第79話 借金返済し隊です
「んん? ちょっと待ってください。どうして見知らぬチンピラさんが、借金の返済を迫ってくるんです? その人たちからお金を借りたわけじゃないんですよね? まさか信者さんや商人さんたちが、借金の取り立てを依頼したんですか?」
突如、話に新キャラのチンピラが登場したので、ローラは疑問を挟んだ。
「えっと……どうしてだっけ?」
するとアンナもよく分かっていなかったらしく、ベラに助けを求めるような顔を向けた。
「それは、あの人たちが債権を皆から買い取ったからよ。脅すようにしてね」
「債権ってなんですか?」
聞き慣れない言葉にローラは首を傾げる。
すると、シャーロットが自慢げに説明を始めた。
「債権というのは、ようは『お金を返してもらえる権利』ですわ。ほら、貸した側を債権者、借りた側を債務者と言うでしょう」
「はあ、確かに聞いたことがあるような……その債権って売ったり買ったりできるんですか?」
「できますわ。それも額面どおりの金額で取引されるとは限りません。例えば金貨十枚の債権を、金貨五枚で売買するというのも可能ですの」
「へぇ……でも、それだと、もともとの債権者さんは金貨五枚分、損をしてますよね。それなのに売っちゃうことってあるんですか?」
「場合によってはありますわ。たとえば、金貨十枚を貸したのに、債務者に支払い能力がなく、金貨十枚どころか銅貨一枚も返ってくる見込みがない。この場合は、金貨十枚まるごと損してしまいます。そこに債権を金貨五枚で買いたいという者が現れたら、大抵の人は喜んで売るでしょう。半分だけでも返ってくるのですから」
「ふむふむ。しかし、債権を金貨五枚で買った人はどうするんですか? 債務者には支払い能力がないんですよね?」
「そこは、ほら。普通の人には使えない、非合法な方法を使うのでしょう」
「ははあ、なるほど」
ローラは感心して頷く。
いわゆるタコ部屋送りという奴だ。
噂によると、軟禁状態にされて、奴隷の如く働かされるという。
可哀想な話だが、借りた金を返さないとそういうことになってしまうのだ。
それにしても、シャーロットは金持ちだけあって、お金の話には詳しい。
もしかして、彼女の実家も誰かをタコ部屋に送ったりしているのだろうか。
恐ろしい。
ぶるぶる。
「シャーロットさん……タコ部屋の人たちには優しくしてあげてくださいね……」
「はあ!? わたくしとタコ部屋にどんな関係があるというのです!」
ローラの勘違いだったらしい。良かった良かった。
「債権の話は分かったでありますが、今回はどうしてチンピラ殿にそれが渡ったでありますか? 今まで誰も返済を求めてこなかったのでありましょう?」
「ええ。私たちも驚いたわ。一週間前の朝、突然ガラの悪い連中が借用書を持ってやってきて、全額すぐに払えって言うんですから。払えないなら教会と周りの土地を明け渡せと。その日は話だけで済んだけど……それで、貸してくれた人たちに事情を聞きに行ったら、いきなりチンピラがやってきて債権を売れと凄まれたらしいわ。皆、善良な人たちばかりだから、ああいう暴力を生業にした人種には弱いのね。もの凄く謝られたわ。本当は売りたくなかったんだけど、怖くて逆らえなかったって」
そう言ってベラはため息を吐く。
実際、ため息どころか、魂ごと吐き出したいほど切実な問題だろう。
あと十年かけて返済する計画だったのに、いますぐ払えと言われているのだから。
ローラはチンピラと、そして債権を売ってしまった人たちに憤りを覚えた。
しかしそのとき、今まで黙っていた神父が口を開く。
「本来、借りたお金はきっちり返すものです。それを今まで、皆さんの厚意をいいことにダラダラと返済してきた。そのツケが回ってきたのでしょう。ああ、しかし。私はどうなってもいい。ベラも一人で生きていけるでしょう。ですが教会を失ったら、子供たちはどうやって生きていけばいいのか……」
神父もまたうつむいてため息を吐く。
落ち込んでいてもお金が降ってくるわけではない。
だが、こんな小さな教会には、金に換える物すらないのだろう。
ブドウを収穫してワインにして売っていると言っていたが、チンピラたちがそんなに待ってくれるとも思えない。
第一、ワインが今すぐ完成したとしても、借金の全額返済には到底足りないはずだ。
「大丈夫。私が何とかする。あの借金は、私の薬のための借金。皆には本来、関係ない」
アンナは決意を秘めた声で静かに語る。
しかし、神父とベラはそれを拒絶した。
「なにを言うんだアンナ。君はこの孤児院の子だ。その病気を治すための薬を買うのは、孤児院全体の問題。君一人で背負ってはいけないよ」
「そうよ。個人の問題は個人で片付けるなんて言い出したら、孤児院の存在意義に関わるわ」
大人たちに説教されるが、アンナは毅然と言い返す。
「でも、一番稼げる可能性があるのは私。神父様とベラは、チンピラ相手にもう少し時間を稼いで。私が絶対にお金を用意する」
