第115話 学長先生にも手伝ってもらいます

「シャーロットさん、放課後ですよ!」


「ぴー」


「知っていますわ。それで、ラン亭に行こうというのでしょう?」


「おお、流石はシャーロットさん。私の考えなどお見通しですね! というわけで、アンナさんとミサキさんも誘って行きましょう」


 昨日と一昨日、ローラたちは冒険者ギルドの前で『ラーメン普及活動』に取り組んでいた。

 その成果がどの程度実ったのか、ラン亭の本店に行って確かめるのだ。


 ローラの予想では、きっと大行列ができている。

 ラン一人では捌ききれず、てんてこまいかもしれない。


「流石にそこまでの行列にはならないでしょう。往来の激しいギルド前だからあれほど盛況だったのですわ。本店の立地はかなり厳しいので……まあ、そこそこといった感じでしょう」


「そこそこでも、ゼロよりはずっとマシ」


「そうであります。最初から大成功を期待してはいけないであります」


 それぞれが意見を言い合いながら、ラン亭に向かう。

 しかし、辿り着いた先には、予想外の光景が待ち受けていた。


「あ、あれ……? 店の中を覗いても、お客さんがいませんね……」


「そんな、わたくしたちの宣伝は無意味ですの!?」


「ありえない……あんなに皆、ラーメンを美味しそうに食べてくれたのに」


「これは何かの間違いであります!」


 ミサキは叫び、店の扉を開ける。

 そこにはチェイナドレスの二人の女性が二人、、、椅子に座り込んでどんよりとした空気を作っていた。

 一人は店主であるラン。

 そしてもう一人は驚いたことに大賢者だった。


「が、学長先生!? なぜここに……それもチェイナドレスで!」


「ああ、ローラちゃん……そっか、もう放課後なのね……慣れないことをしたから疲れて意識が飛んでいたみたい……」


 大賢者はハリのない声を出す。

 続いてランもこちらに視線を向け、弱々しく腕を上げ――そして親指を立てた。


「皆、やったアルよ……開店と同時にお客さんの波。スープはすぐに切れたアル……まさかここまで来るとは思っていなかったアル……大賢者さんが手伝ってくれなきゃ、絶対に破綻していたアルよ……」


「あ! 売切れだからお客さんがいないんですね!」


 ローラたちは安堵の息を吐く。


 ちなみに大賢者が最初の客だったという。

 朝早くからギルド前に座り込みをしていた大賢者だが、その歴戦の勘により、何かがおかしいと早々に気が付いた。

 そして、圧倒的情報収集能力により、ラン亭の場所を特定。

 開店前から並ぶことに成功したのだ。


「私がラーメンを食べてる間に次々と客が入ってきて。これはランちゃん一人じゃ回せないと思って、軽い気持ちで手伝い始めたのよ……そしたらお昼にピークを迎えて……死ぬかと思ったわ」


「ははあ……学長先生でも死の危険を感じたりするんですね」


「だって私、接客業とかほとんど経験ないし……」


 なるほど。

 大賢者にとって接客業は、ドラゴンなどと戦うよりも難しいらしい。


「でも、本当に助かったアル。大賢者さんは美人だからお客さんも喜んでいたアル。明日からもよろしくアル!」


「え、明日も……? 明日はエミリアに変わってもらおうかしら……」


「駄目ですわ学長先生。エミリア先生は、わたくしたちの授業があるのですわ」


「それもそうね……じゃあ陛下に任せるわ」


 それこそ駄目だと思うが、流石の大賢者も冗談で言っているはずだ……と信じ、あえて口を出さないローラであった。

 これでもし本気だったら恐ろしい。

 恐ろしいことは知らないほうがいいのだ。

 真実を知っても、大賢者を止めることなど不可能なのだし。


 有事の際はともかく、普段は大賢者が王都で一番暇な人なのだから、そのままラーメンのために身を捧げるべきだろう。

 仮眠室で惰眠を貪るよりは、よほど有意義だと九歳児でも分かる話だ。


「夜も店を開けるつもりだったアルが……もうスープを仕込む気力も体力もないアル……」


 どうやらラーメンの宣伝をやり過ぎたらしい。

 しかし今のところ、皆、珍しがって行列を作っているかもしれないが、この状態が永久に続くわけではない。

 むしろ、いずれ飽きられて閑古鳥が鳴く可能性だってある。


 王都は人口が多いゆえ、飲食店の数も種類も豊富だ。

 ライバルは無数にいる。

 このラーメン人気を見て、彼らが手をこまねいているとも思えない。


 一過性の人気にあぐらをかいていては、王都で生き残るのは不可能だ。

 たんに美味しいというだけでなく、唯一無二の『売り』があれば安泰なのだが……。


 なんにせよ、今は押し寄せる客にラーメンを出すだけで処理能力の限界。

 もう少し余裕が欲しい。

 よいアイデアはないものか、とローラは首を捻る。すると、斜めになった頭から転げ落ちないよう、ハクがモゾモゾと踏ん張った。


「とりあえずランさん。もう半額セールはやめたほうがよろしいでしょう。店員が沢山いるならともかく、この状況で薄利多売は首を絞めるだけですわ。普通の値段に戻せば、安いから食べるという人を切り捨てることになりますが、本当にラーメンが好きなお客さんだけが来てくれますわ」


 シャーロットが改善策を口にした。

 なるほど。半額セールはラーメンに興味を持ってもらうためにやったことで、こうしてランと大賢者が放心するくらい客が来るようになった以上、もう不要のキャンペーンだ。


「あと、せっかく冒険者ギルドの前で宣伝したんだから、冒険者が喜びそうなメニューを作ったらいいと思う。あの人たちは大抵いつも腹ぺこで大食らい。特に稼ぎの少ない駆け出し冒険者は、安くてお腹一杯になる食べ物を求めている」


 アンナもアイデアを出す。

 入学前から冒険者をやっている彼女だからこその発想だ。


「ふむふむ……するとボリュームを増やす方向ですね。でも価格を高くしちゃ駄目と……ランさん、可能だと思いますか?」


「ラーメンで一番原価が高いのはスープ。麺や具を増やしても、実はそれほど価格には響かないアル」


「おお! じゃあ行けますね!」


「麺ばかり増やすと栄養が偏るので、野菜も増やすであります。モヤシなら安く仕入れることができるはずであります」


「ミサキさん、詳しいですね」


「伊達に学食で働いていないでありますよ」


 いい感じにアイデアが出そろってきた。

 ならば次は食材集めと、レシピの試行錯誤だ。

 ローラたちは味見は得意だが、ラーメン作りそのものはランに頑張ってもらうしかない。

 そして食材は……。


「学長先生は顔が広いので、色んな物を安く集めて来れますよね?」


「うーん……そうねぇ……モヤシから軍艦くらいまでなら大丈夫よ」


「いや、軍艦はいいので、モヤシとかその辺の食材をお願いします」


 モヤシから軍艦まで、という幅の中には他に何が入っているのだろう、と興味をそそられるローラだが、今はラーメンのほうが大切だ。


 とにかく、作るのと集めるのは大人二人にお任せだ。

 ローラたちには授業とか学食の仕事などがある。

 しかしそれでも、放課後に味見するくらいの手伝いはできるだろう。


 作る係と食べる係。

 見事な役割分担だ。

 じゅるりとヨダレが出てきた。

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