第89話 カミブクロンの蝋燭儀式

 チンピラ三人組は、すぐそばまでローラたちが迫っているとも知らず、呑気に酒を飲んでいた。

 教会のブドウ畑を焼き払うという仕事を完遂したので、バートランドから金が出たのだ。

 それは金持ちからしたら小銭なのだろうが、その辺の市民相手にカツアゲするしか能のない者にとっては大金だった。

 あと一ヶ月は女をはべらせて豪遊できる。

 一ヶ月後には無一文になってしまうという問題もあったが、それは無視していた。

 少なくとも、バートランドにもらった金を元手にして更に増やすという考えはなかった。

 だから後先考えず、こうしてバーの個室でホステスを一人につき二人も付けて、高価なウイスキーやブランデーを飲みまくれるのだ。 

 欲深いわりに女と酒以外に金の使い方を知らないので、今の彼らは幸せの絶頂だった。


「どうだ俺たちの飲みっぷりはコラ」

「お前ら、こんなバーでホステスやってないで、俺たちの女になれよオラ」

「兄貴に付いてくれば間違いないぜ!」


 と粋がるチンピラ相手に、ホステスたちは「あら、男らしいのね」なんて適当なことを言う。

 当然本心ではないのだが、酔っ払っているチンピラ三人は気が付かない。

 仮に気が付いたとしても、チンピラの方も本気ではないので問題なかった。

 とにかく、今が気持ちよければそれでいいのだ。


 しかし、その幸せも長続きしなかった。

 個室のドアが勢いよく開かれ、冒険者学園の生徒三人と、獣人一人、更にドラゴンの子供一匹が入ってきたからだ。


「ちょ、ちょっとあなたたち、何なのよ」


 ホステスは彼女らを見て驚きの声を上げる。

 そう、驚いただけだ。

 チンピラ三人のように恐怖のあまり青ざめたりはしない。


「な、ななななっ、なんでお前らがここにいるんだコラ!?」


 この四人の少女たちは、化物だ。

 可愛い見た目をしているくせに、教会の前で魔神の如き破壊力を見せつけてくれた。

 人間が戦って勝てる相手ではない。

 しかし個室の扉は一つしかなく、窓も小さいので逃げることもできない。


「やっぱりここにいましたね! 色々聞きたいことがありますが、ここでは満足なごーもんができないので、一緒に来てもらいます! ていっ!」


 そう言って一番小さい少女が、入れ墨のチンピラにゴツンとげんこつを叩き込んだ。

 チンピラAは気絶した!

 ホステスたちは悲鳴を上げるが、少女は構わず蛇顔のチンピラを殴る。

 チンピラBは気絶した!


「やめろ……やめてくれ!」


 残ったスキンヘッドのチンピラは、年下の少女に跪いて懇願した。

 しかし。


「駄目です!」


 チンピラCは気絶した!


        △


 チンピラ三人を殴って気絶させたローラたちは、彼らを担いで教会の地下室に運び込んだ。

 そして彼らの上着を脱がせてからロープで縛り、天井からミノムシのように吊るす。

 ローラたちは火の付いたロウソクを一本ずつ手に持ち、頭に紙袋を被る……。

 そう、ここは秘密結社カミブクロンの本拠地。

 チンピラ三人を生贄に、残酷な儀式の始まりだ。


「さあ、目覚めるのです!」


 ローラは叫びながら彼らの背中にロウを垂らす。


「「「ぴぎゃぁぁ!」」」


 彼らは豚のような悲鳴を上げて目を覚ます。

 そしてカミブクロを被りロウソクを持ったこちらの姿を見て、また悲鳴を上げた。


「カミブクロ!? こ、ここはどこだコラ!? 俺たちはどうして縛られて……え、ロウソク!? うわっ熱っ、やめろっ熱っ!」


「悔い改めるのです! 悔い改めるのです!」


 ローラは適当な台詞を言いながら、ロウソクを振り回す。

 チンピラたちはギャーギャーわめくが、ロープで縛られているので身動きできない。

 可哀想だが、彼らの罪を浄化するためだ。

 ローラは秘密結社カミブクロン総帥としての義務を果たすため、涙をのんでロウを垂らす。


「ちょっとローラ。目的が変わってる。私たちは別に、チンピラを悔い改めさせるために動いていたわけじゃない」


 アンナがポツリと言った。


「そ、そうでした……! で、何をどうすればいいんでしたっけ?」


「教会の債権を買い占める金をどこから出したのか。どうしてブドウ畑に火を付けたのか。黒幕がいるのか。そういうことを聞くため」


「なるほど! というわけで、白状してくださーい!」


「「「熱、熱ッ!」」」


 いくらロウを垂らしても、チンピラは熱いとくり返すばかり。

 強情な人たちだ。

 火力が足りないのだろうか?

