第52話 学長先生はお昼寝中です

 エミリアいわく、大賢者は今、昼寝の真っ最中だという。

 そういえば、初めて出会ったときも大賢者は昼寝をしていた。

 まさか起きている時間のほうが短いのでは、なんて疑問がローラの中に湧く。


「それで、学長先生はどこでお昼寝してるんですか?」


「学長室の隣にある、学長専用仮眠室よ」


「え、そんな部屋があるんですか? 学長先生が寝るためだけの部屋があるんですか?」


「それが、あるのよねぇ」


 随分とふざけた話であるが、大賢者の功績を考えれば、昼寝用の部屋の一つや二つがあっても、まぁ許されるのかもしれない。


「わたくし、何度か学長室の前を通りましたが、仮眠室なんて見たこともありませんわ」


「私も知らない」


 シャーロットとアンナが疑問を口にする。


「それはそうでしょ。廊下からは入れないようになってるもの。学長室からの直通の扉しかないの。しかもその扉には強力な結界がほどこされていて、私でも開けられないわ」


「エミリア先生でも開けられない結界……一体、なぜ仮眠室にそんな仕掛けを……?」


 ローラは答えを半ば予想しつつ、質問せずにはいられなかった。


「それはもちろん……誰にもお昼寝を邪魔されないためにでしょ」


「やっぱりそうなんですね……」


 ローラが呆れたように言うと、エミリアは肩をすくめて苦笑した。


「いいのよ。学長がいなくても、学園の運営に支障が出ないようになってるから。むしろ学長が出てくると、いつも無茶振りしてるから、あの人はお昼寝してるくらいが丁度いいの」


「はあ……」


 触らぬ神に祟りなし、というやつだろうか。

 大賢者ともなれば、もはや人間扱いされていないらしい。


「学長が起きてきたら、この卵を見てもらいましょ。あとローラさんの退学願が取り消しになったと報告しなきゃ」


「うーん……いつ起きてくるんですか?」


「さあ。あの人、三日くらい連続で寝たりするから……」


「三日……」


 ローラも温かい布団でぐっすり眠るのは好きだが、だからといって三日も寝たいとは思わない。

 大賢者のやることは常人の理解を超えている。

 しかし、そんなに待っていたら、この卵が孵ってしまうかもしれない。

 もともと観察日記のために拾って来たのだから、孵化するのは大歓迎だ。

 だが、どんな生き物なのか事前に知っておかないと、餓死させてしまう可能性がある。

 ならば――。


「ローラさん。こんなときは正面突破ですわ。仮眠室の結界をぶちやぶりましょう!」


「流石はシャーロットさん! 私も同じことを考えていました! というわけで学長室にレッツゴーです」


 ローラは卵を抱きかかえたまま、シャーロットと一緒に学長室に走って行く。

 高そうな机や絵画がある部屋だ。

 前に来たときは気にもしなかったが、確かに廊下に面していない扉があった。

 そこには『お昼寝中。開けられるものなら開けてみろ』と書かれた札がぶら下がっている。


「これが仮眠室への扉ですわね。大賢者の結界、如何ほどのものか試して差し上げますわ!」


 シャーロットはドアノブに掴みかかり、筋力強化魔法を発動させて思いっきり回す。

 そして押す! 押しても開かないので引く! それでも扉は開かない!


「ぐぬっ……では結界の術式を解析して分解を……!」


 そう呟き、シャーロットは扉に手の平を当て、目を閉じる。

 設置型の魔法は特殊魔法に属する高等技術だが、さほど珍しいものではない。

 国の重要拠点や、犯罪組織のアジトなどに行くと、侵入者を排除するため、様々な設置型魔法があるらしい。


 この結界のように扉を強固に閉ざす魔法。

 正しい手順を踏まずに足を踏み入れると爆発する魔法。

 真っ直ぐ進んでいるつもりなのにいつの間にか同じ場所をグルグル回ってしまう魔法。


 そういった設置型魔法を見つけて解除するのも、魔法使いの重要な仕事だ。

 もっとも、解除は設置より、なお高度な技である。

 ましてこれは大賢者が己の安眠のために構築した結界。シャーロットに破れるわけがなかった。


 されどシャーロットは諦めず、しばらく粘った。

 その最中、エミリアとアンナも学長室にやって来た。

 皆が見守る中、シャーロットは五分ほど頑張る。

 しかし。


「はぁ……はぁ……何と複雑な結界ですの! 悔しいですわ悔しいですわ!」


 ついに諦め、床にへたり込む。

 全身汗だくで、顔が真っ赤だ。知恵熱が出ているかも知れない。


「そりゃそうよ。魔法学科の教師でも、誰一人破れないんだから」


 エミリアがさも当然という顔で言う。

 すると今度は、アンナが剣を握りしめて扉の前に立った。


「魔法が駄目なら物理で殴る。私の修行の成果を見せるとき」


 アンナは夏休みの間、ローラの父親に弟子入りして修行していた。

 本人はかなり手応えを感じているらしく、表情には自信がみなぎっていた。

 その自信を刃に込めて、渾身の斬撃を扉に見舞う。


 耳をつんざく爆音が鳴り響いた。

 まるで砲弾が城壁を叩いたような音だ。

 アンナの一撃の凄まじさを物語っている。

 しかし、扉には傷一つついていない。


 そしてアンナは剣を落としてしまう。


「う、腕がしびれた……」


 そのままヘナヘナと座り込み、シャーロットと仲良く並ぶ。

 魔法も斬撃も通用しない扉。

 何が起ころうと昼寝してやるという大賢者の強固な意志を感じる。

 だが、その意志を砕いてやろうと、ローラは鼻息を荒くした。


「次は私の番です! エミリア先生、ちょっと卵をお願いしますね!」


「ええ、いいけど……ローラさんでも無理だと思う……いや、ローラさんならいける?」


 エミリアは卵を抱き上げながら、興味深そうに呟いた。

 大賢者の昼寝VSローラの自由研究がここに勃発する。

 はたして勝つのはどちらだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る