第114話 知っている人たちも集まってきました
そして次の日。
大鍋にたっぷりのスープで客を迎え撃つ。
今日は二百人以上に提供できるはずだ。
しかし口コミで広まったらしく、昨日よりも行列が長い気がする。
「忙しいですわ!」
と、シャーロットが叫ぶのも無理もない。
ローラは剣の修行をしているときの如く、心を無にして仕事を続ける。
そして百人ほど回したとき、見知った顔がテーブル席に現れた。
「あ、エミリア先生!」
「あ、ローラさん!」
お互いに指差して驚き合う。
するとシャーロットたちも、ぞろぞろと集まってきた。
「あら、エミリア先生も行列に並んでいましたのね」
「私たちがいるって知らないで来たの?」
「なんとも奇遇でありますなぁ」
「ぴー」
エミリアはこちらの顔を見回し、そして「はぁ……」とため息をつく。
「評判の珍しい食べ物があるって聞いたから来てみたのに……まさか、あなたたちの仕業だったなんて……王都の異変は全部ローラさんたちが関わっていると考えたほうがいいのかしら?」
なにやら失礼なことを言い出した。
「エミリア先生ってば酷いですよ! 私たちはラーメン普及のために頑張ってるのに! エミリア先生だってラーメンを食べたら、私たちの気持ちが分かるはずです!」
「ふーん……そんなに言うなら早く持ってきてちょうだい」
エミリアは気のない返事をする。
しょせんラーメンなどただの流行り物で、ローラたちが大げさなことを言っているだけ、なんて思っているのかもしれない。
ならば、度肝を抜いてやらねば。
「分かりました! というわけでランさん、ラーメンを……!」
「もう作ったアルよ」
「素早い!」
ローラはラーメンを受け取り、エミリアの前に出す。
「さあ、ラーメンの美味しさにひれ伏すのです!」
「大げさね……むっ、これは!?」
初めは余裕たっぷりの顔だったエミリアだが、レンゲでスープを一口飲んだ瞬間、緊張をみなぎらせた。
そしてメガネが曇るのもかまわず、怒濤の勢いで食べ始める。
「……私の負けよローラさん。ラーメン、美味しかったわ……!」
「ありがとうございます! また来てくださいね!」
ローラは立ち去るエミリアの背中にエールを送った。
「結局、何の勝負だったんですの?」
「実のところ、私もよく分かっていません!」
おそらくエミリアもよく分かっていなかったはずだ。
全ては雰囲気のなせるわざである。
このように二日目もラーメンは好評だった。
行列は一向に短くならない。
流石はファルレオン王国の王都だ。暇人が無限に湧いてくる。
しかしスープは刻一刻と減っていく。
やがてスープがついに空になったとき――その二人は現れた。
「はぁい、みんな。ラーメン食べに来たわよー」
「ラーメンという未知の食べ物が昨日から王都を騒がせていると聞いて参ったぞ。さあ、妾たちの分も作るのじゃ」
白銀色の髪の美しい女性と、ローラと同い年くらいの小さい少女。
気さくな雰囲気で現れたが、決して一般人にあらず。
何を隠そうこの二人。人類最強の大賢者と、ファルレオン王国の女王陛下なのだ。
二人とも、期待を込めた瞳で屋台を見つめている。
きっとラーメンの評判を聞いて、ワクワクしてやって来たのだろう。
そんな二人にローラは残酷な事実を告げなければならなかった。
「あの……たった今、品切れになったので……営業終了です」
その瞬間、大賢者と女王陛下は口をポカンと空けて固まった。まるっきりアホみたいな顔だった。
「ちと意味が分からぬぞ……今、品切れと言ったのか? 王宮をこっそり抜けだして来たのに、妾はラーメンを食べることができないのか?」
「まあ、そういうことになりますね」
「……いい度胸じゃな。余を誰と心得る! エメリーン・グレダ・ファルレオンじゃぞ!」
女王陛下は小説に出てくる悪役貴族みたいなことを言い出した。
いつもはこんなことを絶対に言わないのに。
つい悪役になってしまうくらいラーメンが食べたかったのだろう。
その願いは叶えてやりたいが……ないものはないのだ。
「なあ大賢者。お前の魔法で何とかならんのか? 魔神を倒したり、余をこんな幼子の姿にするくらいなんじゃから、ラーメンくらい作れるじゃろ!?」
「……流石に食べたことのないものを作れと言われてもねぇ」
「何を情けないことを! うぉぉぉ、食べられないと思ったら一層食べたくなってきた……何とかならないのか!?」
「ならないアルなぁ」
店主のランがトドメを刺す。
「あ、ああ……」
女王陛下は地面に力なく倒れてしまった。
高そうなドレスが汚れてしまう。
「何のために王宮を抜け出したか分からん……これじゃ怒られ損じゃないか……」
どうやら女王でも勝手に家を抜け出すと怒られるらしい。
よほど怖い人が王宮にいるらしく、女王は泣き出してしまった。
大賢者は、そんな小さくて可愛い女王陛下を担ぎ上げ、同じく悲しそうな顔で屋台を見つめる。
「あなたたち、私に挫折を味わわせるなんて大したものね……明日はこうは行かないわよ! 朝一番から並んであげるんだから!」
そう捨て台詞を吐き、とぼとぼと歩いて行く。
しかし、明日は平日。
授業があるのでローラたちは手伝えない。
よってラン亭は屋台ではなく、本店で通常業務だ。
「学長先生も平日は学長として働かなきゃいけないような気がするんですけど……朝から並んでも平気なんですかね?」
ローラは素朴な疑問を口にする。
もちろん誰も答えなど知らない。
唯一つハッキリしているのは、明日、いくら大賢者がここで待っていても、ラーメンを食べることは不可能ということだけである。
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