第109話 休日はお買い物です

 アンナは今まで、ローラたちの知らないところで放課後や休日にモンスターを狩り、それで稼いだ金を孤児院に仕送りしていた。


 しかし女王陛下が孤児院の運営費を出してくれるようになったおかげで、アンナは稼いだ金を自分のために使えるようになった。


「じゃあアンナさんの服を買いに行きましょう! やっぱり、制服とパジャマしか持ってないというのは問題があると思います!」


「そうですわ。せっかくアンナさんはお可愛らしいのですから、もう少し着飾ることを覚えるべきですわ」


 学食でランチを食べながら、ローラとシャーロットは提案する。


「……たしかに、普段着も欲しいとは思っていた」


「アンナ殿は何でも似合いそうでありますなぁ」


「ぴー」


 というわけで、休日に皆で街に遊びに行くことになった。

 ちなみにローラも実家から送られてきたお小遣いがあるので、何か買うつもりだ。

 もっとも服は十分あるから、よほど気に入ったのがない限り買わないでおく。


 それよりも本が欲しい。

 近頃ローラは読書する楽しみに目覚めた。

 しかし、お気に入りの小説の新刊が、なかなか学園の図書室に入ってこないのだ。

 いっそ全巻買ってしまおうかと思っている。


 本は場所を取るので、できるだけ図書室で済ませるつもりだった。

 だが、読みたいときに読めるのは便利だし、何より部屋に本があると知的な感じがする。

 九歳で小説を読んでいるなんて、そう滅多にいないはずだ。


 クールビューティーである。

 伊達メガネなども買ってみようか、なんて企むローラであった。


        ※


 そして休日。

 三人の生徒と、一人の獣人と、一匹の神獣で商店街にくり出した。


 まず真っ先に、服屋さんに行く。

 今日一番の目的はアンナの服を買うことなのだから、それを達成する前に寄り道して予算を使い果たすのを防ぐためだ。


「今まで、着ぐるみパジャマ以外の服を自分の意志で買ったことがないから、どれを選んでいいのか分からない」


 大量の服を前に、アンナは途方に暮れた顔をする。


「問題ありませんわ。わたくしが選んで差し上げますわ!」


「あ、シャーロットさん、抜け駆けは駄目ですよ。私だってアンナさんの服を選んであげたいです」


「人間の服は色んな種類がありますなぁ。私も欲しいであります」


「ぴぃ」


 という感じで、実に賑やかだった。

 なにせ年頃の女の子が集団で服屋を訪れたのだから、盛り上がるのが当然だ。


 ローラとシャーロットがアンナを着せ替え人形にしている横で、ミサキも服を試着し出す。

 残念ながらハクの体型に合った服はなかったが、ミサキがその尻尾にリボンを結ぶと、意外なほど似合っていた。


「さて、アンナさん。色々と着てもらいましたが、どれが気に入りましたか!?」


「……どれも気に入ったから……選べない」


「では、全て買ってしまえばよろしいのですわ!」


「そんなお金は流石にない」


「ふふふ……わたくしが買ってさしあげますわ!」


「……ありがたいけど、気持ちだけ。恵んでもらうわけにはいかない」


「シャラァァァップ! こんなお可愛らしい姿を散々見せつけておきながら買わないなんて許しませんわ、許しませんわ!」


 などと言いながら、シャーロットは大量の服を会計カウンターに持っていく。

 アンナの服だけでなく、ミサキが選んだワンピースも。

 それからハクのリボンもまとめて買う。

 更にどさくさに紛れて、どう見てもローラのサイズと思わしき子供用の服も買っていた。


「……またシャーロットに借りができてしまった」


 アンナは頬をポリポリかきながら呟く。


「あれはシャーロットさんが私たちで楽しみたいだけなので、遠慮しなくていいと思いますよ! きっと休日のたびに『あれを着ろ、これを着ろ』と迫ってきますよ。むしろバイト料をもらってもいいくらいです」


