第63話 獣人の里に到着です

 ミサキいわく、オイセ村には二百人ほどの獣人が住んでいるらしい。

 その全員が狐耳族だという。

 モフモフし放題のパラダイスだ――とローラは興奮したが、手当たり次第にモフモフするのはどう考えても失礼極まる。

 今回はハクの問題を解決するためにやって来たのだから、モフモフは自重しなければならない。

 しかしローラは我慢できるか自信がなかった。


「オイセ村が見えてきたであります」


 ミサキの言うとおり、山の森が一部切り開かれており、そこに集落がある。

 並んでいる建物は全て木製だ。

 村の周りには畑も広がっており、自給自足の生活ができそうである。

 人影がちらほらと見えるが、遠目からでも尻尾が確認できた。

 モフモフ欲求が高まってきたので、ローラは応急処置として、手近にあったミサキの尻尾をなでることにした。


「わっ、くすぐったいであります! 急に何するでありますか、ロラえもん殿!」


「ごめんなさい、つい……次からは触る前に一言かけます……」


「触るのは前提でありますか!? まあ、少しくらいならいいでありますが……」


 ミサキは自分の尻尾の価値が分かっていないらしく、困惑した顔だった。

 だが、獣人の耳と尻尾は素晴らしいのだ。

 特に尻尾はヤバイ。

 病みつきになりそうだ。


「じ、実はわたくしも先程からミサキさんの尻尾を触りたいと思っていたのですわ……!」


「私も」


 シャーロットとアンナも、ミサキの尻尾を凝視する。

 三日くらい断食した人がステーキを発見したような目だった。


「尻尾など触って何が楽しいでありますか!? 大賢者殿を見習って落ち着くであります!」


 そう言えば、大賢者だけがさっきから黙っている。

 まさか尻尾に興味がないのだろうか。

 大人になると好奇心を失ってしまうのか。

 それはとても悲しいことだ。


「私はほら。百年以上モフモフしまくって、ミサキが生まれる前に飽きたから。ローラちゃんたちに譲ってあげるわ」


「おお、流石は学長先生。モフり歴百年以上とは凄いです! さて、学長先生の許しを得たのでモフりましょう!」


「待つであります、私は許していないであります……ああ、あああっ!」


 ローラたち三人は、ミサキの尻尾に指を突っ込み、その毛を撫で回した。

 やはり素晴らしい感触だ。頬が勝手に緩んでしまう。

 何時間もこうしていたい。

 やめられない、とまらない、なくならない。

 そうしていると、ハクまで興味を持ち始め、ミサキの尻尾の上に降り立ち、前脚をからめた。


「ちょっとあなたたち。モフモフするのもいいけど、今からオイセ村に降りるんだから、少しは遠慮しなさいな。ほら、ミサキが失神してるじゃない」


「へ? うわああ、ミサキさんしっかり!」


「大変ですわ、回復魔法ですわ!」


「そんなにくすぐったいとは……」


 ローラはミサキの肩を揺すり、シャーロットは効果があるのか分からない回復魔法をかけ、アンナは頬をぺしぺし叩く。

 するとミサキは目を開けてくれた。

 良かった良かった、とローラは胸を撫で下ろしたのだが、ミサキは転がるように逃げ、大賢者にしがみついた。


「やはり大賢者殿以外の人間は恐ろしいであります! 油断していると何をされるか分からないであります!」


「そ、そんな……私たちはミサキさんの尻尾が大好きなだけですよ! 愛です!」


「愛が重いであります!」


 とりあえず悪意がないのは分かってくれたらしい。

 しかしミサキは大きな犬歯を剥き出しにして、こちらを睨んでくる。

 そんな様子すら可愛く思えてきた。

 昔の人間はどうして、こんな可愛い獣人を差別していたのだろうか。


(私にはサッパリ分かりません)


