第113話 初日は大成功です

 冒険者ギルドの近くには当然、冒険者が沢山いる。


 彼らは肉体労働者の中の肉体労働者だ。


 これから過酷なモンスターとの戦いに臨む者。あるいはモンスター討伐を終え、その収入で何か飲み食いし、疲れを癒やそうと考える者。


 いずれにしても飲食店の需要はある。


 冒険者ギルドの二階には安価な酒場があるし、外にも様々な店や屋台が並んでいる。

 客が多い分、競争も激しい。

 つまり激戦区。


 他の店より秀でていれば大きな利益を得ることができる代わりに、売りになる部分がなければライバルたちに埋没し、ひっそりと消えるしかない。


 そんな中に、新たな屋台が参戦した。


 ラーメン屋、ラン亭だ。


 冒険者たちは無論、ラーメンなどという食べ物は知らない。

 しかし誰もがラン亭に視線を奪われた。


 なぜなら、その周りには見目麗しい少女が四人と、色香のある美女がいたからだ。

 男性は当然として、女性も少女たちの可憐さに足を止めてしまう。

 それほど華やかな光景だった。


 その可憐な少女たちとは?

 そう、ローラたちである!


「道行く冒険者さんたち! 仕事の前の栄養補給はぜひラン亭のラーメンで!」


「クエスト成功の打ち上げにもオススメですわ!」


「東方の伝統料理。これを食べねばグルメは語れない」


「獣人も神獣も納得の味であります」


「ぴー」


 辺り一面に、ランが煮込んでいるスープの香りが広がっていく。

 しかし聞こえてきたのは、「美味しそう」ではなく「可愛い……」であった。

 今はそれでいい。

 とにかく注目を集めるのだ。


「お嬢ちゃんたち、見慣れない服だけど、これは何の店?」


 男性が一人、近寄ってきた。


「ですからラーメンです! 今なら半額キャンペーン中! 味は私たちが保証します!」


「そうなんだ。可愛い制服だね」


 ローラたちの見た目だけでなく、何とかラーメンにも興味を誘導しないと。


「こういうときは実際に食べてみせるのが一番でありますよ。ラン殿。私にラーメンを作るであります」


「了解アル!」


 ランがラーメンを作る手際は、見ていて気持ちがよかった。

 茹でた麺の湯切りの仕方も、それをどんぶりに入れる仕草も達人の域。

 もっともローラたちはラーメンを作ったことがないので、どうなれば理想の形なのかは知らない。

 だが分野が違えど、一流の者には特有の〝匂い〟がある。

 周りにいる冒険者たちもそれを感じ取ったらしく、「おお……」と短い歓声を上げた。


「へい、おまちアル!」


「いただくであります!」


 お互い語尾が変なせいか、妙に息があっている。

 ミサキは出されたどんぶりを手に取り、立ったままズズズズズと麺を啜る。


「美味しいでありますぅ!」


 見ているだけで涎が出てくるような笑顔。

 そしてピコピコ嬉しそうに動く耳と尻尾。

 演技やお世辞で言っているのではないと一目で分かる。


「ものは試しだ……一杯だけ食べてみようかな? ラーメン一つ」


 一人の冒険者がカウンター席に座った。

 若い男だった。

 見たところあまり強そうではないが、真っ先に注文するとは見所がある。

 きっと将来、立派な冒険者になるだろう、とローラは適当なことを心の中で思った。


「へい、ラーメンおまちアル!」


「おお、美味そうだ……でも、どうやって食べたらいいんだ?」


「箸を使うのが本来の形アルが、使いにくいならフォークも用意しているアルよ」


「じゃあフォークにしよう。頂きます……む、これは……美味い!」


 男は一口食べるやいなや、次々と麺を口に入れていく。

 そしてスープも飲み干し、一滴残さず完食。

 あっという間の出来事だった。


「いやぁ……世の中にこんな美味しい食べ物があるなんて知らなかったよ。しかも安い!」


「ありがとうアル。けれど、半額キャンペーンが終わったら倍の値段アルよ」


「それでも安いよ。ごちそうさま。また来るよ」


「あ、ちょっと待つアル。ここで屋台を開くのは週末の二日だけで、平日はちゃんとした店で営業するアル。これがその地図アル。よろしくアル」


 ランは代金を受け取ると同時に、地図とメニューが書かれたチラシを渡した。

 ナイスだ。

 なにせローラたちは学園が休みの日しかラン亭を手伝うことができない。

 それにこの屋台は、あくまで本店の宣伝のためにやっているのだ。

 こうやって上手に宣伝していけば、いずれはローラたちが売り子をしなくても、自然と本店に客が集まってくるに違いない。


