラさん……待ってください……そんな、まさか、先に大浴場に行くつもりでは……!?」
「それは駄目。ローラと一緒にお風呂に入るのが毎日の楽しみなのに」
「ふふふー。私をからかった罰です」
ローラは澄まし顔で呟き、学食を後にした。
しかし、大浴場には行かず、ちゃんと自室で二人のことを待ってあげた。
するとシャーロットとアンナは感激してローラに抱きついてきた。
特にシャーロットなど涙を流して泣き叫ぶ。
その大げさなリアクションを受け、「二人を置いていくのは危険だ」と悟った九歳児であった。
△
そんな秋真っ盛りの頃、王立ギルドレア冒険者学園は、年に一度の文化祭を半月後に控えていた。
各クラスごとに一つずつ出し物を行なうことになっている。
そこで普通の授業を中断し、魔法学科一年では何をやるかというクラス会議が行なわれていた。
「無難に喫茶店でいいんじゃないの?」
「フリーマーケットとかは?」
「輪投げやろうぜ!」
「仮装大会だ!」
「それよりアームレスリング大会はどうだろう。ローラちゃんに勝てたら豪華景品が」
「そんなん学長以外勝てないだろう……」
出てきた意見を、学級委員長(メガネ三つ編みお下げの十七歳)が黒板にチョークで書いていく。
担任であるエミリアは、窓際に座り黙って見ている。
文化祭は基本的に生徒主導なので、教師は可能な限り口を出さないスタンスなのだ。
「わたくしに名案がありますわ!」
議論が停滞していたところに、シャーロットが勢いよく手を上げた。
金色の髪をぶわっと広げ、胸を張って自信たっぷりに立ち上がる。
「ズバリ! ラーメン屋がよろしいと思いますわ!」
ラーメン。
それは大陸東方にある
つい最近までファルレオン王国の人間は誰も知らなかったのだが、ラ・ランという女性が経営する『ラン亭』という店によって、ちょっとしたブームが巻き起こった。
今では『一度は食べてみたい食べ物』として王都の人々の間で話題になっている。
そんなラン亭だが、一歩間違えたら、誰にも知られることなく王都から撤退していた可能性もあった。
なにせ誰も知らない料理を売るというのはハードルが高い。しかもラン亭は立地が悪いし、店主のランはさほど商才があるほうではなかった。
だが、偶然にもラン亭にローラたちが辿り着き、ラーメンの味に惚れ込んだ。
そして、誰も客が来ないのでこのままでは潰れてしまうと聞き、知恵を絞ってラーメンの宣伝をしたのだ。
おかげでラン亭は、あの大賢者も通う店になった。噂では、女王陛下がたまにお忍びで来ているとか。
「シャーロット。あなたがラーメン好きなのは知っているけど……どうやって作るの?」
学級委員長はもっともな質問をぶつけた。
食べるのが好きなのと、美味しく作れるのはまるで違う。
ローラもシャーロットもラン亭を何度も手伝ったが、あくまで接客だけで、調理はランが一人でやっていた。
一体、どうやって文化祭でラーメン屋をやるつもりなのだろう。
ローラは他の生徒たちと同じように、シャーロットに疑惑の目を向ける。
「ふふふ、簡単な話ですわ! ラン亭の協力を仰ぐのです! 文化祭まであと半月もあります。ランさんにラーメンの作り方を教えてもらえば間に合うはず。そしてお礼に売上の一部をラン亭に渡せば、お互い得ですわ!」
教室全体から「おお!」と声が上がった。
シャーロットが思ったよりもまともなプランを口にしたので、皆で感心しているのだ。
「なるほど……シャーロットたちはラン亭と仲がいいから不可能じゃない……でも外部の人の力を借りるのは……エミリア先生はどう思います?」
学級委員長は担任であるエミリアに意見を求めた。
「そうねぇ……ランさんが協力してくれるって言うならいいんじゃないの?」
「分かりました。私もラーメン屋がいいと思います。皆さんはどうでしょう?」
すると、あちこちから「賛成」の声が上がる。
「普通の店をやるより、ラーメン屋のほうが楽しそうだぜ!」
「私、まだラーメン食べたことないのよねー」
「練習中に沢山食べられるかも!」
と、クラス中が乗り気だった。
魔法学科一年の出し物は『ラーメン屋』に決定だ。
シャーロットは自分の意見が採用され、とても満足げである。
そして善は急げということで、放課後、ローラとシャーロットがラン亭に行くことになった。
「――というわけでアンナさん。私とシャーロットさんは忙しいので、今日の放課後は一緒に遊べません」
お昼休み、ローラは学食でアンナに事情を語った。
「分かった。実は私も放課後は忙しい。学園祭が終わるまでは、あまり会えないと思う」
「そうですね。ちなみに戦士学科は何をやるんですか?」
「それは秘密」
「アンナさん。わたくしたちの情報を聞いておきながら、それはズルいですわ」
シャーロットは唇をとがらせて抗議する。
「情報戦は厳しい世界。こればかりは親友にも語れない」
しかしアンナの口は固かった。
きっと戦士学科一年で箝口令が布かれているのだろう。
まあ、ローラとシャーロットも、そこまでして聞きたいわけではない。
さほど気にせず、それぞれの教室に戻る。
そして放課後。
ローラとシャーロットはラン亭に行く。
そこには、予想もしていなかった困難が待ち受けていた――。
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