 そうやってローラが歴史の謎に想いをはせていると、大賢者が絨毯をゆっくりと降下させた。

 空飛ぶ絨毯がやってきたら普通は驚きそうなものだ。しかしオイセ村の獣人たちは慣れた様子で手を振ってくる。

 大賢者が頻繁に出入りしているせいで、絨毯が空を飛ぶのを当たり前に思っているのだろう。


「おお、ミサキ。無事に戻ったか。そして大賢者殿。久しぶりですな」


 村の外れに降りた絨毯に、歳を取った獣人の男性が一人、歩み寄ってきた。

 髪はしっかり残っているが、全て真っ白だ。

 七十歳は超えているだろう。


「はぁい、長老。半年ぶりくらい? 元気そうで何よりだわ」


 大賢者は老人を、長老、と呼んだ。


「長老様。ハク様をお連れしたであります」


 ミサキは絨毯から立ち上がり、ローラの膝の上に座るハクへ目配せした。


「おお、ハク様……大雨で流されたときはどうなるかと思いましたが、無事に孵化したようで何よりです」


「ぴー」


 長老は目に涙を浮かべ、ハクの無事を喜んだ。

 しかしハク自身は長老に興味がないらしく、ローラの服を引っ張り、遊んで欲しそうな顔をする。


「長老。手紙にも書いたけど、ハクはこのローラちゃんから離れようとしないのよ。完全に親だと思ってるみたいね」


「……そのようですな……しかし、いくら生まれて最初に見たといっても、人間の少女ですぞ。神獣とは格が違いすぎて、誤認しようがないと思うのですが。未だに信じられません」


「自分の目で見たことくらいは信じなさいよ。それにローラちゃんは普通の少女じゃないし。ま、その辺は先代ハクも交えて話し合いましょ。まだ話せる状態かしら?」


「ええ……辛うじて。実は今回の件とは無関係に、大賢者殿を呼ぼうと思っていたのです。先代ハク様は、大賢者殿に会いたがっていますぞ」


 先代ハクとは、ローラの膝の上にいるハクの親のことだろう。

 神獣は本来、一種類につき一匹しかいない。

 だから子供が生まれた時点で、親は先代となり、子が跡を継ぐ。

 とはいえ、いきなり親が死ぬわけではないらしい。

 この世代交代のほんのわずかな時間だけ、例外的に同じ神獣が二匹存在する。


「そう……じゃあローラちゃん。ハクを連れて私たちに付いてきて。シャーロットちゃんとアンナちゃんは、その辺でミサキと遊んでてね」


「む。何をおっしゃいますの大賢者様。わたくしたちも同行しますわ。でなければ、何をしにここまで来たのか分かりませんもの」


「その通り。付いていく」


 シャーロットとアンナは、左右からローラをがっちりと掴んだ。

 是が非でも放さないぞ、という決意が顔に浮かんでいる。

 ありがたい話だが、別にこれから危険に飛び込むわけではない。そう心配しなくてもいいのに、とローラは呑気に構えた。


「んー……ま、いっか。じゃあ皆で行きましょ」


 大賢者はあっさり了承した。

 相変わらずノリが軽い人だ。

 だが一方、長老とミサキは飛び上がるほど驚いている。


「大賢者殿、何を言い出すのですか! 先代とはいえ神獣ですぞ。人間の娘を連れて行くなど……」


「そうであります。畏れ多いであります!」


「あら。私とローラちゃんも人間なんだけど?」


 大賢者は飄々と言う。


「大賢者殿は別格です。それにローラ殿はハク様に選ばれた者。しかしそちらの二人は普通の人間でしょう。連れて行くわけにはいきません」


 長老は毅然とした態度で大賢者に反論する。

 しかし、それはさほど長続きしなかった。


「ハクがそう言ってるの? 人間如きを我が前に連れてくるな、とか、一言でも言ったわけ?」


「いえ……そういうわけでは……」


 大賢者の追及に長老はたじろぎ、まともな答えを返せなかった。


「だったらいいじゃない。全員でレッツゴー」


 長老とミサキはまだ納得しきっていない顔だったが、天下の大賢者に押し切られてはどうすることもできない。

 大所帯で先代ハクのところへ行くことになった。

 その場所は、森の中にある洞窟の奥である。

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