第53話 二重三重のトラップです

 開けられるものなら開けてみろ。

 仮眠室の扉にはそんな挑発的な言葉が書かれていた。

 わざわざ書いた以上、扉を破壊してしまっても、大賢者は文句を言わないはずだ。


 とはいえ、蹴り破るのは女子力が低い。

 ローラも女の子の端くれとして、ここはおしとやかに結界を解除して進もう。


「まずは分析です」


 先程のシャーロットのように扉に手を添え、目を閉じる。

 自分の魔力を扉に流して、そこに刻まれている術式を読み取る。

 すると複雑怪奇な魔法陣の模様が頭の中に浮かび上がってきた。


「うっ……」


 ついローラは唸ってしまう。

 教科書に載っているどんな魔法陣よりも細かく無駄がない。

 芸術ともいえる代物がこの扉に刻まれている。

 よく見れば、二重三重に魔法陣があり、それぞれが影響を及ぼし合っていた。

 つまり平面ではなく、立体の魔法陣。

 この時点でローラは投げ出したい気分になる。

 が、これは大賢者からの挑戦状なのだ。

 開けられるものなら開けてみろというメッセージを改めて見つめる。


(開けてやろうではありませんか!)


 ローラは再び目を閉じ、魔法陣に魔力を流し込む。

 どの模様がどんな効果を発揮し、どの部分と連動しているのか。

 全てを解析して、一つずつ外していく。

 気が遠くなるような作業であるが、ローラは自分でも驚くほどの集中力でパズルを解いていく。

 これが魔法適性値オール9999ということなのだろう。

 世界がドンドン広がっていくような感覚になる。


「解けた!」


 ドアノブがガチャリと回る。


「うそ、こんな短時間で!?」

「何となく予想していましたが悔しいですわ、嫉妬ですわ!」


 エミリアとシャーロットが裏返った声で叫んだ。


「もはや対抗しようという気も起きない」


 一方アンナは諦めたような声を出す。


 どちらにせよ、ローラは賞賛されているのだ。

 ふっふっふ、と自慢げに笑いながら扉を開いた。

 その瞬間。

 扉の奥から膨大な魔力が溢れ出した。

 まるで土石流に巻き込まれたように、ローラは押し流され、反対側の壁まで吹っ飛ばされてしまう。


「ローラさん! 何が起きましたの!?」

「いきなりローラがビリヤードの弾みたいになった」

「大丈夫? 頭から壁に突っ込んだけど……」


 床に転がるローラに、三人が心配そうに近寄ってきた。


「だ、大丈夫です……扉を開けた途端、不思議な力で飛ばされてしまいました……」


 ローラは頭をさすりながら立ち上がる。

 なんとか防御魔法が間に合ったので、怪我はせずに済んだ。

 それにしても、扉の奥にこんなトラップがあったとは。

 大賢者は本当に昼寝の邪魔をされたくないらしい。


「あら? 扉の奥は廊下になっていますわ」


「本当。私も初めて見たわ」


 シャーロットとエミリアが言うように、扉の向こうは部屋ではなく、短い廊下だった。

 その突き当たりに、更に扉がある。

 あれを開ければ、今度こそ仮眠室であろうか。


「進もうとすると押し返される」


 アンナは廊下を進もうとするが、ズズズと下がってしまう。

 それでも無理に前に出ると、ローラと同じく反対側の壁まで吹っ飛ぶことになる。

 ばびゅーんと飛ばされ、また突っ込み、再度ばびゅーん。


「吹っ飛ぶと分かっていると受け身が取れる。楽しくなってきた」


 アンナは、ばびゅーんばびゅーんと学長室を飛び回った。

 なるほど、確かに楽しそうだ。


「では私も一つ、ばびゅーんと……」


「一緒に飛ぼう」


 ローラとアンナは手を繋ぎ、同時に廊下に突っ込もうとした。

 しかしその瞬間、シャーロットの怒声が上がった。


「お二人とも! 目的を見失ってはいけませんわ! 自由研究のために卵の正体を調べるのでしょう!?」


「あ、そうでした!」


「楽しさのあまり、つい」


 もしやこれは、侵入者の目的をそらす精神トラップなのか。

 おそるべし大賢者。

 一瞬たりとも油断できない。


「自由研究? 夏休みはあと一週間もないのに? ちょっと遅くない?」


 エミリアの何気ない指摘に、ローラたちは冷や汗を流す。

 それを見たエミリアは、スーと目を細める。


「……あなたたち、もしかして夏休みの宿題をやってないとか言い出さないわよね?」


「そ、そそそ、そんなことあるわけないじゃないですか。ちゃんとやってますよ。あとは自由研究だけです。ね、シャーロットさん、アンナさん」


「も、もちろんですわ! このシャーロット・ガザード。夏休みの宿題を忘れるなんて、そんなことありえませんわ!」


「進捗は順調。大丈夫、大丈夫……」


 ローラたちは必死になって言い繕う。

 声も体も震えてしまったが、きっと誤魔化せたはずだ。

 仮にバレていたとしても、ようは夏休みが終わるまでに間に合えばいいのだ。


「ふーん……まあ、この場ではこれ以上追及しないけど。夏休み明けまでに終わらなかったら、どうなるか分かってるんでしょうね」


「……お、お尻ペンペンとかですか?」


「はい? そんなもので済むと思ってるの?」


 エミリアはかつてないほどドスの効いた声を出す。


「ひっ!」


 たまらずローラは悲鳴を上げる。

 そしてエミリアから逃げるように、仮眠室へと走り出した。

 こちらを押し返そうとしてくる圧力は、筋力強化魔法で対抗する。

 進むにつれ圧力も強まっていくが、そこは更に膨大な魔力で押し進む。

 その勢いのまま、二枚目の扉に体当たり。

 もう結界を分析するのは面倒だ。

 力業で突き破る。

 ドガンと音を上げ、結界は壊れ、同時に扉の留め具も壊れた。

 ローラはついに廊下を走破することに成功したのだ。


 辿り着いた先は、小さな部屋だった。

 しかし並んでいる本棚はとても大きく、何百冊も本が収まっている。

 更に床にも本が所狭しと積まれていて、いくつかは読みかけらしく、開きっぱなしだった。

 そんな部屋の中央には、天蓋付きのベッドがあった。

 垂れ下がる薄いカーテンの奥に、小柄な人影が寝転がっているのが見える。

 白銀色の髪を伸ばした、美しい女性だ。


 お目当ての人物を発見したローラは、そのお昼寝を中断させるため、ベッドに上がり込む。

 そして肩を揺すりながら、声をかける。


「学長先生、起きてください。起きてくださーい」


 大賢者はうっすらと目を開けた。


「う、うーん……ローラちゃん……? どうしてここに? お父さんとの話し合いは上手くいったの?」


「はい! 二学期からもよろしくお願いします!」


「あらあら。それは良かったわね。安心したわ。じゃあ、おやすみなさい……」


「はい、おやすみなさい……って、違いますよ! 起きてくださーい!」

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