第64話 ハクの親とご対面です

 オイセ村の真ん中には、木製の小さなやぐらが建っていた。

 長老とミサキが言うには、ここにハクの卵を置いて祭っていたらしい。

 それが大雨で流され、ローラのもとに辿り着き、巡り巡ってまたオイセ村に帰ってきたというわけだ。


 そのやぐらを尻目に、ローラたちは村を通り過ぎて森に入る。

 オイセ村を取り囲む森の奥には、切り立った崖があった。

 それに沿って進むと、洞窟が現われた。

 リヴァイアサンやベヒモスでも通れそうな、大きな入り口だった。


「な、何だかここまで強烈な気配が漂ってきますわ……!」


「明らかに大物がいる……」


 シャーロットとアンナは洞窟の奥を見つめて、ぶるりと肩を震わせた。


「怖いなら、ここで待っているがいいであります」


「怖くなど、ありませんわ! さあアンナさん、率先して行きましょう!」


「私は普通に怖いんだけど……」


「おだまりなさい!」


 シャーロットはアンナの腕を引っ張り、勝手にズンズンと洞窟に入っていく。

 ローラたちもそのあとを追いかける。

 洞窟は深く、太陽の光が届かない。

 しかしシャーロットが魔法で明かりを作ってくれたおかげで、隅々まで見回すことができた。

 そして同時に、奥に寝そべる巨大なドラゴンも浮かび上がる。


「ひゃあっ!」


 シャーロットは悲鳴を上げてアンナに抱きついた。

 ドラゴンが突然目の前に現われたら、彼女でなくても普通は驚く。

 だが、それはドラゴンではなく、神獣だ。


「半年ぶりね、ハク。随分とやつれたわねぇ」


 大賢者はそう呟き、神獣へと近づいていく。

 彼女の言葉どおり、その神獣はとても弱々しかった。

 馬を丸呑みにできそうな口に、学園の教室からはみ出すほど大きな体。

 しかし、その白いウロコに艶はなく、あばらが浮き上がるほど痩せていた。


 洞窟に入る前は確かに、神々しいオーラを感じた。

 それは今も健在だが、こうして実物を見ると、消えかけのロウソクのような印象を受けてしまう。


「大賢者か……最後に会えて嬉しいぞ」


 神獣は目と口を開き、低い声で大賢者に答えた。


「あら。最後だなんて、随分と悲しいことを言うのね。百三十年前、一緒に魔神と戦ったときの元気はどうしたの?」


「無茶を言うな。我はそなたよりも更に二百年は長く生きているのだ。この肉体はもう限界だよ。無事に子を産むこともできた。そろそろ休ませてくれ」


「……そう。一番古い友達がいなくなるのは寂しいけど、仕方がないわね」


 たったそれだけの会話に、どれほどの意味が込められているのか――。

 ローラはそれを考えようとしたが、九年しか生きていない人生では、どうしても想像力が及ばなかった。


「それで、その少女の頭の上にいるのが、我が子だな?」


 神獣はローラを見つめた。正確には、ローラの頭上を見つめた。

 いくら弱っていても、神獣は神々の一柱だ。

 古代文明よりも更に前の時代に、最高神によって地上に遣わされた神聖なる存在。

 そんな相手の視線を正面から受けて、流石のローラも緊張で声が出ない。

 だが、子ハクはいつものように呑気な声を出している。


「ぴー」


 それを聞いて、ローラも気が楽になった。


「ハク。このお方が、あなたの本当の親なんですよ」


「ぴぃ?」


 何のことやら分からないといった鳴き声だ。

 しかしハクには、自分が何者か理解してもらい、この村に残ってもらわねばならない。

 そうしないと、ローラもここに住むことになってしまう。


「先代様。この新しいハク様は、生まれたとき最初にロラえもん殿……もといローラ殿を見てしまい、それでローラ殿を親だと思ってしまったであります。全ては大雨から卵を守ることのできなかった私の責任であります。巫女である私が、しっかり見張らねばならなかったのに……」


「いや、ミサキ一人の責任ではないぞ。ハク様はオイセ村の全員で守っていかねばならないのだ。現にあの大雨の日、見張り役はミサキではなかった。しかし、雨と風でやぐらが崩れ、気が付いたときには卵は流されていた。ワシらは必死に追いかけたが、追いつけなかった。ローラ殿が拾ってくれなかったら、どこまで流されていたことか……」


 ミサキと長老は跪き、地面に額が付くほど頭を下げた。

 だが、先代のハクはさほど気にした様子もなく、「よい」と穏やかに呟くだけだった。


「そなたらの信仰心があれば、雨で流された程度で神獣は滅びたりしない。現にこうして戻ってきた。神獣とはそういうものだ。決して偶然ではない。卵を拾ったのがそこの少女だったのも、必然なのだ」


 そして先代ハクは改めてローラを見る。今度は頭上ではなく、本当にローラの目を見つめていた。


「少女。名をローラと言ったか?」


「は、はい……ローラ・エドモンズです」


 神獣と話すのは緊張するが、言いよどんでいる場合ではないと直感で分かった。

 先代ハクに残された時間は、さほど多くはない。

 大賢者とともにこの国を守った偉大な存在の時間を、ローラの都合で無駄にしてはいけないのだ。


「そなた、凄まじいな。まさか人の身で、大賢者よりも強い者が現われるとは思っていなかったぞ」


「あら、失礼ね。今のところ、、、、、、私のほうがまだまだ強いわよ」


 先代ハクの言葉に対し、大賢者がすかさず反論した。

 すると先代ハクはニッと笑う。


「そなたの負けず嫌いは何歳になっても治らなかったな。今のところ、ということは、潜在能力では負けていると白状しているようなものではないか」


「違うわよ。未来のことは誰にも分からないから、断定しないだけ」


 ムッとする大賢者を見て、先代ハクはますます笑った。


「図星を突かれてヘソを曲げるところも変わらんな。そなたはきっと、何百年も変わらないまま生きるのだろう。だから我は安心して逝ける。そしてローラ。我が子を頼んだぞ。我が子の卵がそなたに拾われたのは偶然ではない。育ての親を、我が子が自ら選んだのだ。そうでなければ、それほど懐くものか」


「ぴー」


 赤ん坊のハクは、ローラの頭の上から前脚を伸ばし、おでこをペチペチ叩いてきた。

 何をしたいのかサッパリ分からない。

 ハク本人にしか分からない、深い意味があるのかもしれない。


「私がハクの育ての親……? けど、ハクはこの村にいなきゃいけないんですよね? 私は王都のギルドレア魔法学園の生徒です。ずっとここにいるわけには……」


「それは無用な心配だ。我々神獣がいつも同じ場所にいるのは、そこの居心地がいいからで、別に掟や決まりがあるわけではない。我が子が自分の意志で王都にいるなら、問題は何もない」


「え、そうだったでありますか!?」


 先代ハクの言葉に、ミサキはひっくり返った声を上げた。


「てっきり、ハク様はここから動いてはいけない決まりがあると思っていたであります……!」


 ミサキは巫女のくせに、神獣ハクの生態を知らなかったらしい。


「ワシもじゃ」


 長老もだった。

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