第66話 何者かの攻撃です

 盗賊団『灰色の夜』はオイセ村の近くまで来ていた。

 リーダーである斧使いは、一人に偵察を命じ、自分を含めた五人で待機することにした。 灰色の夜のメンバーは全員、かつて優れた冒険者だった。

 ゆえに正面から襲いかかっても、獣人たちを皆殺しにするのは容易い。

 だが、念には念を入れ、状況を確かめてから行動に移すのが、灰色の夜のやり方だった。


「よう、待たせたな」


 帰ってきた偵察係は、村の状況を簡潔に説明する。


「洞窟の前を通ったが、奥から凄まじい気配が漂ってきた。親ハクはまだ生きてるな。しかし、卵を産んだ以上、相当に弱っているはずだ。それから卵のほうだが、もう孵ってやがった。その祝いか、村の真ん中に獣人たちが集まって、宴をしてやがる」


「孵っていたか……だが、問題ないだろう。いくら神獣でも、生まれたては小動物みたいなもののはずだ。生け捕りにすれば、高く売れる」


 神獣をペットにする――。

 普通の人間なら畏れ多くて思いつきもしない発想だが、そんな不謹慎極まることやりたがっている金持ちは多い。

 そして灰色の夜は、そんな金持ちたちとのコネクションがある。

 今までも盗品は、そのコネクションを使って売りさばいてきた。


「生け捕りが無理だったらどうするんだ?」


「そのときは仕方がない。殺す。値は落ちるが、死体でも買いたがる奴はごまんといる。神獣の親子の剥製なんて、好事家の趣味にぴったりだろ。どのみち親を殺すんだ。もう一匹殺しても同じだろうさ」


 盗賊たちは口の端を吊り上げ、声を出さずに笑った。

 神殺し――。

 社会のゴミのような自分たちが、神聖なる存在をこれから殺すのだ。

 それを思うと、ゾクゾクしてくる。

 自分たちを爪弾きにしてきた世の中への、素晴らしい復讐になる。


 なにせ神獣は一種につき一匹だ。

 つまり親と子の両方を殺せば、その時点でハクという神獣は滅びてしまう。

 無数にいる神獣の一柱を滅ぼしたところで、世界が大きく変わるわけではない。

 それでも、取り返しのつかない爪痕になるのだ。

 今まで灰色の夜がやってきた犯罪とは、根本からして違う。


「ところで一つ気になることがある。オイセ村には獣人しか住んでいないはずなのに……人間の小娘が三人もいたんだ。しかも内一人は、ギルドレア冒険者学園の制服を着ていた」


「ほう、あそこの生徒か……」


 壮年の剣士が、低い声で呟いた。

 彼は元々、ギルドレア冒険者学園の生徒だった。

 しかし、あの学園は実力のない者には容赦しない。

 どうしても二年から三年に進級できなかった彼は、自ら学園を去り、そして独学で剣を磨いた。

 やがて自力でCランク冒険者まで上り詰めた。

 そのことは彼の誇りだった。

 しかし、あるときパーティーを組んだ相手は、ギルドレア冒険者学園の卒業生だった。

 そいつは、卒業できなかったことを馬鹿にしてきた。落ちこぼれだと愚弄した。

 誇りを傷つけられた彼は、相手の脳天を剣で真っ二つにした。

 それ以来、お尋ね者となり、盗賊へと身を堕とした。


「その生徒、俺が殺すぞ。いいな」


「ああ、好きにしろ。しかし、なぜ獣人の里に人間がいるのか気になる。殺すのは、それを確かめてからだ。いいな?」


 斧使いは念を押す。


「分かっている。なぁに、学園に通っているエリート様など、指を何本か折ってやればすぐに吐く」


 ギルドレア冒険者学園に対するコンプレックスを丸出しにする彼だが、誰もそのことを笑わなかった。

 灰色の夜のメンバーは、誰しも似たような過去を持っている。


 圧倒的に優れた才能に打ちのめされた者。

 自分は勇気があると思っていたのに、土壇場で仲間を見捨てて逃げ出してしまった者。

 逆に仲間に裏切られ、汚名を着せられた者。


 境遇は様々だが、共通しているのは、挫折を味わったということ。

 正道から外れてしまったということ。


 一度外れたとしても、努力次第ではまた元の道に戻ることができたはずだ、なんて正論を言ってくる奴は全員ぶち殺した。

 そんな正論をそのまま実行できる者は、生まれつき何かを持っている者だ。


 普通の人間は、そこまで心が強くない。

 灰色の夜のメンバーは、普通の人間だった。

 普通の癖に一流になろうとして失敗したのだ。

 そして正道を外れたからには、いっそ堕ちるところまで堕ちてやろうと開き直った。


 外道ならば、もしかしたら一流になれるかもしれない。


 いいや、もう既に一流の悪だ。

 灰色の夜は、ファルレオン王国を暴れ回る最強の盗賊団だ。

 神殺しすら恐れはしない。


「よし。それじゃあ、まずは獣人たちを皆殺しにして、子ハクと人間の小娘たちを捕らえるぞ。まあ、さっき言ったように、難しいようだったら生け捕りじゃなくてもいいんだがな」


