第81話 ニワトリさんはオムレツの材料を産むので偉いのです

「んー、みんな朝から何を騒いでるんだよ」

「ベラ-、お腹すいたぜー」

「あれ? またアンナの友達が来てるの?」


 子供たちが目覚め、パジャマのまま庭にやって来た。

 チンピラたちが帰ったあとなので、ナイスタイミングだ。


「またオムレツをご馳走になりにきたんですよー」

「ぴー」


「なんだそうなのか。ローラは食いしん坊だなぁ」

「うちは貧乏なんだから遠慮してほしいぜ」

「でもまたハクと遊べるのは嬉しいわ。ミサキをモフモフもするわ!」


「ま、またしてもモフられるでありますか!?」


 ミサキは死刑を宣告されたような顔になる。

 しかし、立派な毛並の耳と尻尾があるのだから仕方がない。

 それを触りたくなるのは、生物としての本能である。


「さあ、皆。ニワトリ小屋に行って、卵を拾うわよ」


 ベラが言うと、子供たちは「うえーい」と走って行く。

 ローラとミサキも一緒に、うえーいと追いかけた。

 しかしシャーロットとアンナはついてこない。

 ニワトリに興味がないのだろうか。

 オムレツの材料である卵を産んでくれる偉大な動物だというのに。

 感謝の心が足りない。

 けしからん。これだから近頃の若者は。


「おお、これがニワトリ小屋でありますか。獣人の里にあるのと、さほど変わらないでありますなぁ」


「へぇ。獣人もニワトリを育てるんですね」


「卵は貴重な栄養源でありますよ」


「すると当然、オムレツも作るんですね!」


「オムレツは作らないでありますな」


「そ、それは駄目ですよ! ミサキさん、こんど獣人の里に帰ったら、ぜひともオムレツの作り方を伝えてください! 文明開化ですよ!」


「りょ、了解であります……!」


 美味しいオムレツさえあれば、人生における問題はほとんど解決したようなものだ。

 これで獣人たちも、よりよい人生を送ることができるだろう。

 ローラは人助けをした気分になり、しみじみと頷く。


「ローラちゃん、ミサキちゃん。オムレツを作るには、卵を拾わなきゃいけないのよ。手伝ってね」


「はーい」

「了解であります!」


 ニワトリ小屋には二十羽のニワトリがいた。

 敷き詰められたワラの上に転がっている卵の数も二十だ。

 一羽につき一個。

 ニワトリたちはほぼ毎日のように卵を産むという。本当に偉い。

 ローラは毎日オムレツを食べているのに、卵を一度も産んだことがない。

 だがニワトリは、麦とかクズ肉を食べているだけなのに、それらを体内で卵に作り替えてしまうのだ。

 不思議な話である。

 何も考えていないような顔で「コッコッコッ」と鳴いているニワトリだが、きっと人間には理解できない思慮深さを持っているのだろう。


「ぴー」


 ローラがニワトリへの感謝を覚えながら卵を拾い集めていると、頭からハクがぴょんと飛び降りた。

 そしてニワトリの群れに混じり、一緒に小屋の中をウロウロし始めた。

 ハクもニワトリも白いので、一見しただけでは違和感がない。


「つまり、ニワトリさんは神獣と同格の生き物だったんですねぇ」


「ロラえもん殿。その理屈はおかしいでありますよ」


「そうでしょうか? こうして見ると、ニワトリさんの歩き方はとても優雅ですよ。それに、ほら。赤いトサカが神々しいです。神獣とまではいかなくても、準神獣くらいの格はあると思います」


「はあ……ロラえもん殿がそう思うなら、そうなのでありましょうな。ロラえもん殿の中では」


 いまいちローラの思想が伝わらなかったらしい。

 しょせん、人間と獣人では分かり合うことができないということか。

 友達だと思っていたのに。

 ローラはとても悲しい思いになる。

 しかし、オムレツとニワトリと卵は、哲学であり芸術でもある。

 いわゆる三位一体。

 一朝一夕に理解できないのも、致し方ない。

 これからじっくり時間をかけ、ミサキにも布教していくとしよう。


「これで全部拾い終わったかしら?」


 ベラが皆に確認すると、子供たちが両手で抱えた卵をアピールする。


「俺、三つ拾ったー」

「俺も三つだぜ」

「私は二つー」


 ベラは四つ。ミサキは三つ。ローラは五つだ。

 これで二十個全て拾ったことになる。

 あとはニワトリに感謝しつつ、オムレツにして食べるだけだ。


「ハク。そろそろ戻りますよ。そこにいてもハクは卵を産めないんですから」


 しかしハクはニワトリの群れから出ようとしない。


「ぴっぴっぴっ」

「コッコッコッ」


 動きだけでなく、鳴き声まで似てきた。

 どうやらニワトリたちのことがすっかり気に入ったらしい。

 仲良しさんである。


「ハクちゃんはニワトリを襲って食べたりしないわよね?」


 ベラが尋ねてきた。


「ハクはそんなことしませんよー」


「じゃあ、しばらくここで遊ばせてあげたら? 私もニワトリも構わないわよ」


「おおっ、ではお言葉に甘えて。ハク、ニワトリさんのオーラを吸収するのです」


「ぴー」


 というわけで、ニワトリ小屋にハクを残して教会に戻る。

 そしてベラが作った、ふんわりとろとろオムレツを食べる。

 産みたてホヤホヤの卵を使ったせいか、昨日のよりも美味しかった。

 美味しさのあまり、ローラは失神しかける。

 そして皿を洗い終わってから、ハクを迎えに行く。


「さあ、ハク。いい加減、帰りますよ」


「ぴぃ……」


 ハクは名残惜しそうな声を出すが、ちゃんとローラの頭の上に飛び乗った。そして帰り際、ニワトリたちに前脚を振る。

 ローラも一緒に手を振った。

 そして、ベラと神父に改めて感謝の言葉を贈られ、帰路につく。


「いやぁ、チンピラさんたちを追い返し、ニワトリと触れ合い、オムレツを食べる。まだ午前中なのに、とても充実した時間でしたねー」


「楽しかったであります。ロラえもん殿たちといると、飽きないであります」


「今回はシャーロットがかつてない大活躍」


「ふふふ、これがわたくしの実力ですわ」


「ぴっぴっぴっ」


 全員がご機嫌で学園に帰る。

 そして、校門を潜った瞬間、自分たちが授業や仕事をサボって教会に行っていたという現実を思い出す。

 当然、午後はお説教タイムだった。

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