第80話 チンピラさんを撃退です

 ローラ、アンナ、ミサキは学園へ戻る。シャーロットは実家に金を取りに行った

 そして次の日の早朝、授業と学食の仕事をサボった四人は教会に集合した。

 ローラは授業を意図的にサボるのは生まれて初めてだったので、内心ドキドキしていた。

 チンピラの方はどうでもよかった。


 しかし神父とベラは、不安で一杯という顔をしている。

 無理もない。

 剣も魔法も使えない人が、ガラの悪い者たちと対決しなければならないのだ。

 何とも思っていないとしたら、それは逆に感覚がマヒしているといえる。


 だが、ここにはギルドレア冒険者学園屈指の実力を持った三人と、常人を遥かに超える身体能力を持つ獣人ミサキがいるのだ。

 おまけに借金全額分の金貨が用意されている。


「大丈夫です! 恐れるものなど何もありません!」


「ぴぃ!」


 教会の庭で、ローラは小さな胸を逸らす。

 その頭の上で、ハクも翼を広げる。

 アンナは剣を地面に突き立て、ミサキは虚空に向かって拳を突き出し、シャーロットは金貨が詰まった布袋を手にぶら下げてチンピラを待つ。


 ちなみに子供たちは朝早いのでまだ眠っている。

 そもそも彼らは借金の件を知らないのだ。

 なら最後まで知らないままの方がいい。


「あ、来たわ!」


 ベラが声を上げる。

 見れば、教会へ続く丘の道を、いかにもスネに傷のありそうな男三人が登って来た。


 熊と正面から殴り合えそうなほど体格のいいスキンヘッドの男。

 体の線は細いが妙に背が高く、蛇のような不気味な目をした男。

 中肉中背だが、袖から見える両腕にびっしり入れ墨が入った男。


 初対面なのにとても見分けやすい三人組だ。

 もっとも、今日でこの教会とは縁を切ってもらうので、顔を覚える必要はない。


「んだコラ! 冒険者学園の生徒が三人もいるぞ!」

「生意気にも用心棒を雇ったのかオラ!」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 彼らは「チンピラです」と自己紹介するより分かりやすいチンピラ的言葉遣いで語り出す。


「今日が約束の期日だぞコラ」

「お前らがどうしてもって言うから待ってやったんだぞオラ」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 スキンヘッドの男は紙の束をこちらに向けてビシッとつきだした。

 それは借用書の束だった。

 元々の債権者たちから集めたものだ。

 あれがある限り、この教会の借金はチンピラたちに債権がある。


「さあ、払えコラ。もっとも、こんな貧乏教会じゃ無理な話だろうがなコラ」

「払えねぇなら建物と土地を差し出せオラ」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 チンピラ三人は借用書を盾に凄んでくる。

 そんなチンピラで一番目立つスキンヘッドの顔面に、シャーロットは布袋を叩き付けた。

 文字通り、物理的に。


「ぐへあっ!」

「て、てめぇなにすんだオラ!」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 当然、彼らは青筋を立てて詰め寄ってきた。

 しかしシャーロットは澄まし顔で布袋をひっくり返し、地面に金貨をバラバラと落とした。

 チンピラたちはその輝きに視線を奪われた。

 むしろシャーロット以外の全員が視線を奪われた。


「これで借金は全額返済できるでしょう? 拾い集めて、とっとと帰りなさいな」


 シャーロットは上から目線で言う。

 だがチンピラたちは金貨を拾わない。


「な、なめんなよコラ!」

「てめぇが拾って渡せやオラ!」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 チンピラにもプライドというものがあるらしい。

 殴りかかりそうな勢いで怒鳴り散らす。

 が、そのとき。

 獣人ミサキが地面を思いっきり蹴飛ばした。

 その瞬間、バンッという轟音が鳴り響き、土煙が巻き上がる。


 驚いたチンピラたちは硬直するが、こちらの脅しは更に続く。

 アンナは素振りでつむじ風を起こす。

 シャーロットは十体もの氷の精霊を召喚する。

 ローラはとりあえずその辺に雷を落として見せ、ハクも口から炎を吐いた。


 チンピラはビビる。

 神父とベラもビビる。


「て、テメェら、何者だコラ!」

「なんでこんな強い連中がボロ教会に集結してるんだオラ!」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 チンピラたちはギャーギャー騒ぐが、ローラたちは無言で睨むだけ。

 その睨み合いにチンピラは屈した。

 地面に散らばった金貨を拾い集め、そそくさと退散しようとする。

 教会側の勝利だ。


 だが、シャーロットは最後に一声かける。


「ちょっとお待ちなさい! あなたがた、その借用書を置いて行きなさいな」


 チンピラたちは借用書の束を放り投げた。


「覚えていやがれコラ!」

「俺たちを舐めたらただじゃおかねーぞオラ!」

「兄貴、やっちまいましょう!」


 などと言いながら、丘の下へ走って行った。

 教会側の完全勝利だ。

 金貨は持って行かれたが、それは元より存在した借金なので、仕方がない。

 借用書はちゃんと取り返した。


「意外と呆気なかったですね!」


「ふふふ。わたくしがいたのですから、当然ですわ」


「まあ、お金を返したのですから、当然でありますなぁ」


「ぴー」


 と、呑気な様子のローラたちとは裏腹に、アンナは真面目な顔でチンピラが走り去った道を見つめる。


「まさか、こんな簡単に片づくとは……」


 まだ問題が解決したことが信じられない様子だ。

 というより、解決していないと思っているのかもしれない。

 確かに、疑問は残っている。

 まず、どうしてチンピラがこの教会の債権を買い占めたのか分からない。

 教会には返済能力がないのだ。

 建物と土地を奪っても……失礼だが、さほど儲けになるとも思えない。

 第一、チンピラ如きがどうやって債権を買い集める資金を用意できたのかも分からない。

 ゆえに、まだ裏があると考えるのが当然だ。


 しかし、チンピラたちがどんなつもりであろうと、借金は返済した。

 そして、単純な戦闘力でも圧倒している。

 心配事は何もない。


「勝利ですよ。圧倒的勝利です。シャーロットさんが金貨で相手をぶん殴ったおかげです!」


「やはり金持ちは強いでありますなぁ」


「シャーロット様々」


 ローラ、ミサキ、アンナは、手を合わせてシャーロットを拝む。

 神獣ハクも「ぴー」と言って前脚を合わせているが、おそらくこれはハク自身が意味を分かっていない。

 だが、神父とベラが手を合わせているのは本物だ。

 本物の神職による祈りだ。


「おお、主よ。救世主を遣わしてくださり、ありがとうございます」

「シャーロットちゃんがまさか天使だったなんて……」


 ローラたちとは違い、この二人は本気で祈っている。

 シャーロットを祈る対象だと、心底認めているのだ。

 当然、祈られたシャーロット本人は真っ赤になる。


「な、何なのですか! わたくしはアンナさんに少しばかりお金を貸しただけですわ! 崇められる筋合いはありませんわよ!?」


 というシャーロットの訴えは無視され、神父とベラは手を合わせ続ける。

 アンナもふざけて跪き、手を合わせた。

 せっかくなのでローラとミサキも一緒に跪く。


「シャーロット殿は偉大でありますなぁ」

「シャーロットさんは世界一です!」


 という感じで適当に褒めていたら、


「そ、そうですか……? ふふ、やはりわたくしは世界一!」


 と、本気にされてしまった。

 なんともチョロい人である。

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