第86話 まずは似顔絵を描きます

 王都レディオンの冒険者ギルドは、二階に酒場があった。

 酒場と言っても酒ばかり出しているわけではなく、当然、料理だってある。

 ローラはまだ利用していないが、アンナいわく、安くてそこそこ美味しいらしい。


「あそこに行けば、昼間だろうが夜だろうが、大抵いつでも上機嫌で酒を飲んでいる冒険者たちがいる。上機嫌だから、こちらの聞いたことにも答えてくれると思う。なんなら酒を奢ってあげてもいい」


 放課後。冒険者ギルドに行く前に、学食にもう一度集まって作戦会議だ。

 ローラ、シャーロット、アンナに加え、ミサキもその辺のテーブルを拭きながら会議に参加する。

 ちなみにハクは、ミサキが拭いたあとをテクテク歩き回って足跡を付けるので、ローラがしっかり抱きしめることにした。


「ふむふむ。酒場には情報が集まると言いますしね」


「ただし、中にはクエストに失敗してヤケ酒を飲んでいる人もいるから、そこは注意して見極めないと」


「ヤケ酒中の人に話しかけたら、変な絡まれ方しそうですからね……!」


 話しかける相手を選ぶのも大切だが、その聞き方も重要だ。

 いきなり「チンピラ三人組を知りませんか?」なんて聞いても、相手だって何のことやら分からず困ってしまうだろう。


 幸いあの三人は、マッチョのスキンヘッド、蛇のような顔をしたヒョロヒョロ男、両腕入れ墨びっしり男、と特徴的な外見だった。

 そういうのを知っていそうな冒険者を選んで、心当たりを聞いてみよう。


「あ、ギルドに行く前に、購買部に寄りたいであります。紙と色鉛筆を買って、似顔絵を描けば調査もよりスムーズでありますよ」


 テーブルを拭き終わったミサキが、エプロンを脱ぎながらやってきた。


「似顔絵ですの? ふふ、それならこのシャーロット・ガザードにお任せですわ」


「シャーロットさんは絵が上手なんですか?」


「ええ! 小さい頃からお母様によく褒められていますわ」


 するとミサキがキラリと目を光らせた。


「ならば勝負でありますよ。私も絵には自信があるであります!」


 ミサキとシャーロットは二人並んで購買部へと走って行った。

 ローラたちが学食で待っていると、程なくしてスケッチブックと色鉛筆を持って帰ってきた。


「どっちが上手にチンピラ三人を書けるか勝負であります。ジャッジはロラえもん殿とアンナ殿にお願いするであります!」


「わたくしの芸術的感性をお見せしますわ!」


 勝手に審査員にされてしまった。

 別に構わないが、審査員が二人だと、評価が割れたときどうするつもりなのだろう。


「ローラ。二人が書いてる間、暇だから、引き分けたときのためにアミダクジを作ろう」


「それはいい考えです!」


 シャーロットたちの色鉛筆から今使っていないのを拝借し、紙ナプキンに適当な線を引く。

 二つしか選択肢のないアミダクジというのも寂しいので、どんどん書き足していく。

 結果、審査員の評価が割れたときの決着用という用途に適さない、大規模なアミダクジが完成してしまった。

 本末転倒だが、とても楽しく作れたのでよしとしよう。

 シャーロットとミサキは、アミダクジの代わりにジャンケンでもしておけばいい。


「描き上がったであります!」


「わたくしも完成ですわ」


 アミダクジと同じタイミングで、二人の画家も作業を終わらせたようだ。

 これより審議に入る。


「ではまず、金髪の方の志望動機から……」


「ローラ。それは面接」


 アンナがツッコミを入れてくれた。


「そうでした、そうでした。じゃあ、二人同時に完成した絵を見せてください」


 二枚のスケッチブックがこちらに向けられた。

 そしてローラとアンナの視線は、ミサキの描いた似顔絵に釘付けになる。

 そこにはまさに、あの三人のチンピラがいたからだ。


「ミサキさん、本当に上手なんですね!」


「特徴をしっかり捉えてある。はなまる」


「お褒めにあずかり光栄であります。昔から絵を描くのは好きだったでありますよ」


「ほほう。獣人の里にも画材はあるんですか?」


「画材と言うほどではありませんが、オイセ村は獣人の里の中でも人間と交流していたほうでありますから。筆記用具くらいは手に入ったであります」


「ふむふむ。しかし独学でそれだけ上手になるのは凄いですよ! ミサキさんの似顔絵を採用です!」


 ローラとアンナはパチパチと拍手してみせる。

 ミサキは「いやぁ、それほどでも」と照れくさそうに耳と尻尾を揺らす。


「そしてシャーロットさん。本日はお忙しい中、面接にお越しいただき誠にありがとうございました。今回は残念な結果になってしまいましたが、今後のシャーロットさんのご活躍を心よりお祈りしております……」


