第108話 お泊まり会です

 やがてローラの話が一段落したとき、


「師匠、師匠。せっかくだから、ちょっと手合わせしよう」


 アンナがブルーノにそんな提案をした。


「おお!? いいぞ、望むところだ。稽古をサボってないか、確かめてやろう!」


 二人は剣を持ち、ウキウキした様子で庭に行く。

 そして、すぐにカンカンカンと剣をぶつけ合う音が、家の中まで聞こえてきた。


「わたくしは流石に、今から特訓する元気はありませんわ……」


「シャーロット殿は一度、白目になって気絶したでありますからなぁ」


「じゃあ、あなたたちは先にお風呂に入る? もう沸かしてあるわよ」


 ドーラが素敵な提案をした。


「そうする! ハク、シャーロットさん、ミサキさん。お風呂に行きましょう!」


 ローラたちは互いの体をスポンジで洗い合う。

 ふざけて泡立てまくっていたら、風呂場が泡まみれになってしまった。

 それからミサキの尻尾もわしゃわしゃ洗ってあげた。


「そ、そこは自分で洗うからいいでありますよぉ!」


「いえいえ、遠慮せず」


「念入りに洗って毛に艶を出すのですわ」


 体の隅々まで丁寧に洗ってから浴槽につかり、たっぷり百まで数えてから上がる。

 すると、ちょうど剣の稽古を終えたアンナとブルーノが家に入ってきた。


「え……皆でお風呂に入っちゃったの……? 私も……私も一緒に入りたかった……」


 アンナは悲しげな顔になる。

 まるで、最後まで取っておいたショートケーキのイチゴを誰かに取られてしまった人みたいな顔だ。


「じゃあ、アンナちゃんは私と一緒に入りましょうか。というか、入りましょう」

「え、え」


 アンナが回答する前に、ドーラは彼女の体をひょいと持ち上げ、勝手に風呂場に連れて行ってしまった。

 二人がお風呂に入っているうちに、ローラは自分の部屋でお泊まり会の準備をする。

 流石にこの人数だと一つのベッドで眠るのは不可能なので、床にも布団を敷くのだ。


「おまたせ」


 お風呂上がりのアンナが部屋にやってきた。


「では、私がハクと一緒に床に寝るので、皆さんはベッドにどうぞ」


「あら、待ってくださいまし。いくらこのベッドが大きくても、三人は無理ですわ。わたくしもローラさんと一緒に床で寝ますわ」


「いや。シャーロットはとても疲れている。床で寝るのは私の役目」


「いやいや。アンナ殿も剣の稽古をしたばかりで疲れているはずであります。ここは私が床で寝るであります」


 なかなか話し合いがまとまらないので、結局、ベッドの布団も床に下ろし、全員で並んで寝ることになった。

 しかし、今度は誰がローラの隣に寝転がるかということで揉め始める。

 なにせ布団というのは平面だから、右か左しかないのだ。

 ジャンケンの結果、アンナが右、シャーロットが左を勝ち取った。


「やった。ローラと添い寝」

「ふふふふ、やはりローラさんはわたくしの抱き枕になる運命ですわ」


 ローラには、なぜ彼女らがそんな必死になっているのかピンとこなかったが、何事も必死に取り組むのはよいことである。


「ジャンケンに負けてしまったであります……ロラえもん殿の隣が無理なら、せめてハク様を抱きしめて眠るであります……」


「ぴー?」


 ミサキに抱きしめられたハクは、不思議そうな鳴き声を出す。

 だが抵抗することもなく、仲良く一緒に寝息を立て始めた。


「生まれたばかりの頃はローラから絶対に離れなかったのに。ちょっと親離れしてきた?」


「そうみたいです。嬉しいやら寂しいやら……」


「ふふ、ローラさんったら九歳なのに子離れを迫られているのですわね」


「かもしれません……シャーロットさんも、そろそろ私離れしたらどうです?」


「無理ですわぁ。ローラさんを抱き枕にしないと眠れませんわぁ」


「シャーロットずるい。私もローラを抱きしめる」


 ローラは左右から抱きしめられ、幸せな気分に浸りながら、夢の世界に旅立っていった。


        ※


 そして早朝。

 約束通り、ドーラに揺すり起こされる。


「ほら、皆。起きなさい。遅刻しちゃうわよ」


「むにゃむにゃ……」


 ローラが起き上がって窓の外を見ると、まだ空が薄ぼんやりと暗かった。

 地平線の向こう側だけが、オレンジ色になっている。


 自宅から通学するには、こんな早くから起きなければいけないのか、とローラは身震いする。

 そして朝から特製オムレツを皆で食べ、学園に向けて出発。


「放課後に遊びに来られるくらいなんだから、これからもちょくちょく帰ってきなさいよ」


「ローラ。次はお前も剣の手合わせをするぞ! お父さんだって修行しているんだからな! 夏休みのときのようにはいかないぞ!」


「うん、分かった。じゃあ、またね!」


 ローラはアンナとミサキとハクを乗せて、ホウキを離陸させる。

 そのあとにシャーロットが続き、皆でドーラとブルーノに手を振りながら加速していく。


「さてと。昨日と同じスピードで飛べば間に合うはずです……って、あれ? 昨日と同じスピードということは、またシャーロットさんが白目になるのでは……?」


 ローラが呟くと、沈黙が場を支配した。

 気づくのが遅かった。

 分かっていたら、特製オムレツなどにうつつを抜かすことなく、あと三十分早く出発したのに。

 しかし、まだ手はある。


「やりますわ! やってみせますわ!」


 シャーロットは興奮した声を出す。

 また根性で何とかするつもりらしい。


「いや、シャーロットさん。私のホウキに掴まってください。そうすれば白目になることなく間に合います!」


「いいえ、ローラさんに頼らず、自分の力でやり遂げますわ! もし、わたくしが王都に墜落して被害を出しそうになったら……容赦なく迎撃してくださいまし!」


「そんなこと、できるわけないじゃないですか! ほら、わがまま言わないで」


「うぅ……情けないですわぁ」


 流石のシャーロットも、再び墜落するのは嫌だったらしく、悔しそうな声を出しつつ、ホウキの後ろに掴まった。


 そしてホウキは見事、授業が始まる前に学園に到着する。

 ローラとシャーロットとアンナはそれぞれの教室に。ミサキは学食に向かう。

 ローラが自分の席に着いた瞬間、エミリアが教室に入ってきた。


「皆、おはよう。ちゃんと全員そろっているわね……あら? ローラさんとシャーロットさんは、どうしてそんな汗だくなの? さてはギリギリに来たんでしょう?」


「えへへ、バレちゃいましたか。ギリギリでも遅刻じゃないですよー」


「紙一重で回避ですわ!」


「駄目よ。ちゃんと五分前には教室に入っていなさい。じゃあ、授業を始めます」


 と、何事もなく、いつものように授業が始まった。

 やれやれ、とローラは胸をなで下ろす。

 エミリアも、まさかローラたちがミーレベルンの町から登校してきたなんて、思いもよらないだろう。


 それにしても、シャーロットがホウキに掴まってくれてよかった。

 もし、あのまま自力で飛行し、力尽きて落下し、そして職員室にでも突っ込んでいたとしたら……想像するだけで恐ろしい。

 今後、実家に帰ることがあっても、平日はやめておこうと誓うローラであった。

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