第69話 ミサキさんとイチゴパフェです

 先代ハクの死は、オイセ村の獣人全員を悲しませた。

 その魂を天界に送るため、早朝、巫女であるミサキが洞窟の前で神楽を踊った。

 そして遺体は、手分けして土に埋められるという。


「ロラえもん殿たちにはお世話になったであります。先代様は私たちで埋葬するであります。新しいハク様のことをよろしくであります」


 そして一行は王都に帰還する。

 ローラたち三人は、寮に帰ってハクと一緒に風呂に入り、部屋で休むことにした。

 ただ獣人たちと話し合いをするだけの予定だったのに、思ったよりも色々なことが起きて精神的に疲れたのだ。


 大賢者はあの六人の盗賊を次元倉庫に入れ、衛兵のところに持って行くと言っていた。

 それにかんしては、一任してしまって問題ないだろう。

 もともと盗賊なんて、ローラの眼中にない。

 先代ハクと小さいハクの周りを飛んでいた、羽虫のようなものだ。

 重要なのは、残りの夏休みを遊び尽くすことである。

 他にも何かあったような気もするが、思い出せないということは、さほど重要ではないのだろう。


 次の日。

 三人と一匹でくっついて寝ていると、早朝に扉がドンドンドンと激しくノックされた。


「何ですの、こんな時間から……」


 シャーロットは文句を言いながら起き上がる。抱っこされていたローラも一緒に起き上がることになった。

 寝ていたいのに無理矢理抱き起こされ、その上、激しくノックされては安眠など夢のまた夢だ。


「ぴー……」


 布団の上で丸まっていたハクも嫌そうに顔を上げる。

 だが、アンナだけは熟睡したままだった。

 尊敬に値する。


 それにしても、本当に誰がノックしているのだろう。

 壁掛け時計を見れば、針は六時を指している。

 ローラたちが激しく寝過ごし、そして太陽と月が酔っ払ったのでなければ、今は朝の六時だ。


「文句を言ってやりますわ……!」


 シャーロットは兎の着ぐるみパジャマ姿のまま、扉を開いた。


「ちょっと、何時だと思っていますの……って、ミサキさん!?」


 扉の向こうにいたのは、獣人の巫女、ミサキだった。


「おお、シャーロット殿。可愛らしい兎姿でありますな!」


 そう言ってミサキはシャーロットに抱きつき、床に押し倒す。


「な、何ですの、いきなり! くすぐったいですわ!」


 シャーロットはじたばたもがくが、ミサキは放さない。

 兎と狐がじゃれあっている姿はとても微笑ましい。

 が、朝早くから近所迷惑だ。

 夏休みも終わりに近づき、実家に帰っていた生徒たちも戻りつつある。

 力尽くでも止めなければ。


「ミサキさん、覚悟!」


 ローラはミサキに飛びかかり……その尻尾をモフモフした。


「ひゃああ! くすぐったいであります!」


 ミサキの弱点は尻尾である。ここを攻撃すると、彼女はすぐに悶絶してしまう。

 相手の弱点を突くのは卑怯かもしれないが、シャーロットを救うためには仕方がない。

 決してモフモフしたかっただけではないのだ。


「ううむ、シャーロット殿のパジャマが可愛すぎて我を見失ったであります。しかし、見ればロラえもん殿もアンナ殿も可愛いですな! 私を誘惑して何のつもりでありますか?」


「誘惑なんてしてませんよ。ミサキさんこそ、どうしてここに? しかも朝早くから」


「早いでありますか? 獣人的には普通の時間でありますが……私がここにいるのは、私が巫女だからであります!」


 はて?

 巫女であるということが、なぜローラたちの安眠を妨害する正当な理由になるのだろう。

 意味が分からずローラとシャーロットは顔を見合わせる。

 人間と獣人の文化の違いというやつかもしれない。


「不思議そうな顔をしないで欲しいであります。巫女は神様のために神楽を踊ったり祈祷したりするであります。そしてオイセ村で祭っていた神獣ハク様はここにいるであります。というわけで、私は王都に派遣され、ハク様のお側にいることになったであります。これは村の決定であります!」