 ここは一つ、ハクの炎で盛大に――。


「ローラさん。そんなロウをダラダラ流し続けては、彼らも答えにくいですわ。一度やめて差し上げなさい」


「おお、これは気が付きませんでした。シャーロットさん、もしや拷問に詳しいんですか? おっかないです!」


「おっかないのはローラさんですわ……それであなたがた。黒幕は誰ですの? 正直に答えるなら、命だけは助けてあげますわ」


「く、黒幕だぁ? 何のことか分からねーぜ……そもそも、ブドウ畑の火事と俺たちが関係あるって証拠でもあるのかよオラ!」


「おだまり!」


「「「熱ぅぅぅぅぅっ!」」」


 大の大人がロウソクで身もだえている姿は哀れだ。

 自分でやっていたときは気付かなかったが、はたから見ているととんでもなく残酷だ。

 こんなことを平然とやってのけるシャーロットは、きっと人の心を失っているに違いない。


「うぅ……シャーロットさんが恐ろしい拷問官になってしまいました……」


「ローラさんよりは手加減していますわ! それで、話す気になりましたの?」


「い、嫌だぁ……バラしたらあの人に殺されちまうぜコラ……!」

「そうだ……あれは根に持つタイプだぞオラ!」

「しかし兄貴ぃ、どのみち殺されそうですぜ……」


 やはり、まだまだロウが足りていないようだ。

 というわけでローラたちは四人で一生懸命ロウを垂らす。

 教会の地下室にチンピラの悲鳴が響く。


「ニワトリさんはもっと熱かったんですよ! さあ、あなたたちが火を付けたと正直に言うのです!」


「「「あぎゃああ!」」」


 それはとても悲痛な叫びだった。

 が、次第に声色が変わっていく。

 なにやら喜んでいるような……いやいや、こんな熱々のロウを垂らされて喜ぶわけがない。と、ローラは思い直し、えいやっとロウソクを振り回した。

 すると――。


「ああ……なんだこれは……皮膚じゃなくて、体の芯が熱いぞコラ……!」

「知らない感覚が込み上げてくるぜオラ……くそっ、オラつけねぇ……!」

「兄貴ぃ……俺、目覚めちまいます、目覚めちまいますっ!」


 チンピラたちは遂に恍惚とした表情になってしまった。

 これは疑う余地がない。

 ロウソクが、逆効果になっている!


「ど、どうしてこんなことをされて喜ぶんですかこの人たち!」


「これが噂に聞く変態……初めて見た……」


「け、汚らわしいですわ!」


「人間はえっちでありますな! えっちでありますな!」


 ローラ、アンナ、シャーロットは壁際まで後退する。

 ミサキだけは物珍しそうな顔でチンピラを見つめ、尻尾を振っていた。

 獣人にとって変態とはそんなに珍しいものなのだろうか。

 ローラは変態さんに初めて出会ったが、あまり同じ空間にいたくない人種だと一瞬で理解した。


「お、お前らが俺たちを目覚めさせたんだろうがコラ……!」

「そうだ……だから責任を持って最後まで……やれよオラァッ!」

「兄貴ぃ……女の子にロウソクを垂らされるのは最高っすよ……」


 これは重症だ。

 確かにローラたちのせいで変態になったのかもしれないが、しかし変態は変態である。


「ひぇぇ、これはもうカミブクロンの手には負えませんよ!」


「とにかく一回逃げよう」


「さあミサキさん! あなたもこっちへ来なさい! なにをボンヤリしていますの!?」


「い、いや、後学のためにもう少し変態観察をしようと思っていたでありますが……」


 シャーロットは妙なことを呟くミサキの腕を引っ張り、地下室から脱出しようとする。

 ローラとアンナもそれに続く。

 カミブクロンの敗北だ。

 そして次の一手が思い浮かばない。

 一体どうしたいいのだ。


 と、地下室から一階に上がったローラが悩んでいると、なんとそこに大賢者が現れた。

 いや、それどころか、女王までいるではないか。

 果たしてこれはどういうことなのだろう。

 まさか、大賢者と女王も変態に興味があるのだろうか。

 カミブクロンのメンバーたちは訳が分からず、首を捻るばかりだ。

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