第87話 足取りを追います
まだ日没前だというのに、冒険者ギルドの酒場には人が沢山いた。
クエストを明るい内に終わらせ、受け取った報酬で一杯やっているのだろう。
ローラは酒を飲んだことがないが、楽しそうにしている冒険者たちを見ていると、自分も早く酒を飲める年齢になりたいなぁと思った。
一方、端の方でションボリと飲んでいる者がいた。
あるいは、明らかに悪酔いし「自分はモンスターより強すぎるから逃げられるのだ。ちゃんと戦えば勝てるのに、逃げるモンスターが悪い」というようなことを呂律の回らない口調で愚痴っている者もいる。
彼らはきっと、今日の稼ぎが悪かったに違いない。
近づかないようにしよう。
絡まれたら、シャーロットが気分を害して張り倒すかもしれない。
それは互いにとって不幸なことだ。
「チンピラに詳しそうな人を選びましょう」
「正直、全員ガラが悪そうでありますなぁ」
「じゃあ適当に選ぼう」
「あそこにいる方々が一番景気がよさそうですわ。装備やパーティーの構成から見て、実力者たち。きっと情報も幅広いはずですわ」
シャーロットの視線の先には、長テーブルを一つ占拠し、大量の料理とビールで楽しんでいる集団がいた。
他にあてもないので、彼らに聞いてみよう。
「あのー、すいませーん」
「お楽しみのところ失礼しますわ。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
ローラとシャーロットが話しかけると、彼らはアルコールで赤らんだ顔を向けてきた。
「んん? どうしたお嬢ちゃんたち。俺らに聞きたいこと?」
「それはギルドレア冒険者学園の制服だな。もしかして、卒業したらこの『真紅の盾』の一員になりたいとかそういうアレかぁ?」
真紅の盾。
どこかで聞いた名前だなぁとローラは一瞬だけ悩んだが、すぐに思い出した。
王都近隣ではトップクラスの実力と知名度を誇る、強力な冒険者のパーティーだ。
しかし、そんな強力なパーティーも、リヴァイアサンを前に全滅しかけたことがある。
そのときローラ、シャーロット、アンナの三人は、着ぐるみパジャマで正体を隠し、真紅の盾を救ったのだ。
そのとき名乗った『着ぐるみ戦隊パジャレンジャー』という仮名は、いまだに都市伝説として人気がある。
「がっはっは! 冒険者学園を卒業したくらいじゃ、真紅の盾には入れないぞ。まずはクエストを受けて実績を稼ぐんだな!」
「そうそう……いや、ちょっと待て。この子たち、どこかで見たような……」
「あっ、パジャレンジャ――」
彼らの一人が大声を上げようとしたので、ローラは慌ててその口を塞いだ。
「もがもが」
「私たちはパジャレンジャーではありません。いいですね。パジャレンジャーは通りすがりの動物三人組です。私たちは人間だし、三人組でもありません。分かりましたか」
ローラがそう言うと、彼らは一斉に頷いた。
分かってくれて嬉しい。
人と人が分かり合うというのは素晴らしいことだ。
だから、そう恐れをなした顔をしないで欲しい。
ローラはただ、質問をしたいだけなのだ。
「このチンピラ三人組を探しているであります。心当たりがあったら教えて欲しいであります。あるいは、こういったチンピラがいそうな場所の情報でも嬉しいであります」
ミサキは似顔絵を真紅の盾に見せる。
彼らは一人ずつ回していき、全員で確認した。
「チンピラかぁ……まあ冒険者もチンピラみたいなもんだが、いわゆる無法者の類いとなれば、たまり場になっている場所も限られてくるな」
「いくつか知ってるが、子供が行くような場所じゃねーぞ……いや、パジャレンジャーなら大丈夫か」
「違います。パジャレンジャーではありません」
ローラは断言する。
「そうか……じゃあ教えられないな」
「……しかし、限りなくパジャレンジャーに近い部分もあるので、大丈夫です」
ローラは妥協した。
と、そのとき。
真紅の盾の一人が、似顔絵を見て声を上げる。
「あ、俺、こいつら見たことあるかもしれない」
「本当ですか? どこでですか? 隠すとためになりませんよ?」
「そ、そう脅すなよ、おっかない子供だな……ちゃんと教えるよ。けど、本当に子供が行くような場所じゃないからな。あとは自己責任だぞ。それと、俺が教えたって誰にも言うなよ」
「言いません。けど、そんな約束をさせるということは、かなり危険な場所なんですか?」
ローラが尋ねると、彼は目をそらした。
「いや……危険というか……恥ずかしい場所だ」
恥ずかしい場所といわれても、ローラはピンと来なかった。
シャーロットたちも同じらしく、皆で一緒に小首を傾げる。
しかし、教えてもらったその場所に辿り着いた瞬間、ローラたちは赤面したのであった。
そう。風俗街である。
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