 斧使いの指示とともに、灰色の夜は動き出した。

 自分たちがこれから襲おうとしている者たちに何が混ざっているのか、知るよしもなかった。


        △


 長老たちの会議は、意外と白熱したらしい。

 神獣ハクとともに暮らしているというのは、オイセ村の獣人たちにとって誇りなのだ。

 いくら先代のハクがローラに我が子を託したからと行って、「はいそうですか」と頷きたくない者が沢山いた。

 とはいえ、長老が直々に先代ハクの言葉を聞いたのだ。

 おまけにローラは、あの大賢者が学長を務める学園の生徒である。

 オイセ村から王都まで、徒歩でも一日で行ける距離だし、とりあえず預けて様子を見るべきという意見で最終的にまとまった。


 これでローラは、二学期からも生徒でいられる。

 父親を説得したり、神獣を帽子にしたりと、波瀾万丈の夏休みだった。

 あとは『夏休みの宿題』という最強の敵も残っているが、これは考えないことにする。


「ローラ殿。今回はハク様のことで色々とお世話になりました。これからもお手数をおかけすると思いますが、どうかよろしくお願いします」


 長老に頭を下げられ、ローラも慌てておじぎをする。


「こ、こちらこそ。ハクは私が頑張って育てるので安心してください!」


「ぴー」


 ローラの腕にしがみついていたハクも、一緒に首を動かした。もっとも、意味が分かってやっているのではないだろう。


「では、問題が解決したところで、パァァッと宴といきましょう。村で育てた野菜や、森で採れたキノコなどを使った鍋を用意しましたぞ」


 そう。

 村の中央では大鍋がグツグツと煮え、そこから美味しそうな香りが漂っているのだ。

 ローラはさっきからそれが気になって気になって仕方がなかった。

 しかもハクのせいでお魚があまり食べられなかったので、お腹が減っている。

 ご馳走してくれるというなら、喜んで食べよう。


「オイセ村で育てた野菜は本当に美味しいであります。どんどん食べるであります」


 ミサキに言われるまでもない。

 ローラのみならず、シャーロットとアンナも目を輝かせて獣人たちの輪に加わり、一緒に鍋を囲む。

 そして渡された皿に盛られたスープは琥珀色に輝き、見るからに美味しそうだ。

 スプーンで一口飲む。

 なんと濃厚な味だろうか。

 それから肉の塊を食べる。これは牛肉だ。とろけるほど柔らかい。


「ぴー」


 ハクも地面に座り、自分の皿に口を付け、スープをゴクゴク飲む。

 とても満足そうな鳴き声だ。

 神獣も納得の味ということである。


「何という美味しさ。獣人の料理は凄い」


「大変素晴らしいですわ。ガザード家でここのお野菜を仕入れたいくらいですわ」


 アンナもシャーロットも笑顔でスープを飲む。

 この村に来るまでローラは、獣人と仲良くできるのかと若干不安だったが、まるで問題なかった。

 世の中、食べ物が美味しければ大抵の問題は解決してしまうのだ。


「ガザード家といえば、あの魔法使いの家系ですな。もし本気でオイセ村の野菜が欲しいなら、取引しますぞ。この村はたまに人間の商人がやって来ますからな。他の獣人の里よりも柔軟なのです」


