第92話 追跡です

 ファルレオン王国の治安の良さは有名だった。

 それは冒険者や正規軍がモンスター狩りを熱心に行なっているから、というだけではない。

 人間が起こした犯罪を取り締まる能力も優れているのだ。

 それぞれの町を守る衛兵や、国境警備隊。

 Bランク冒険者以上の実力者だけで構成された女王直属騎士団。

 それらの組織が連絡を密に取り、容疑者を追い詰めていくのだ。

 チンピラから聞き出したバートランドの人相や体格などを、伝書鳩を使って国境警備隊や各町の衛兵に伝えてある。

 包囲網からは逃げられない。


 そして、秘密結社カミブクロンが教会の地下室で恐るべきロウソク拷問儀式を行なってから二日後。

 ファルレオン王国の情報網は、早くもバートランド・アマーストの居場所を掴んでいた。

 やはり彼は、ラグド公国へと向かっていた。

 とはいえ、まだ国境には達していない。

 もし国境を越えようとしたら、その時点で身柄を拘束するし、抵抗するようなら殺傷も許可している。


 実は既に、王都とラグド公国の中間にある町で、衛兵がバートランドを発見し、捕縛しようと試みていた。

 しかしバートランドは勘が鋭いらしく、逃げられてしまった。

 とはいえ、ファルレオン王国の情報網は強固だ。

 即座に伝書鳩が飛び、王都にバートランド発見の報が届く。


 この期を逃すなとばかりに女王は騎士団に出動を命令。

 更に大賢者も騎士団に混じって行軍していく。

 そして都合のいいことに、その日は週末で学校が休みだったから、ローラ、シャーロット、アンナ、ミサキも大賢者に同行する。


「ぴー」


 もちろん、ハクも一緒だ。


 バートランドが目撃されたという町を中心に、千の騎兵からなる騎士団は調査を開始した。

 町の周囲は荒野である。

 隠れる場所は少ない。

 そしてバートランドを見つけた衛兵いわく、彼は二頭立ての馬車でラグド公国の方角へ向かったらしい。

 馬車にはバートランドだけでなく、護衛と思われる者が二人乗っていたという。

 馬車が走り去ってから、まだ半日程度しか経っていないので、騎士団の誇る名馬たちなら十分に追いつけるはずだ。


「さてと。皆、私たちは別行動よ。いくら騎士団の馬が速いと言っても、空から探した方がいいに決まってるもの」


 そう言って大賢者は次元倉庫から絨毯を取り出す。

 夏休みの終盤、獣人の里オイセ村に行くときに使用した物だ。

 絨毯そのものは何の変哲もない代物だが、これを大賢者の魔力で飛ばすのである。


「また皆で空を飛ぶのでありますな。楽しみであります!」


「そして、またミサキさんの耳と尻尾をモフモフするんですね。楽しみです!」


「モフモフは遠慮願うでありますよ! 真面目にバートランドとやらを探すであります! まさかロラえもん殿はバートランドを捕まえることより、私の耳と尻尾をモフることの方が重要なんて言い出さないでありますな!?」


 ミサキの言い分は正論だったので、ローラは言い返せなかった。

 なので空飛ぶ絨毯から、黙々と下界を観察するしかない。

 無事にバートランドを見つけてニワトリさんの怨みを晴らしたら、正々堂々とミサキをモフろう。


「強化魔法で視力を強化ですわ!」


「強化魔法にはそういう使い方があったとは」


 シャーロットが目に魔力を集中させたのを見て、アンナも真似しようとしている。

 しかし、魔法学科ではないアンナにとって、魔力の一点集中は少し難しいようだ。

 結局諦めて、自前の視力で眼下を見つめる。


「私はもともと目がいいから平気」


 ふて腐れた様子で負け惜しみを言うのが可愛い。


「えへへー」


「ローラ。どうして私の顔を見て笑ってるの?」


「アンナさんが可愛いなぁと思いましてー」


「ローラほどじゃない。えいっ」


「わっ、ほっぺを引っ張らないでくださいよぅ!」


 アンナによって伸ばされたローラのほっぺは、溶けたチーズのように垂れ落ちていく――ということもなく、少しヒリヒリするだけだ。


「うぐっ……アンナさんが酷いです。ハクもそう思いますよね?」


「ぴぃ?」


 ローラの頭の上でくつろいでいたハクが、何のことだろうという鳴き声を上げる。

 明らかに同意する声色ではなかったが、ローラはハクの意志を捏造し、自分の味方だということにした。


「ほら。ハクもそうだそうだと言っています!」


「ローラ。嘘ばかり言ってると、舌が二枚になる」


「えっ? そんな法則があるんですか!? 私の舌、まだ普通ですよね!」


 ローラは慌ててベロを出し、アンナに見せる。

 するとなぜか、話に関係していなかったシャーロットが、キラキラした目でこちらを向いた。


「ああ~~ローラさん、お可愛らしいですわぁ!」


「急になんですか!? もう、ちゃんとバートランドを探しましょうよ!」


 ローラは今までの自分を棚に上げ、絨毯から身を乗り出して荒野を見渡す。

 荒野といっても、完全に荒れ果てた土地というわけではなく、まばらに草木が生えている。

 この地方は農業には向かないが鉱物資源がそこそこ眠っているらしい、と、来る前にシャーロットに教えてもらった。

 なお、一学期の授業でも習ったようだが、ローラの記憶には残っていない。

 テストが終わると暗記した内容がどこかに飛んで行ってしまうのだ。

 不思議なこともあるものだ。


「むむっ!? やたら速く爆走している馬車がいるであります! 怪しいであります!」


 突然、ミサキが声を荒げた。

 彼女の視線を追いかけると、ずっと遠くで激しい土煙が上がっていた。

 ここから見るととても小さいので、言われなければ見逃していたかもしれない。


「ミサキさん、よく見えましたね!」


「獣人は視力も注意力も抜群でありますよ」


「私より先に見つけるなんて大したものだわ。ご褒美に皆、モフモフしてあげて」


 大賢者はそう言って、ミサキの尻尾を持ち上げた。


「はっ!? どうしてそうなるでありますかっ!? さては大賢者殿、先に見つけていたのに、その妄言を言うために黙っていたでありますか! そうに違いないであります! 私が見つけられたのに、大賢者殿が見つけられなかったなんてありえないであります!」


「さて、どうかしら。でも絨毯は偶然にも、さっきから馬車に向かって進んでいるわね」


「これはれっきとした獣人虐めでありますよー!」


 そんなミサキの訴えも虚しく、絨毯が馬車に追いつくまでローラたちはモフモフを楽しんだ。

 その間に大賢者は、バートランド発見の報を手紙に書き、幾つかの紙飛行機にして飛ばした。

 紙飛行機は散開している騎士団のもとに行く。程なくして騎士たちが集まってくるはずだ。

 地上には千の騎兵。上空にはローラたち。

 ここまですれば、バートランドが何者であろうと、脱出は不可能だ。


 もちろん、馬車に乗っているのがバートランドではないというのも考えられる。

 その場合は無駄足だ。

 しかし、バートランドが目撃された町の近くで爆走している馬車が、全くの無関係なんてありえないだろう。

 まして、あの馬車はラグド公国の方角へ走っている。

 とにかく追いついて、止める。

 もし無関係だったら……ごめんなさいすれば済む話だ。

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