「そんなに美味いなら俺も食うぞ!」


「私も!」


 様子をうかがっていた冒険者たちが一気に押し寄せてきた。


「お、落ち着くアルよ。ちゃんと並んで注文するアル」


 ここでローラたちの出番だ。

 客たちをしっかり並ばせ、同時に屋台の外にテーブルと椅子を並べ、捌ける人数を増やす。


 ちなみに本店ではラーメンの他にもメニューがいくつかあったが、屋台では回転率を上げるため、普通のラーメンのみだ。

 そのおかげでランは迷うことなくラーメンを作ることに集中している。


 完成したラーメンをテーブル席にお届けするのもローラたちの役目だ。

 ハクはかまどの火が弱まってきたら、ぶわっと口から炎を吐いて火力調整するという重大な任務に就いている。

 ランの言うことを聞いて、よく働いているようだ。


 その様子を見てローラはホッと胸を撫で下ろす。

 生まれたばかりの頃はローラから少し離れただけで泣いていたのに、随分と成長したものだ。

 ローラは我が子の成長をシミジミと喜ぶ。

 親離れされるのは寂しいが、立派な神獣になるのだぞ――なんて考えていたら、ハクは屋台を離れ、パタパタとローラの頭の上に降り立った。


「ぴー」


「なんだ。やっぱり私の頭じゃないと落ち着かないんですか?」


「ぴ!」


 ハクの親離れはまだ先になりそうだ。

 とはいえローラも人のことは言えない。

 ハクが頭の上に着てくれてホッとしてしまったのだ。

 子離れできない性格らしい。


 そんな感じで押し寄せる客たちを回していると、一時間強で鍋のスープが空になってしまった。

 実に百人以上の人にラーメンを食べてもらった。

 途中からは冒険者だけでなく、通りすがりの一般人も行列に並んでいた。

 これはもう大成功と言っていいだろう。


「完売アル! 申し訳ないアルが、今日のラーメンはもうないアルよ。また明日、お昼頃に来るので、よろしくアル」


 ランは大きな声でお客さんたちに呼び掛けた。

 しかし妙な語尾のせいで混乱を生む。


「ないアル……? ないのかあるのかどっちなんだ……!?」


「いや、完売ってことはないんだろう」


「しかしアルと言っているぞ」


 言葉とは難しいなぁと思いつつ、ローラはランの代わりに誤解を解くことにした。


「ないアル……じゃなかった。本当にスープはもうありません! 今日は営業終了です!」


 それで並んでいた人たちはようやく理解してくれた。

 残念そうに散らばっていく。


「……明日はもっと沢山のスープが必要ですわね。倍作っても足りないかもしれませんわ」


 シャーロットの真剣な意見に対し、アンナもまた真面目に指摘する。


「でも、今日だって鍋にたっぷりのスープを持ってきた」


 するとミサキも議論に加わる。


「今日の売上で、もっと大きな鍋を買えばいいであります。利益を上げて商売を拡大するであります!」


「あらミサキさん。獣人の里でずっと過ごしていたのに、随分と俗っぽいことに詳しいのですわね」


「王都に来てから色々学んだであります。私は人間の暮らしに興味津々であります」


「ミサキさんは勉強熱心なんですね! 尊敬しちゃいます!」


 ローラは素直に感心した。

 なにせローラは座学が苦手だ。

 ルームメイトであるシャーロットが教えてくれるので何とか授業にはついて行っているが、積極的に勉強しようとは思わない。


「えっへんであります。インテリ獣人ミサキであります!」


 ミサキは胸を張って威張り、尻尾をパタパタと振った。

 インテリモフモフだ。

 だが、そんなモフモフ獣人ミサキのインテリっぷりに、アンナが水を差す。


「でも、今日は半額でラーメンを売ったから、利益はほとんど出ていないはず」


「「「あ」」」


 アンナの冷静な言葉に、ローラとシャーロットとミサキは言葉を失った。

 これは困った。

 スープが足りなくなると分かっているのに、スープを作るための鍋を買えない。

 明日も今の鍋で我慢するしかないのだろうか……。


「心配無用アル。皆のおかげで屋台の材料費が浮いたから、まだ資金に余裕があるアル。鍋くらいは買えるアルよ」


「な、なんだ、そうだったんですか。じゃあ問題ないですね」


「これでも大人アル。一等地に店を構える金がなくても、鍋くらいは何とかするアルよ」


 なるほど。言われてみればごもっともな話だ。

 ローラはてへぺろと舌を出し反省する。

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