確かに、この教会で最も稼げるのはアンナだろう。
だが、それでも無理なものは無理だ。
一人では無理だ。
だから。
「アンナさん、私も協力しますよ!」
校則違反でもいいから、いっそドラゴンを狩ってしまおう。
またパジャレンジャーになって、更にその上からカミブクロを被れば、きっと学園にはバレないはずだ。
「私も微力ながらお手伝いするであります」
「ぴー」
ミサキとハクも声を上げる。
頼もしい。
皆で力を合わせれば、どんな金額でも稼げるだろう。
「いや、でも、ローラたちには本当に関係ないし……」
「聞く耳持ちませんよアンナさん! アンナさんが嫌と言っても、力を貸しますからね! だって借金返さないと、アンナさんは放課後の特訓に付き合ってくれないんでしょう!?」
ローラは久しぶりに心の底から叫んだ。
親友のピンチだなのだ。
「アンナさんに『助けてくれなくてもいい』と言われたから『はい、そうですか』と見過ごした――そんな選択をしたら、私は一生後悔します! アンナさんは私にそんな思いをさせるつもりですか!」
たとえ相手が嫌がろうとも、ここは強引に助けるときだ。
その結果、嫌われたとしても、だ。
「ローラ……」
か細く呟いたアンナの目に、涙がにじんでいた。
普段、さほど感情を表に出さないアンナが、泣いているのだ。
きっと、それだけ辛かったのだろう。
それを思うと、ローラの胸の奥にも熱いものが込み上げてきた。
「さあ、ここに借金返済し隊を結成しましょう! 返済計画を建てるのです!」
「ロラえもん殿。やはりここは古代遺跡に潜って、財宝を探すであります。奥に潜れば潜るほど、まだ発見されていないお宝があるはずであります。それを見つければ、借金など物の数ではないであります」
「ナイスな作戦ですよミサキさん。でも、遺跡に潜るとなると何日もかかっちゃいますね。神父さん、ベラさん。次にチンピラさんたちが来るのはいつですか?」
「それが、明日の朝なのよ……」
ベラは困った顔で言う。
「明日! しかも朝! うーん……流石にそれは間に合いませんね。もうちょっと待ってもらわないと」
「じゃあ、明日の朝、皆でチンピラたちを物理的に説得するというのは?」
「アンナさん、冴えてます! どうせなら物理的説得で借金を帳消しにしてもらいましょうよ!」
「それはちょっと法律にひっかかると思う」
「そうですか……じゃあ待ってもらうだけにしましょう。ところでシャーロットさん、さっきから黙ってどうしたんですか? いつもなら真っ先に声を上げるのに。ま、まさか協力しないとか言い出しませんよね!?」
おおむねいつも騒がしい印象のシャーロットだが、なぜか今は何も発言しない。
普通なら『わたくしの考えた名案』とか語り出すはずなのに。
お腹でも痛いのだろうか。
「いえ、その……盛り上がっているところ申し訳ないのですが……とりあえず明日はわたくしが全額立て替えてしまえば、それで済む話ですわよ? さっき聞いた金額くらいなら、お父様にお願いすれば、無利子無担保無期限で貸してくれますわ」
貧乏人が一生懸命に知恵を巡らせているとき、金持ちがさも当然という顔で解決策を出してきた。
せっかくこれから熱い友情で団結して問題に立ち向かおうとしていたのに。
感動が台無しである。
「そうですか! 流石はお金持ちですね! ありがとうございます!」
「どうして少し不満そうですの!?」
「不満なんてないですよ! ただちょっと、お金持ちって本当にお金持ってるんだぁと思っただけです!」
「そ、そうですの……?」
シャーロットは曖昧な顔になる。
しょせん、金持ちには庶民の気持ちは分からないのだ。
「シャーロット」
アンナは椅子から立ち上がり、シャーロットの隣まで歩み寄った。
そして、不意に彼女へ抱きついた。
何が起きたのか分からないという表情をするシャーロット。
ローラたちも、何事かという顔で見守る中、
「……ありがとう」
アンナは短く、しかしハッキリと感謝の言葉を口にした。
それを聞き、シャーロットの表情は、驚きから照れくさそうなものへと変わる。
「いえ、その、友人として当然ですわ。ただし、立て替えるだけですわよ? 何十年先でもいいので、ちゃんと返してくださいな!」
「分かってる……シャーロットとは何十年も友達」
「ア、アンナさん……!」
シャーロットはアンナを抱き返し、目から涙をこぼす。アンナも泣く。それを見た神父とベラも泣いた。
無論、ローラとミサキも感動してもらい涙だ。
その場にいる全員がぐずぐずと泣く最中、ハクだけはマイペースにテーブルの上でスヤスヤと寝息をかいていた。
かくして借金返済し隊は、活動を始める前に解散したのである。
しかし、それにしても、チンピラたちは何のために債権を買い占めたのだろうという疑問は残る。が、とにかく金銭的にはシャーロットがいる以上、無敵なのである。
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