第91話 お昼休みはお説教タイムでした
チンピラたちの黒幕は、バートランド・アマースト。
ファルレオン王国の隣にある、ラグド公国で有名なワイン醸造家だ。
彼の造ったワインは王都でも数多く流通しており、なかなか評判がいい。
そんな男が、どうしてチンピラを使ってブドウ畑に火を付けたのか?
チンピラも詳しいことを聞かされていないらしく、ハッキリしたことは何も聞き出せなかった。
だが、推理するのは簡単だ。
バートランドはついこの前まで、ラグド公国で一番のワインを造る男として有名だった。
しかし、昨年から教会のワインがラグド公国で流通するようになってから、その評判に陰りが見え始めた。
特に、貴族のパーティーなどでは、教会のワインが一番だと話のネタに上がるくらいだった。
教会のワインは生産量が少なく、その中からラグド公国に流れる量など、たかが知れている。
よってバートランドの収入にダメージはないはずだ。
が、彼にとっては収入よりプライドのほうが大切だったのかもしれない。
――という話を大賢者が語ってくれた。
そのプライドを守るための手段が、チンピラを使って立ち退きを迫ったり、ブドウ畑に火を付けたりと品性に欠けるものなのは皮肉だ。
きっと、それだけ安っぽいプライドなのだろうなぁ、と思うローラであった。
「さてと、陛下。これからどうしましょう?」
「チンピラからバートランドが泊まっていたホテルも聞き出した。一応、そこを調べさせるが、目的を達成した以上、もういないじゃろうな。とりあえず妾は王宮に戻り、バートランド・アマーストの指名手配をする。絶対に国外へは出さん。数日中に所在を掴んでやる。それまで、そなたらは待っているがいい」
そう言って陛下は教会の外に出ていった。
外に馬車を待機させていたらしく、馬の足音と車輪が遠ざかっていく音がする。
「学長先生。私たちはどうしましょう?」
ローラが尋ねると、
「そうねぇ……とりあえず、あなたたちはカミブクロを脱いだら?」
実にもっともな意見が返ってきた。
秘密結社カミブクロンはシンボルであるカミブクロを脱ぎ、その正体を顕わにする。
「じゃじゃーん。なんと私でした!」
「知ってるわよー」
「もう、学長先生はノリが悪いですね!」
「ごめんごめん。それじゃ、今日のところは学園に帰って、陛下からの情報を待ちましょう。シスターさん、深夜にお騒がせしてごめんなさいね」
「い、いえ……お気遣いなく……」
ベラに見送られながら、ローラたちは学園に向かって歩き出す。
その途中、あのチンピラたちはどうなったのかと思い出したローラは、大賢者に質問した。
「あの連中は次元倉庫にしまっておいたわ。覚えてたら、明日にでも衛兵のところに捨ててくるわ」
チンピラの運命は大賢者の記憶力で決まるようだ。
流石に次元倉庫で餓死するのは可哀想なので、なんとか覚えていて欲しい。
大賢者が放課後まで忘れていたら、ローラが思い出させてあげるべきだろうか。
しかしローラとしても、チンピラたちはさほど重要ではないので、忘れているかもしれない。
「そこで記憶力のよさそうなシャーロットさんに覚えていてもらいましょう」
「あら、無茶を言わないでくださいな。わたくしでも、心底どうでもいいことを覚えているのは無理ですわ」
「私も難しいでありますなぁ」
「同じく」
「ぴー」
全員、記憶力に不安がある。
こんなつまらないことを気にかけるのもアホらしいので、帰り道、衛兵の詰所の前に縛ったままのチンピラ三人をお届けすることにした。
忘れそうなことは、覚えている内にやってしまうのが一番だ。
ちゃんと分かりやすく『教会の放火事件の犯人です』という張り紙をしておく。
「すいませーん。お届けものでーす」
詰所は街のいたるところにある小さな建物だ。
中にはいつも二人か三人くらいの衛兵がいて、街の平和を守っている。
「うわっ、なんだこりゃ!」
出てきた衛兵は、詰所の前に転がったチンピラたちを見て悲鳴を上げた。
