第135話 しばしのお別れです

 そして皆でエミリアの病室に押しかける。

 エミリアは既に目覚めていた。しかし、どうして自分が入院するハメになったのか覚えていない様子だった。

 だが、ニーナを見つめてから、「あっ」と声を上げる。


「そうだわ、私、ミイラみたいな怪物に襲われたんだわ! それで噛みつかれて意識が遠くなって……ニーナさん、大丈夫だった!? あれからどうなったの!?」


「落ち着きなさい、エミリア。私が順番に説明するから」


 大賢者がエミリアを落ち着かせ、そして吸血鬼事件の顛末を語り出す。

 そしてエミリアは、ニーナがこの九年間に行なってきたことを聞いた途端、ポロポロと涙を流し始めた。


「ニーナさん……そんな過酷な運命を背負っていたなんて……頑張ったのねぇ!」


 エミリアは泣きながらニーナを抱きしめる。


「あ、ありがとう……」


 ニーナは照れくさそうに礼を言った。

 そしてなぜかシャーロットまで泣いている。

 前に一度聞いた話なのに。

 もらい泣きだろうか。


「まあ、そんなわけで、吸血鬼の灰を飲めば、吸血鬼化は回避できるというわけです。効果は私で実証済みですよ!」


「そう……皆、私が眠っている間に戦っていたのね。ありがとう……私、教師なのに……」


「もう、何を言っているんですかエミリア先生。私たちはいつもエミリア先生にお世話になってるんですから、たまには恩返ししなきゃ、天罰が下るというものです」


「そうですわ。お医者さんいわく、エミリア先生がなかなか目覚めなかったのは、過労からくる疲れのせいのようですし」


「あと一日くらい入院していたほうがいい。しっかり休んで、疲れをとる。これ大事」


「エミリア殿は生徒に愛されているでありますなぁ。教師の鏡であります」


「というわけでエミリア。あなた、あと三日くらいは休みなさいな。授業は手の空いている教師を回すし、なんなら私が教壇に立ってもいいわよ」


「ありがとう、皆……でも、学長が教壇に立つんですか?」


「あら、何よ、その疑わしそうな目は」


 大賢者は心外そうに頬を膨らませる。

 しかし、ローラも大賢者が教室で授業をしているところを想像できなかった。

 途中で飽きて居眠りし、生徒に起こされそうである。


「……ローラちゃんたちまで、そんな目で見ないでよ!」


「だ、だって……」


 なにせ、校舎に自分専用の仮眠室を作っているような人なのだ。

 信じろと言われても、なかなか難しい。

 日頃の行いが如何に重要か、ローラは他人事ながら学んだ。

 自分も気をつけよう。


「そんなことより、灰を飲んだほうがいいんじゃないの?」


 ニーナが冷静に言う。


「あ、そうでした、そうでした。というわけでエミリア先生。ぐいっと一気に!」


 ローラは小瓶に入れてきた吸血鬼の灰を、コップの水に溶かした。

 昨夜は夜だったからまだよかったが、こうして日中に見ると、灰色になった水というのは不気味である。

 飲む気にならない。


「……ローラちゃんはこれを飲んだの?」


「はい! 九歳の私が飲めたんですから、大人のエミリア先生なら楽勝ですよ!」


「そ、そうね……じゃあ、いくわ!」


 コップを受け取ったエミリアは、ゴクリと一口飲み込む。

 その瞬間、うげぇという風に顔をゆがめた。


「にがっ! にがすぎるわよこれ。吸血鬼の変な成分が入ってるんじゃないの……?」


「大丈夫ですよ。病気にはなりません。私が飲めたんですよ! 大人なのに飲めないんですか! そんなことで私たちの担任が務まるんですか!」


「ぐぬ……分かったわよ、飲むわよ!」


 エミリアはヤケクソ気味に言って、残りを口に入れる。

 ローラたち全員で「いっき、いっき」とコールする。

 そして見事、コップは空になった。


「やったー! これでエミリア先生も吸血鬼にならずに済みますね。一件落着です」


「ローラさん……自分が苦い思いをしたから、私が同じ思いをしているのを楽しんでたでしょ?」


「えー、そんなことないですよー」


 つい棒読みになってしまった。

 エミリアはムスッとした顔で、ローラの頬をプニプニする。