「なるほど……でも、ありがたい話」


「はい! シャーロットさんに感謝です!」


「シャーロット殿、ありがとうであります」


「ぴー」


 ローラたちは会計を済ませたシャーロットに、感謝の言葉を送る。

 するとシャーロットは頬を朱に染めながら、バサッと髪をかきあげた。


「こ、このくらい大したことありませんわ。わたくしはただ、お可愛らしい皆さんにお可愛らしい服を着せて楽しみたいだけですわ!」


 その言葉は照れ隠しであると同時に、半ば本気なのが凄い。

 本物の人間を着せ替え人形にしてしまうなんて贅沢な話だ。


 それにしても、ローラを抱き枕にしないと眠れなかったり、贅沢な着せ替えごっこを楽しんだりするあたり、シャーロットはこの中で一番子供っぽいのかもしれない。


 胸は一番大きいくせに。


「さて。まだまだ時間があるので、他の店も見て回りましょう。私は書店に行きたいです」


「私は武器屋を覗きたい。この前の遠足で、片手で剣を使えるようになった。二刀流を試してみたい」


 と、アンナが提案する。


「おお、それは私も興味深いです。じゃあ、次は武器屋さんに行きましょう」


 ローラたちは服が詰まった紙袋を手に持ち、武器屋に向かう。

 そこはあちこちの鍛冶師から仕入れてきた武器を扱うセレクトショップだ。

 教室くらいの面積に、剣や槍、斧に弓、ハンマーやモーニングスターといった様々な武器が並べてある。


「それでアンナさん。どんな剣が欲しいんですか?」


「今の大剣と同じサイズで二刀流は難しいから、もっと小さくて軽いのがいい」


「確かに、今の剣は私より大きいくらいですからね」


 今もアンナは愛用の大剣を背負っている。

 ローラより大きいというのは誇張ではなく、本当にそのくらいの刃渡りがあった。

 アンナはそんな代物を自由自在に振り回すのだから、膂力が実に子供離れしている。

 しかし流石のアンナも、それで二刀流をやるのは無理だろう。


「アンナ殿。これなどいい感じでありますよ」


 ミサキが尻尾を振りながらガラスケースを指差していた。

 どれどれと覗き込むと、そこには小振りな剣が二本セットで飾られていた。

 刃が白銀に輝いている。


「なんか、見るからにオーラがありますね!」


「触って感触を確かめたい」


「店の人に言ってケースから出してもらうでありますよ」


「でもこれ、ミスリル製ですわよ。お値段も……ああ、これはわたくしのお小遣いでも買えませんわ」


「あ、ほんとです……目玉が飛び出そうな数字が書いてあります……」


 ミスリルはとても稀少な金属で、採掘するのも精製するのも大変だと聞いたことがある。

 その代わり頑丈で、おまけに軽量。更に魔力を流しやすいという性質を持ち、魔法効果をエンチャントしやすい。


「冷やかしで触るのは勇気がいる値段……」


 アンナは呟き、肩を落とした。

 なにせシャーロットですら手を出せない値段なのだ。

 間違って傷でもつけたら弁償できない。


 もちろんミスリル製の刀身は、ちょっとやそっとでは、刃こぼれすらしないはずだ。

 しかし高価なだけあって装飾にも気合いが入っており、そちらの強度がどうなっているのかは分からない。


 どういうわけか、ローラたちは行く先々でトラブルに巻き込まれる傾向にある。

 おそらく、メンバーの中に不運の持ち主がいるのだ。誰かは分からないが、トラブルを呼び寄せている者がいるのだ。

 よって、触らぬ神には祟りなし。

 ミスリルの双剣は、もっとビッグな冒険者になってから改めて触れることにしよう。

 そう誓ってから、ローラたちは他の武器を物色する。


 だが、アンナの手に馴染む剣は見つからなかった。

 それにこの店の武器は、どれも店主が自分で一つ一つ選んで仕入れた物だという。

 ミスリルの双剣だけでなく、全般的に高価なのだ。

 やはり貧乏学生は、ギルド直営店の大量生産品が分相応なのかもしれない。


「いつかお金を貯めて、あの店の剣を買う……!」


 帰り道、アンナはポツリと野望を口にした。


「私もです! いつか家が建つくらい高価な名剣を買って、伝説の剣豪になります!」


「一緒に頑張ろう」


「はい。頑張りましょう!」


 ローラの魔力で強化魔法を使えば、その辺のナマクラでも名剣に化けてしまう。

 あえて金を払って名剣を買う必要はない。

 しかし、名剣を持つというのは剣士にとって夢なのだ。

 格好いいのだ。

 つまり、おしゃれアイテムなのである。

 女の子はおしゃれに敏感なので、必然的に名剣が必要なわけである。

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