第62話 次元倉庫の中が気になります

 学園から離陸した絨毯はローラたちを乗せ、どんどん高度を上げていく。

 すると見える範囲が広がっていき、この大地が球体であると実感できるほど地平線が歪み始めた。

 山から流れてくるメーゼル川。王都から四方に伸びる街道。広大な平原。あちこちに点在する村とその周りに広がる畑。

 かつてトーナメントの決勝戦で飛んだときはじっくり見る余裕がなかったが、こうして改めて眺めると、王都の周りはとても豊かな土地なのだと分かる。


「あの森は私たちが……もとい、謎の秘密結社カミブクロンがベヒモスを倒した森」


「おお、確かにあの辺でしたね! あ、学長先生、もうちょっと高度を上げてください。私の故郷が……見えました!」


 見えたからどうしたというものではないが、何となく楽しい。

 ローラはミーレベルンの町を眺めながら、父と母は今頃なにをしているだろうと想いをはせる。


「大賢者様。あまり速度を出さないでくださいまし。髪が乱れてしまいますわ!」


「シャーロットちゃんの髪形は風に弱そうだものねぇ。ところで、生徒なんだから学長先生と呼びなさい」


「いえ、しかし、ガザード家としてあなたは永遠のライバル大賢者ですので……」


「スピードアップ!」


 絨毯は加速したのみならず、左右に急旋回をくり返し、シャーロットの髪の毛をブワンブワン振り回した。

 ローラの顔に螺旋状の金髪がぺしぺし当たってきて、とても鬱陶しい。


「ああ、学長先生! 速度を落としてくださいましぃぃ!」


「初めから素直にそう呼べばいいのよ」


 大賢者はスピードを落とし、更に絨毯の周りを風の結界で包み込んだ。

 おかげで風圧を感じなくなり、各段に快適になった。

 そういうことができるなら、出し惜しみしないで始めからやってくれればいいのに。


「ん? あなたたち、今、風圧を防げるなら始めからそうしろよ、とか思ったでしょ」


 大賢者以外の全員が一斉に首を横に振った。


        △


「ところで、ええっと、ローラ殿、だったでありますか?」


「はい、私の名前はローラ・エドモンズですよ。何でしょうかミサキさん」


 ミサキに名前を呼ばれて嬉しくなったローラは、彼女に向き直って小首を傾げた。

 すると頭の上で眠っていたハクが転がり、隣にいたアンナの膝の上に堕ちた。

 ハクは不機嫌そうに「ぴー」と鳴きながら、もぞもぞとローラの体を登って元の位置に戻ろうとする。


「ローラ・エドモンズ……ロラえもん殿でありますね!」


「略された!? でも何だか格好いい略称ですね、気に入りました! 私の二つ名にします!」


 優れた冒険者は、本名とは別に、二つ名で呼ばれることがある。

 ローラが将来有名な冒険者になったら、是非とも『ロラえもん』と呼んでもらおう。


「か、格好いいですの……?」


「微妙なセンス」


「ローラちゃん。私がもっと格好いいのを考えてあげるから、早まっちゃダメよ」


 学園の仲間たちの評判はすこぶる悪かった。

 ロラえもんを二つ名にするのはやめておこう。


「それでミサキさん。私にご用でしょうか?」


「ご用であります。ロラえもん殿の腕を見込んで頼みがあるであります。私は次元倉庫に入ってみたいであります」


「次元倉庫に、入る……?」


「そうであります。大賢者殿の説明では、次元倉庫には色々なものが入るであります。生き物だって入れるはずであります。中がどうなっているのか見たいであります」


 ミサキの要望を聞き、ローラと大賢者は顔を見合わせた。


「学長先生。次元倉庫にミサキさんを入れても大丈夫なんですか?」


「うーん……大丈夫よ。私、自分で入ったことあるけど、特に危険はなかったわ」


「おお! 中はどんな感じでありますか!?」


「それは見てのお楽しみ」


「焦らすでありますなぁ!」


 ミサキの耳と尻尾は独立した生物のように激しく動き回っている。

 可愛い。

 モフりたい。


「ではミサキさんを次元倉庫にお送りしましょう。えいっ!」


 ローラはミサキに手をかざし、こことはズレた世界へ転送するイメージを浮かべた。

 すると、目の前でワクワクした顔を浮かべていたミサキが、影も形もなくなってしまう。


「……本当に大丈夫ですの?」


「これで帰ってこなかったら一大事」


 シャーロットとアンナが不安げにローラを見つめる。


「だ、大丈夫ですよ! ねえ、学長先生!」


「さあ? それはローラちゃん次第ね」


「ええっ!?」


 大賢者はさっきまでは余裕綽々のような雰囲気を出していたのに、ここにきて急に難しそうな顔をする。

 ローラは、自分のせいでミサキが消えてしまったらどうしようと思い、半べそになった。


「もう、冗談よ。さっきの絨毯みたいに普通に呼び出せばいいから」


「むー、からかわないでください!」


「ごめんなさい。ローラちゃんの表情がコロコロ変わるのが面白くて」


 なんて酷い学長だろうか。

 こんな酷い人は放置して、ミサキを呼び戻すことにしよう。


「えいっ!」


 ミサキがさっきまで座っていた場所に帰ってくるイメージを浮かべる。

 すると、しっかりミサキは戻ってきた。

 よかった、よかった。

 と、思いきや。


「うわぁぁんっ、ロラえもん殿、ロラえもん殿ぉぉぉっ!」


「なぜ号泣してるんですかミサキさん!?」


 次元倉庫から帰ってきたミサキは、口を大きく開け、涙をボロボロ流しながら、わんわん泣きじゃくった。

 訳が分からずローラは狼狽する。

 シャーロットとアンナも慌てふためく。

 平然としているのはハクと大賢者だけだった。


「真っ暗で怖かったであります! 上下左右も分からなくて、手足を動かしても何にも感触がなくて……何もないというのは怖いでありますぅぅぅ!」


 なるほど。次元倉庫とはそういう場所なのか。

 確かにそれは恐ろしい。

 ローラは、自分を送り込まなくて正解だとつくづく思った。

 そして、大賢者は次元倉庫がどんな場所か知っていたくせに、ミサキに黙っていたのだ。

 本当に酷い人である。

 しかし、ミサキが泣きながら抱きついてきたので、そのどさくさに紛れて耳をモフモフすることができた。

 よしとしよう。

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