 すると大賢者やシャーロットまでプニプニしてきた。

 第二次ローラのほっぺプニプニ大戦である。


 だが「病院でうるさくしないでください!」とナースさんに怒られてしまったので、第二次大戦は三十秒で終戦となった。


        ※


「じゃあ、私はイノビー村に行くわ。皆、色々とありがとう。あなたたちのおかげで、私の旅もようやく終わりが見えてきたわ」


 王都の出口で、ニーナはそう言って笑った。

 彼女の首には、遺灰の入った小瓶がぶら下がっている。


「ニーナさん。ちゃんと帰ってきてくださいね。食べ歩きするんですよ。それから着ぐるみパジャマも買いに行くんです。約束ですよ」


「分かってるわよ。すぐに帰ってくるから……じゃあ、皆、またね」


 街道を歩いて行くニーナの後ろ姿を、ローラ、シャーロット、アンナ、ミサキ、ハク、大賢者が手を振って見送る。

 エミリアも来たがっていたのだが、病み上がりなので病室に置いてきた。


 それにニーナは、母親を埋葬したら、すぐに王都に帰ってくるはずだ。

 また近いうちに会えるのだ。

 そう約束したのだから。


「さて、と。ちょっと早いけど、お昼にしましょうか。私が奢るわよ」


「おお、学長先生、太っ腹です! それなら、食べ歩きし隊の下見をしましょう。ニーナさんが帰ってきたらすぐ案内できるように、色んな店を回っておくのです!」


「いいアイデアでありますな。とりあえず今日は五件ほど回るでありますよ」


「最近、クレープが美味しいと評判の店があるのですわぁ」


「私はショートケーキが食べたい」


「はいはい。何でもリクエストしてちょうだい。ただし、太ってもしらないわよ。あと、午後の授業に差し支えのない程度にね」


 というわけで、皆で繁華街に向かう。

 その途中、豪華な装飾を施された馬車が、大通りをローラたちに向かって突き進んできた。

 はて何だろうと不思議に思っていると、馬車の窓から女王がぴょこっと顔を出した。


「おお、ようやく見つけたぞ大賢者!」


「どうしたの陛下。そんなに慌てて」


「どうしたの、じゃない! 昨日の夜、月が真っ赤になっただろ。真夜中だからあんまり目撃者はいなかったが……あれは一体何じゃ。どうせ、お前たちが関わっておるのじゃろう?」


 なるほど。月が赤く染まるという怪奇現象が起きたのだ。女王が騒ぎ出すのも無理はない。


 それにしても、『王都での異変=冒険者学園が関わっている』という図式は、ちょっと酷いのではないだろうか。

 もっとも実際に関わっているので、誰も文句を言えなかった。


「あれは、ほら。噂になっていた吸血鬼の仕業よ」


「はあ? 吸血鬼じゃと? そんなものが実在してたまるか!」


「本当よ。ちゃんと私の家に、銀の杭と、遺灰の残りを保存してあるもの。あとで見せましょうか? あれを研究すれば、もしかしたら杭の量産も……」


「ええい、ここで立ち話をしていてもラチがあかん。大賢者、お前は今から王宮に来て説明しろ!」


 女王は馬車から身を乗り出し、大賢者の腕を引っ張った。

 大賢者の魔法で子供の姿にされている女王の力では、人間一人を動かせるわけがない。

 しかし大賢者は「あーれー」とわざとらしい声を出し、馬車にスルスルと入っていく。


「ごめんね皆。私、ちょっと王宮に行ってくるから、食べ歩きはまた今度ねー」


 そんな大賢者の言葉を残して、馬車は走り去ってしまった。


「……むう。残念ですが、仕方がないですね。相手は女王陛下ですから」


「まあ、確かに、吸血鬼の犠牲者は五人も出ているのですから、陛下に説明する必要がありますわ」


「だとしても無念であります。この無念は、冒険者ラーメンのヤケ食いでしか満たせないであります」


「ニンニクマシマシの気分」


「おお、アンナさんチャレンジャーですね! では私もニンニクマシマシです!」


「ぴー」


 そしてローラたちは、ニンニクの匂いを全身からプンプンさせながら、午後の授業に参加した。

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