第90話 心配をかけてはいけません
「やっぱりここにいたわね。あなたたちが派手に動いてくれたおかげで、目撃情報の追跡が楽だったわ」
「ご苦労じゃったな。あとは妾たちに任せよ」
大賢者と女王は一階の廊下で仁王立ちし、ローラたちを待ち構えていた。
その表情はやる気に満ち満ちていた。
何をやる気なのかは定かではないが、とにかく気合い十分だった。
「えっと、学長先生と女王陛下はどうしてここに?」
「そりゃもちろん、あなたたちが連れてきたチンピラ三人に用があるのよ。その地下室にいるの?」
大賢者はローラたちの後ろにある階段に目を向ける。
「いることはいるんですけど……その……問題が」
「問題? ローラちゃんたちが問題にしなきゃいけないようなことってなに?」
「えーっとですね……尋問のためにチンピラさんたちを縛り上げて、背中にロウソクを垂らしてたら……途中から、こう目覚めたって言うんですか? 変態さんに、なってしまったのです!」
「ローラちゃんたちが変態に目覚めたっ!?」
大賢者は珍しく目を大きく見開き、慌てた様子で叫ぶ。
ローラたちも慌てて首を振って否定する。
「チンピラさんたちが、です!」
「ああ、よかった……駄目よ、あなたたち。男を地下室に監禁してカミブクロを被ってロウソクを垂らすなんて。変態だと誤解されても、弁明し辛いわよ」
「そういうものですか……?」
ローラにはそういうつもりは全くなかった。
ただブドウ畑を全焼させ、ニワトリさんたちの命を奪った者が許せなかっただけである。
しかしシャーロットとアンナを見たら、顔を赤くしていた。特にシャーロットはプルプルと震えてすらいた。
「よく考えると馬鹿なことをしていた。その場の勢いは恐ろしい」
「わ、わたくしともあろう者が……ガザード家の長女としてあるまじき行いですわ……!」
そういうものらしい。
一方、ミサキも赤いことは赤いのだが、その表情はどこか嬉しそうだ。
耳と尻尾をパタパタ動かし、「えっちでありますな、えっちでありますな」と呟いている。
よく分からないが、監禁してロウソクはえっちらしい。
えっちなのは恥ずかしいので、気をつけないと。
ローラは一つ賢くなった。
「ハクも覚えましたか? 監禁してロウソクはえっちなんですよ」
「ぴぃ?」
ハクは関心がないようだ。
まあ、神獣には関わり合いのない話だろう。
「とにかく。尋問とか拷問なんて野蛮なことは、大人に任せておきなさい。さ、退いた退いた」
「情報を絞り取ってやるのじゃ」
階段を降りていく大賢者を、女王が追いかける。
二人の姿が見えなくなってから、ローラは小さく呟いた。
「大人に任せろと言われても……」
「女王陛下は大人には見えませんわ……」
シャーロットが続きを口にする。
もちろん、エメリーン・グレタ・ファルレオン女王陛下はちゃんとした大人だ。
広大なファルレオン王国を大過なく統治し、大賢者のような変わり者も何とか制御している優れた為政者だ。
だが、その姿は大賢者のイタズラにより、小さな少女に変えられている。
九歳のローラよりも小さいほどだ。
そんな人に大人面されても、なんだかなぁという感じである。
「ねえ、皆……」
大賢者と女王が地下室に消えたとき、廊下の奥からボソボソと声がした。
振り返ってそちらを見ると、パジャマ姿のベラが扉から顔を半分だけ出して、こちらを見ていた。
「さっきの人たち急に訪ねてきたんだけど……あの銀髪の人って大賢者様よね……? どうしてこんな教会に? あの小さい子も貴族っぽいし……平和だった教会が最近急に騒がしくなっちゃったわ……」
ベラは半べそで呟く。
するとアンナは彼女に駆け寄って、よしよしと頭を撫でた。
「うぅ、ありがとうアンナ。あなたはカミブクロを被っていても優しいのね」
「カミブクロの中に優しさが詰まっている」
「よかったわ……アンナたちがチンピラ三人を引きずって来て、カミブクロを被りながらロープで縛って地下室に連れて行ったときは何事かと思ったけど……アンナはアンナのままなのね!」
「……次からはもうこんなことしない」
アンナとベラを見て、ローラは昔のことを思い出した。
あれは確か四歳の頃。
両親の血を色濃く引いたローラは、無駄に強靱な体力を持て余し、一人で森に遊びに行った。
当然の如く迷子になり、夜中になっても家に帰ることができなかった。
ローラは恐ろしくて泣きわめく。
すると、その泣き声を頼りに、両親がローラを見つけてくれた。
ローラが無事に見つかり両親も涙を流していた。
そしてローラは、もう二度と一人で遠くに遊びに行かないと誓った。
今、アンナとベラがやっていることも、それと似たようなものだ。
多分。
「みんなー。尋問、終わったわよ。連中、ちゃんと黒幕の名前まで吐いたわ。あとは捕まえるだけ」
「妾の国で舐めた真似をしたらどうなるのか、目に物見せてやるのじゃ」
カミブクロンがあれほど頑張っても情報を引き出せなかったのに、この二人はどんな方法を使ったのだろう。
熱々のロウを喜ぶような変態でもつい吐いてしまうような拷問ということは、ローラの想像を絶しているに違いない。
恐ろしいので、具体的なことは聞かないようにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます