第136話 王都には色んな人が住んでいます
そしてまた週末の二連休がやってきた。
ニーナは、まだ帰ってこない。
「……どうしちゃったんでしょうか。何かトラブルでもあったのでしょうか?」
ローラはベッドの上でハクを抱きかかえながらボヤく。
「落ち着いてくださいなローラさん。イノビー村は徒歩だと片道だけでも何週間もかかりますわ。ニーナさんが出発してから、まだ一週間も経っていませんわ」
「いや。でもニーナさんは吸血鬼ですよ? 夜になったら翼を生やしてぴゅーんと飛んでいけば一晩で到着です。こんなに時間がかかるなんて変ですよ」
「それは……」
シャーロットは口ごもる。
ニーナは、すぐに帰ってくると言っていたのだ。
ローラたちはそれを信じて送り出した。
だが、あれは嘘だったのだろうか。
やはり、両親と一緒に眠りにつきたかったのだろうか。
「大丈夫ですわ。きっと久しぶりの故郷が懐かしくて、帰るのが遅くなっているだけですわ」
「そうだといいのですが……」
いや、きっとそうに違いない。
だって、約束したのだから。
来週くらいには、食べ歩き隊の作戦一号を実行に移せるはずだ。
そう思うことにしたローラは、ハクを頭の上に乗せ、気合いを入れて立ち上がる。
「さあ、アンナさんとミサキさんをさそって、ラン亭に行きましょう!」
落ち込んだときは、美味しいものを食べるに限る。
今日は普通のラーメンに、煮卵とチャーシューをトッピングしよう。
かつて敵だったレディオン・パスタから、豚肉を安く譲ってもらったことにより、チャーシューがいつもより安くなっているのだ。
「チャーシューメンにチャーシュー丼も付けちゃうであります」
「私はネギ大盛りの気分」
と、いつものようなことを言い合いながら、ラン亭に向かう。
「ランさーん、こんにちはー」
ローラはラン亭の扉をガラガラと開ける。
すると店内は満席だった。
すぐに着席できないのは残念だが、ラン亭が繁盛しているのは素晴らしいことだ。
しかし、とてつもなく気になる光景が、店内にあった。
それを見た瞬間、ローラたちは驚きのあまり硬直する。
相手も「あ」と声を上げ、コップを乗せたお盆を持ったまま立ち止まる。
なんと、ニーナが華ロリを着て、ラン亭で働いているではないか!
「ニーナさん! なぜ!? 帰ってきたんなら教えてくださいよ! あと可愛いですね!」
「いや、王都には今朝着いたばかりだから……あとで教えに行こうと思ってたんだけど……って言うか、あんまり見ないでよ!」
ニーナは恥ずかしそうに身をよじる。
本当はスカートを手で押さえたいのだろうが、お盆を持っているのでそれもできない。
「おーい、早く水を持ってきてくれー」
「あ、はーい」
お客さんに言われ、ニーナは慌ててテーブルに向かう。
どうも、本気で働いているらしい。
今朝、王都に着いたばかりと言っているが、どういう経緯でこうなったのだろう。
「ローラちゃんたちの声アル。いらっしゃいアル。満席だから、もうちょっと待って欲しいアル」
奥の厨房から、ラーメンを持ったランが現われた。
「あのぅ、ランさん。どうしてニーナさんがここで働いているんです?」
「驚いたアルか? 私も驚いたアル。今朝起きたら、店の前でお腹をすかせて倒れていたアルよ。それでラーメンを食べさせてあげたら、お礼に店を手伝うと言い出したアル」
「ははぁ……ニーナさんに路銀を持たせてから出発させるべきでしたね」
「わたくしとしたことが……気がつきませんでしたわ」
「い、いや……あれだけ世話になった上、お金までもらったら申し訳ないし……無一文は慣れてるから平気よ!」
「平気じゃないからラン亭の前で倒れていたのでは」
「アンナ殿、名推理であります」
「ぴー」
皆から指摘され、ニーナは赤くなる。
「しかし、助かったアル。忙しくて、一人で店を回すのは大変だったアル。できることなら、毎日手伝って欲しいくらいアルよ」
ランの言葉を聞き、ニーナは少し考え込む。
そしてモジモジしながら、意思を伝えた。
「わ、私も王都で働く場所を探していたから……もしランさんがよかったら、このまま働かせて欲しいかも……」
「おお、それは嬉しいアル! じゃあ、ニーナちゃんは今から正式に店員アル。よろしくアル!」
「うん……よろしくお願いします! あと、どこかに安く借りられる部屋ってないかしら……王都に住むって決めた以上、橋の下で寝泊まりするわけにもいかないし……」
今までは橋の下で寝泊まりしていたのか。
なんとも苦労している吸血鬼だ。
アンナは自分以上の貧乏人を見て、目を潤わせていた。
そしてシャーロットはポロポロ涙をこぼして号泣する。
「そういうことなら、ラン亭の二階に、私と一緒に住むアルか? 狭いけど、部屋が一つ空いているアル」
「い、いいの!?」
「もちろんアル。ニーナちゃんみたいに可愛い子なら、こちらからお願いしたいくらいアル」
「やったぁ……ランさん、ありがとうございます!」
ニーナは、これまでにないくらい、とびきりの笑顔を見せた。
なにせ彼女には、もう何の重圧もない。
体は人間ではないかもしれないが、これからは普通の少女として生きていくことができるのだ。
だが、しかし。
雇い主であるランには、ニーナが吸血鬼だということを伝えておくべきだろう。
「ニーナさん、ニーナさん。あとでお客さんがいなくなったら、ランさんに正体を明かしたほうがいいですよ。ランさんに拒絶されるということはないと思いますが……あとでバレるよりは、先に言ったほうがいいと思います」
ローラはニーナにそっと耳打ちした。
すると、
「いや、実はさっきラーメンをご馳走になったとき、全部教えたんだけど……」
予想外の答えが返ってきた。
そこにランが近づいてきて、お客さんたちに聞こえないよう、小さな声で語り出す。
「ニーナちゃんの正体なら聞いたアルよ。つまり正義の吸血鬼アル。驚いたアルが、ラーメン屋の前でお腹をすかせて倒れている子が悪い子のはずがないアル」
ランは凄い理屈を口にした。
しかしそれは滅茶苦茶なように思えて、真理を突いているかもしれない。
お腹をすかせて倒れてしまうような吸血鬼が、どうやって悪いことをするというのか。
「なるほど。ランさんが事情を知った上で納得しているなら、問題ありませんね! 一件落着です!」
ローラは他人事ながら安心する。
そしてニーナへ、約束を守ってくれたことに対する感謝の言葉を贈る。
「ニーナさん。約束通り帰ってきてくれて、ありがとうございます。これで食べ歩きできますね!」
「帰ってくるに決まってるじゃない……だって、その、私……あなたたちのこと、好きだもの……!」
ニーナは茹で蛸みたいな色になりながらも、ちゃんと言ってくれた。
だから、ローラも彼女の手を握って言う。
「はい! 私もニーナさんが好きですよ! お友達です!」
そしてローラだけでなく、皆が次々とニーナに抱きついた。
かくしてファルレオン王国の王都レディオンには、獣人や神獣の他に、吸血鬼まで住み着くことになった。
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