第76話 シスターさんもモフります
教会の裏口から中に入ると、そこで待ち構えていたのはアンナではなく、若いシスターさんだった。
もちろん、若いと言ってもローラたちよりは年上だ。
エミリア先生と同じくらいの年齢だろう。
そのシスターさんはローラたちを見るなり、「あらあらあら」と呟きながら、目を輝かせて歩み寄ってくる。
「その制服。アンナと同じ冒険者学園の子ね。さてはローラちゃんにシャーロットちゃんでしょう。それと獣人の子はミサキちゃん。そして白いドラゴンの赤ちゃんはハクちゃんね」
「ぴー」
名前を呼ばれたハクは、ローラの頭の上でモゾモゾ動き、誇らしげに鳴いた。
それにしても、教会のシスターさんがなぜローラたちのことを知っているのか。
どうもアンナから聞いたような口ぶりだが、彼女はそう頻繁にここを訪れているのか。
そもそも、教会とアンナはどんな関係なのだろう。
疑問が次々と湧き上がってくる。
「えっと……私たちはアンナさんに会いに来たんですけど」
「ああ、はいはい。そうよね、アンナのお友達だもんね。よかったわぁ、あの子、昔から無口だから。ちゃんと友達を作れるか心配だったのよ。それも、こんな可愛い子が三人も。ミサキちゃんなんて耳まで生やしちゃって」
シスターさんはミサキの狐耳をモフモフし始める。
「く、くすぐったいでありますよぉ」
ミサキはバタバタを手を振り回し、シャーロットの背中に隠れてしまう。
「ああ、ごめんなさい。可愛かったからつい」
「獣人の耳と尻尾は急に触ってはいけないであります。どうしてもというときは、先に言って欲しいであります。心の準備を決めるであります」
ミサキは人がいいので、どうしてもと拝み倒すとモフらせてくれる。
ローラたちはよく学食が空いている時間帯に行って、モフらせてもらっていた。
しかし、心の準備を決めてもくすぐったいものはくすぐったいらしく、ジッと押し黙ってプルプル震えている様子は実に愛らしい。
「……ベラ。気持ちは分かるけど、初対面の人の耳を弄るのは変質者のやること」
廊下の奥からアンナが現れた。
「そんな、変質者だなんて! そんなことないわよね!?」
ベラと呼ばれたシスターさんは、ローラたちを見て同意を求めてきた。
だが、そうやって考えてみると、確かに変質者かもしれない。
ローラだって、いきなり耳をモフったりはしなかった。
最初は尻尾だった。
会ったばっかりで耳を弄るなんて、そんな失礼なことはしないのである。
「皆の目が冷たい……ううっ、やっぱり私なんて生きてる価値もないのね!」
「落ち着いてベラ。誰もそこまで言ってない。特にローラは、オムレツを食べさせたらすぐに尊敬の目差しで見てくれるから」
「む。アンナさん、それはちょっと酷いんじゃないですか? 私はそんな安い女じゃないですよ」
「と、言いつつ、ヨダレが出てる」
「はうっ!?」
ローラは慌てて口元を拭った。
確かにヨダレが出ていた。
「オムレツ? ああ、そう言えば、ローラちゃんはオムレツが好きなのよね。だったら任せて。今朝とれたばかりの卵があるから。最高に美味しいオムレツを作ってあげるわ」
今朝、とれたばかりの、卵!
最高に、美味しい、オムレツ!
「ローラさん、もう尊敬の目差しになっていますわよ」
「安い女でありますなぁ」
「だ、だって仕方がないじゃないですか。今朝取れたての卵でオムレツなんですよ!? 期待しないほうが変ってものです。というわけでベラさん。私の期待に応えてください!」
「分かったわ! 任せておいて。オムレツは得意料理よ」
流石は神に仕えるシスターだ。
オムレツが得意とは、何が人類の役に立つのかよく分かっている。
「ベラぁ、お腹すいたぜ。晩ご飯まだかよー」
「育ち盛りなんだからなぁ。ちゃんとお腹一杯にしてくれよ」
「神父様なんかお腹減りすぎてグニャッてなってるわよ。神父様は育ち盛りじゃないけど」
奥の部屋から、少年二人と少女一人が現れた。
年齢はローラよりも更に幼い。
孤児院の子供たちなのだろう。
「あれ? お客さん?」
「アンナ姉ちゃんと同じ制服だ!」
「アンナお姉ちゃんがいつも言っていたお友達? 実在したのね!」
子供たちはローラたちを見て、まるで幻の財宝でも発見したかのような目差しを向けてくる。
やはりアンナはここに入り浸っているようだ。
「アンナさんはここの孤児院とどんな関係なんですか?」
ローラがそう質問すると、ベラは意外そうな顔をした。
「あら。アンナから聞いてないの? アンナはこの孤児院で育ったのよ」
「ええっ、そうだったんですか!?」
入学以来、ずっと一緒に過ごしてきた親友が、孤児院の出身だった。
だからどうしたというわけでもないが、驚きの事実なのは間違いない。
「まあ……そういうこと……」
アンナは恥ずかしそうに頬をポリポリかいた。
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