第75話 丘の上の教会です
ホーンライガーの死体を冒険者ギルドに卸したアンナは、学生寮とは別の方向へと歩き始めた。
やはり怪しい。
もうすっかり日が暮れているのに帰らないなんて、絶対にただ事ではない。
「もしかして……アンナ殿は通い妻をしているのでは?」
ミサキが急にとんでもないことを言いだした。
「通い妻って、ええっ!? アンナさんが、そんなまさか!」
「いけませんわ! 不純異性交遊ですわ!」
「しかし、こんな時間に学園の外に用事があるなんて変でありますよ」
「じゃあアンナさんは、男に貢ぐためにモンスターを倒していたということですの!?」
そんな馬鹿な、とローラは思おうとした。
だが、アンナはかなりの美少女だ。
男にもてないわけがない。
それに、ローラたちはアンナの私生活をほとんど知らなかった。
学園に入学する前に何をしていたのかも、さっぱり分からない。
裏でどんなことをしていても、不思議ではないのだ。
「と、とにかく追いかけましょう。案外、稼いだお金でお菓子を買い占めて一人で食べるだけかもしれません」
「こんな時間にお菓子屋さんが開いていますの?」
「夜限定のお菓子屋さんなんですよ、きっと!」
「夜限定とか、いかがわしい気配がするであります……」
「ぴー」
様々な憶測が流れる中、アンナは王都の外れへと向かっていく。
そこには小さな丘があった。
丘の上には古ぼけた教会が建ち、その周りにはささやかなブドウ畑が広がっている。
とてものどかで綺麗な景色だ。
王都にこんな場所があるとは知らなかった。
しかし、いくら素敵な景色だからといって、アンナがそれを見るためだけに立ち寄ったとは思えない。
「アンナさん、教会の裏口から入っていきましたよ。まさか、教会の中で怪しい男と逢い引きを!?」
「アンナ殿が男にたぶらかされてしまうであります!」
「いえ。この教会は確か、孤児院をやっていたはずですわ。いくらなんでも孤児院で逢い引きはしないと思いますわ」
「へえ……孤児院なんですか」
孤児院ということは子供が沢山いるはずだ。
確かに、わざわざそんな場所で男とコソコソ会うというのも変な話だ。
第一、アンナが男と会っているというのは、ローラたちの勝手な妄想で、証拠は何もない。
だが、アンナの目的は依然として不明のままだ。
むしろ謎は深まるばかりである。
「中を覗いてみればハッキリするでありますよ」
「覗きは犯罪ですわ!」
「けど、アンナさんが何をしているか気になります。こっそり見てみましょう」
バレなければ犯罪ではないのだ。
というわけで、ローラたちは教会の裏へコソコソと回る。
前の方は色つきのステンドグラスになっていて中が見えないが、裏は住居になっているらしく、普通の窓や煙突があった。
そして、明かりが漏れている手頃な窓を見つけた。
「流石に全員でやると目立ちますわね」
「ロラえもん殿が適任であります。小さいから目立たないであります」
「むむ……そんな極端に小さいわけではないと思いますが……分かりました。引き受けましょう」
大任である。
小さいのに大任というのも妙な話だが、これも全てアンナのためだ。
「うーん……窓が高くて見にくいですね。しかし、私が見にくいと言うことは、発見される可能性も低いということです!」
窓の前でローラは背伸びし、何とか部屋の中を覗こうとする。
しかし、そのとき。
窓が内側から開いたではないか。
そして、アンナが冷ややかな目でこちらを見下ろしている。
「アンナさん……! どうして分かったんですか!? 私には中が見えないのに、中からは私が見えたんですか!? どんな仕組みです!」
「いや、ローラはチラッとしか見えなかったけど、ハクが思いっきり見えてたから」
「え」
言われてみれば、なるほど。
ローラの頭の上にはハクが乗っかっている。
そのせいで実際の身長よりも目立ってしまうのだ。
「くっ、これは盲点でしたわ!」
「ハク様が神々しすぎて隠れることができなかったであります」
シャーロットとミサキも悔しそうにする。
作戦は完全に失敗だ。
こうなったら、アンナに直接聞くしかない。
「単刀直入に尋ねます。アンナさんはここで何をしているんですか? ホーンライガーと戦ってまでお金を集めて……校則違反ですよ!」
「先生方に見つかったら説教五時間コースは覚悟しなくてはいけませんのよ!」
「アンナ殿が心配だったであります。決して面白半分ではないでありますよ」
そうだ。
ローラたちは真剣にアンナが心配でここまで来たのだ。
そもそもギルドレア冒険者学園の生徒は、衣食住が保証されている。だというのに金銭的に困っているというのは、ただ事ではない。
「ホーンライガーと戦っているところまで見られていたとは……仕方がない。そんなに知りたいなら教えてあげるから、中に入って。晩ご飯も食べていけばいい」
アンナは観念したように呟く。
随分アッサリ教えてくれるのだなぁとローラは意外に思った。
つまり、後ろめたいことをしていたわけではないらしい。
そのことに安心しつつ、放課後にホーンライガーを狩ってから孤児院に寄らねばならない理由とはなんだろうか、と首を傾げる。
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