「おお、するといつでも遊べますね! 王都のどこに住むんですか?」


「この寮の空き部屋であります。大賢者殿の許可は既にもらっているであります!」


 なんと。

 流石は大賢者だ。動きが早い。


「というわけで皆さん、よろしくであります。ハク様は私などに興味ないかもしれませんが、おそばに置いて欲しいであります」


 ミサキは布団の上にいるハクへ向かっておじぎをする。


「ぴー」


 するとハクは飛び上がり、ミサキの頭の上に乗っかった。

 ミサキはとびきりの笑顔になる。

 まるで部屋にひまわりが咲いたような気分になるほどの笑顔だった。


「ハ、ハク様に認められたであります! 巫女として本懐であります!」


「ぴぃ」


 ハクは前脚でミサキの頭皮をムニムニと弄っている。

 それが何を意味する行動なのかは不明だが、少なくともハクはミサキを気に入ったらしい。

 仲が良いのは素晴らしいことだ。


        ※


 お近づきのしるしにと、ローラたちはミサキを学園の食堂に連れて行き、皆でイチゴパフェを食べることにした。

 この食堂のイチゴパフェは絶品なのだ。

 オムレツだって美味しい。それ以外のメニューも悪くない。


「おお、これが噂に聞くパフェというものでありますか。何という美味! 舌の上でとろけるであります!」


「ぴー」


 ミサキとハクはイチゴパフェを食べ、幸せの絶頂のような顔になった。

 この食堂のメニューは全て無料なので、無料の幸せである。

 安上がりで実によい。


「それにしても……ハク様、前脚でスプーンを使うとは器用であります。凄いであります」


「本当ですね。一体いつの間にこんな技を覚えたのでしょう?」


「ぴ!」


 ハクはドヤ顔だった。

 しかし本当に凄いのだから誇るのも無理はない。

 後ろ脚だけでテーブルの上に立ち、片方の前脚でスプーンを持ち、もう片方でパフェの容器を押さえる。

 こんな器用な真似をする動物を見たのは初めてだ。


「それはそうと、アンナさんはいつになったら目を覚ますんですかね?」


 ミサキが扉をノックしても、そのあと騒いでも、アンナはまるで目を覚まさなかった。

 だが一人部屋に残して行くのも可哀想なので、背負ってここまで連れてきた。

 しかし未だに眠っている。椅子に座って鼻提灯を膨らませている。


「アンナさんがマイペースなのはいつものことですわ」


「それはそうですけど……」


「すやぁ」


 ローラたちは私服に着替え、こうしてイチゴパフェを食べているのに、アンナだけは着ぐるみパジャマのままで夢の世界。

 ちゃんと起きて皆で遊んだほうが楽しいに決まっている――と言いたいところだが、アンナの寝顔があまりにも幸せそうだったので、ローラは考えを改めた。

 起きたくなったら、勝手に起きるだろう。きっと。


「あ、みーつけた。全員そろってるわね」


 イチゴパフェを食べ終わった頃、大賢者が食堂にやって来た。


「学長先生。ミサキさんが来るなら先にそう言ってくださいよ。びっくりしたじゃないですか」


「ぴー」


「あら、ごめんなさい。でも、私だって朝の五時に叩き起こされたのよ。ミサキがいきなり家まで来て、『大賢者殿、今日から王都に住むことになったでありますー』って。獣人って朝早いし、やることが唐突だし、困っちゃうわ」


 すると大賢者もローラたちとさほど変わらない立場なわけか。

 それなら仕方がない。


「面目ないであります。次からは気をつけるであります」


 ミサキはさほど悪びれていない様子だ。

 どうやら獣人にとって、早朝に叩き起こすというのは悪行ではないらしい。

 早く人間社会の掟を学んで欲しいものだ。

 次に朝早く騒いだら、モフモフの刑に処す。


「それはそれとして。昨日、衛兵にあの盗賊たちを突き出したんだけど。あいつら、あれでも有名な盗賊団だったんですって。何だっけ……灰色の夜、だったかしら?」


「灰色の夜ですか……知りませんねぇ」


「まあ、盗賊団なんてどうでもいいんだけど。突きだしたついでに女王陛下のところに遊びに行って、神獣ハクを学園で預かることになったのを報告したら、ぜひハクとローラちゃんたちに会いたいって言われちゃって。というわけで、あとで女王陛下が学園に来るらしいから」


「へえ、そうなんですか……」


 ローラは何気なく返事をした。

 が、大賢者の言葉の意味を改めて噛み締め、理解し、悲鳴を上げた。


「女王陛下が私たちに会いに学園にっ? 今日ですかッ!?」


「そう。今日」


 大賢者はあっけらかんと答える。

 しかし、これは大ごとだ。

 なにせ女王陛下といえばこの国で一番偉い人だ。

 偉い人がわざわざ自分如きに会いに来てくれるというのに、ローラは普通の服しか持っていない。


「こ、こんな庶民丸出しの服で女王陛下に会うなんて恥ずかしいですよ!」


「じゃあ制服を着たらいいじゃない。ギルドレア冒険者学園の制服なら、どこに出ても恥ずかしくないわよ」


「なるほど……確かに制服なら礼服の代わりになりますね……じゃあアンナさんは? 着ぐるみパジャマのまま寝てますけど……勝手に着替えさせるんですか?」


「うーん……着ぐるみパジャマのままでいいんじゃない? 可愛いし」


「よくないですよ! アンナさん、起きてください。女王陛下が来るらしいですよ!」


「むにゃむにゃ……」


 ゆすってもアンナはなかなか起きてくれない。

 しかしハクがその爪で鼻提灯に触れると、パーンッと盛大な音とともに割れ、アンナは目を開いた。


「……爆発?」


「いえ。アンナさんの鼻提灯が割れた音です!」


「なるほど。よくあること」


 よくあることなのか。

 最近アンナのことが分かってきたと自負していたローラだが、また謎が深まってしまった。

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