「な、なんですの、その異常に丁寧な断り方は!」


「いやぁ、こないだ図書館で借りて読んだ小説で、面接に落ちた主人公のところにこんな文面の手紙が来ていたので真似してみました」


 ギルドレア冒険者学園の図書館は、武術や魔法の理論書の他に、小説や画集など娯楽の本も充実している。

 最近ローラは、そこで読みやすそうな本を借りて自室で読むことを覚えたのだ。


「意外と影響を受けやすい性格!? そもそもこれは面接ではありませんわ! せめて絵に対する評価をしてくださいまし!」


「えー……だってシャーロットさん。チンピラ三人の似顔絵を描くはずなのに、どうしてハクを三匹描いてるんですか? 審査対象外ですよ、そんなの」


「シャーロット。真面目にやらなきゃ駄目」


 二人の審査員から厳しい評価が下る。

 しかし、シャーロットはとても不服そうだ。


「ハクを描いた覚えなどありませんわ! ほら、どうみてもチンピラでしょう!」


 シャーロットは必死の形相でスケッチブックをつきだしてくる。

 だが、そこに描かれている絵は、あのチンピラ三人どころか、人間にすら見えなかった。

 なにやらモンスター的なシルエットがそこにある。


「え、シャーロット殿。それは真面目に言っているのでありますか?」


「ふざけているように見えますの!?」


 確かに、シャーロットはこの上なく真剣な顔付きだった。

 それを感じ取ったミサキはローラに向き直り、眉間にシワを寄せて言う。


「……もしや、シャーロット殿は心の病でも煩っていたでありますか?」


「どうしてそうなりますの!? わたくしが一体なにをしたというのです!」


 シャーロットはもはや目に涙まで浮かべて叫んでいる。

 学食にいる他の生徒が、何事かという顔でこちらを見てくる。

 恥ずかしいので、とりあえずシャーロットを落ち着かせよう。


「え、えっと、シャーロットさん、まずは座って。そして深呼吸です!」


「すーはー、すーはー」


「はい。落ち着いたところで質問です。シャーロットさんは、この物体がチンピラ三人組だと主張するんですね?」


「それ以外の何に見えますの」


 これは重症だ。

 早く何とかしないと。


「アンナ先生。どう見ますか?」


「……シャーロット。あのメニューの字、読める?」


 アンナは壁に貼ってある学食のメニューを指差す。


「当たり前ですわ。ハンバーグ、オムレツ、ビーフシチュー、ピザ、グラタン、ペペロンチーノ……いつものメニューですわ」


「どうやら目の異常じゃないみたい。やはり精神がやられている……」


 診断結果が下った。


「アンナ先生もそう思いますか……シャーロットさん。家族に連絡を。入院の必要があります」


「ふざけないでくださいまし!」


「いやいや、ふざけてませんって。これはチンピラじゃなくて、三匹のハクです。ねえ、ハク。ハクもあの絵は自分の顔に見えましたよね」


「ぴぃ」


 ハクは力強く頷いた。


「ほら、神獣がそうだと言ってるんですから、間違いないですよ」


「そ、そんな……どうして……少し芸術性を出しただけですのに……」


 シャーロットは青ざめ、ふにゃふにゃと椅子に座り込む。


「似顔絵に芸術性を出そうとした時点であれですけど、本当にお母さんに上手だと褒められたことあるんですか?」


「ありますわ! 庭に生えている花や街の風景をスケッチしていたら『上手なディアボロスね』と褒めてくださいましたわ!」


「うーん……風景のスケッチなのに、ディアボロスと言われた時点で察しましょうよ」


 ディアボロスというのは、Bランク指定のモンスターだ。

 古代遺跡の地下などによく出没すると授業で習った。


「しかし、上手と言われたのは確かですわ……確かですのよ……うっ、うっ」


 ついにシャーロットは本格的に泣き出してしまった。

 ローラたちは、困ったなぁ、という感じで顔を見合わせる。


「わたくしの絵は、そんなに下手くそですの? 上手だと思って生きてきたわたくしの人生は、全て偽りでしたの!?」


「いや、人生が偽りだなんて、そんな大げさな……」


 もっとも、人生はともかく、下手くそなのは確実だった。

 文化的衝撃を受けるほどの下手さだった。

 校内トーナメントの決勝戦でこの絵を見せられていたら、硬直して動けなくなり敗北していたであろうとローラがマジで思うくらい壊滅的画力だ。

 だが、プライドの高いシャーロットに事実をそのまま伝えたら、絵の修行をすると言って、また何週間か行方不明になるかもしれない。

 頑張ってオブラートに包んで伝えよう。


「ええっとですね。上手い下手は人によって意見が変わる可能性があります……でも、人前で絵を描くのは控えたほうがいいと思いますよ。正気を疑われるので」


 ローラ的にそれはオブラートのつもりだった。

 ところがシャーロットは、テーブルに突っ伏し、うわぁぁぁんと号泣する。


「ローラ……えぐい。そんなわざわざトドメをささなくても……」


「ロラえもん殿。言葉の暴力も立派なイジメでありますよ。早く謝るであります!」


「えぇ、私、そんなつもりじゃなかったのに……シャーロットさん、ごめんなさい!」


 ローラは必死に謝ったが、シャーロットはなかなか泣き止まない。

 そこで誠意を示すため、シャーロットが望む限り一生抱き枕を続ける、という話をしたら、ようやく許してもらえた。

 むしろ、かつてないほどのご機嫌な笑顔を見せてもらった。


 一方、人間たちに評判の悪いシャーロットの絵を、ハクは嬉しそうに見つめていた。

 やはり自分に似ているというのが神獣の芸術的感性に触れたらしい。

 そのこともシャーロットの元気に繋がる。


「つまり、わたくしの絵は、神でなければ理解できないほど神々しいということですわ!」


 色々あったが、何とかシャーロットが自信を取り戻してくれて一件落着だ。

 余計な体力を使ってしまったが、ミサキのおかげでいい感じの似顔絵も完成した。

 次は冒険ギルドに行って、聞き込みをしなければ。

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