「ご覧の通り、放火魔です!」
「いや、急にそんなこと言われてもな……」
「ちゃんと取り調べたら分かることです!」
「うーん……」
なかなか信用してくれない。
すると横から大賢者が助け船を出してくれた。
「上司に説明するのが面倒だったら、通りすがりの大賢者が置いていったって言えばいいから。もしそれすら面倒なら、その辺の水路に流しちゃってもいいわよ」
「はあ、通りすがりの大賢者……んっ、大賢者様!? うわっ、本物だ! あ、失礼致しました」
「いいわよ。それより、こいつらをよろしくね」
「はっ! 責任をもってお預かりします!」
衛兵はビシッと敬礼する。
いらないものを処分したローラたちは、安心して学園の敷地をまたいだ。
と、そのとき、大賢者が思い出したように口を開く。
「そうそう。あなたたち、制服のまま風俗街をウロウロしてたでしょ。あれは流石に駄目よ」
「うっ……しかし、放火魔を探すためには必要なことだったんです!」
「そうですわ。わたくしたちだって好きこのんであんな場所に行ったのではありません!」
「もう二度と行きたくない」
「とてもえっちな場所だったであります!」
ローラたちは必死に弁明する。
不可抗力で足を踏み入れたというのは事実なので、後ろめたさもない。
真摯に訴えれば、大賢者なら分かってくれるはずだ。
「なるほどね。確かに、あなたたちのおかげでチンピラを発見するのも楽だったし」
「おお、やっぱり学長先生は話が分かりますね!」
「ふふ、ありがと。今のと同じ説明を、エミリアにもしてあげてね。あの子、カンカンだったわよ」
「……え? ど、どうしてエミリア先生までそのことを!?」
「親切な街の人たちが『ギルドレア冒険者学園の生徒が夜の風俗街をウロウロしていたんですが、どういう教育をしているんですか』ってわざわざ教えに来てくれたのよ」
ローラたちは絶句する。
言われてみれば、想定すべきことだった。
ギルドレア冒険者学園はとても有名だ。ただでさえその制服は人目を引く。
それが夜の風俗街に現れたら、通報の一つや二つ、あって当然だ。
「あの、学長先生……明日教室に行くとき、一緒に来てくれませんか……私とシャーロットさんだけだと心細いので……」
「ローラさんはわたくしが命に代えてもお守りしますわ!」
「魔法学科の次は戦士学科にも来て欲しい……」
そんな必死の願いにもかかわらず、大賢者は微笑んで首を振った。
「駄目よ。私がエミリアに怒られちゃうじゃないの。あなたたちもたまには、ちゃんとお説教されなさい」
「たまにじゃないです、しょっちゅうお説教されてます!」
「じゃあ、もっと激しいお説教をしておくようにエミリアに伝えておくわ」
「ひぇぇ……」
ところが次の日の朝。
震えながら教室に行くと、エミリアは特に説教することもなく、普通に授業を始めた。
ローラとシャーロットは安心し「きっと学長先生がエミリア先生をなだめてくれたのだろう」と思うことにした。
が、午前中の授業が終わり、学食に行こうとした瞬間。
二人は背後から、頭をエミリアに鷲掴みにされた。
「あなたたち。ちょっと職員室まで来なさい。理由は、分かってるわよね」
「「ふ、ふぁい……」」
そして職員室に行くと、ベヒモスみたいな顔になった戦士学科一年の先生と、青ざめたアンナがいた。
それから昼休み中、ひたすら説教された。
途中でお腹がグーと鳴っても、許してもらえなかった。
「それは災難だったでありますなぁ」
放課後。
やっとこさ遅い昼食にありついたローラたちに、ミサキは呑気に言う。
「昨日はミサキさんも一緒だったのに、どうしてミサキさんだけ叱られないんですか。ズルイです!」
「それは私が生徒ではないからでありますよ」
そういえばそうだった。
「ズルイです!」
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