 長老はそう語ってから、ニンジンを口に入れる。


「それは素晴らしいですわ。では今度、実家に帰って父と母に相談してみますわ」


 いくら美味しいからといって、個人でこんな山奥から野菜を仕入れようとは、金持ちは発想が違う。

 シャーロットの実家はどのくらい大きいのだろう。

 ぜひ一度、遊びに行ってみたいものだ。


「ところで、学長先生はまだ洞窟ですか?」


「ふむ……そう言えば姿が見えませんな」


 呼びに行く必要は、ないだろう。

 むしろ邪魔をしてはいけない。

 大賢者と先代ハクが語り合うのは、きっとこれが最後だから。


        △


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです!」


 スープを食べ終わったローラたちは、獣人たちに礼を言った。

 すると彼らは笑顔になり、「どういたしまして」と返ってくる。


「皆さん、今日はこれからどうするでありますか? もうすっかり暗くなってしまったでありますが……泊まっていくなら、部屋を用意するでありますよ?」


「うーん……学長先生が帰ってこないし、泊まったほうがいい気がしますね」


「同感。お腹一杯で今から動きたくない」


「まあ、アンナさんったら、はしたないですわ。乙女は腹八分目ですわよ」


「そういうシャーロットだって沢山食べてた」


「わ、わたくしはあれでも八分目なのですわ!」


「胃袋が凄く大きいってこと?」


「ぐぬ……!」


 シャーロットがアンナに言い負かされた、そのときである。

 ローラは、村の外からこちらを狙う敵意を感知した。

 同時に、攻撃魔法がこちらに飛んでくる。


「皆さん、伏せてください!」


 叫んでみたものの、誰も反応してくれない。

 当然だ。

 今まで団欒していたのに、急に危機感など持てるわけがない。

 ゆえにローラは皆を守るため、ドーム状の防御結界を張り巡らし、周囲一帯を取り囲んだ。

 その半透明の壁に、村の外から放たれた攻撃魔法が衝突する。

 激しい爆発が巻き起こり、森の木々が燃え上がる。

 だが、結界の内側には火の粉一つ通らなかった。

 とはいえ、音と光が獣人たちの恐怖を煽ってしまう。


「な、何だ、今のは!?」

「村の外から攻撃……っ?」

「あんな威力の攻撃ができるモンスターはこの辺にいないぞ!」

「ハク様、お守りください……!」

「人間の仕業じゃねーのか?」

「そうだ、人間が怪しいぞ」

「昔みたいに俺たちを嬲るつもりなんだろうッ!」


 たった一発の攻撃魔法で、混乱がどこまでも広がっていく。

 当然、ローラたちには獣人を攻撃する理由なんてない。

 なのに、獣人たちはこちらに疑惑の目を向けてくる。

 この村は、大賢者のおかげで人間とも交流があったはずだ。

 そして今の今まで、ローラたちと楽しく食事をしていたのだ。

 しかし、それでも。

 人間と獣人の間には、埋めがたい深い溝があるのだろう。

 いざ、こうしてパニックになれば、その溝が表面に現われる。

 ローラはどうしてよいか分からず、固まってしまった。


「皆の者、鎮まれ!」


 その混乱を切り裂くように、長老の一喝が響き渡る。


「ローラ殿はハク様が選んだ人間だ。そのローラ殿たちが、我々に攻撃するわけがないであろう。現にこうして結界で守ってくれたではないか。今の攻撃が人間の仕業だとしても、ローラ殿たちは無関係だ!」


 長老のおかげで、獣人たちは多少大人しくなった。

 しかし、攻撃してきた犯人を見つけないことには、誰も安心できないだろう。


「よし! では私が森に入って、犯人を捜してきます。結界は私がいなくても一時間くらいは持つので大丈夫。というわけでミサキさん。ハクをしばらくお願いします」


「任されたであります。ささ、ハク様。こちらへどうぞ」


 ミサキは地面に座っていたハクへ腕を伸ばした。

 が、ハクはそれをスルリと避けて、ローラの太股に飛びついた。


「ぴ!」


「こら、ハク。遊びに行くんじゃないんですよ。ここで待っていてください」


「ぴぃ!」


 ダメだ。ハクは一向に離れようとしない。


「ローラさん。無理にハクを置いていかなくてもいいのでは? ローラさんのそばなら、ある意味、世界一安全ですわ」


「私もそう思う。敵が誰だか知らないけど、学長先生以外なら楽勝」


「いやぁ、そんなことはないと思いますが……さっきの攻撃魔法から考えて、今回は楽勝でしょうねぇ」


 ローラは素直な感想を口にした。

 慢心するつもりはないが、森から攻撃してきた奴の力量は、ローラからすれば雑魚である。

 少なくともエミリアよりも弱い。それどころかシャーロットでも勝てるだろう。

 よって相手が何人であろうと、苦戦すらありえない。


「では、わたくしたちもローラさんに同行しますわ」


「ローラのお父さんに習った剣術で敵を倒す」


 まあ、この二人がそう言い出すのは分かっていた。

 だからローラも止めたりはしない。

 団欒を邪魔された怨みを、三人で晴らすのだ。


「ぴー」


 三人と一匹で晴らすのだ!

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