第51話 卵の正体を探ります
それは廃棄された小さな砦だった。
作られてから何百年経過したのかも、そもそも誰が何の目的で作ったのかも分からない。
街道から遠く離れており、周囲の森には多数のモンスターが生息しているので、人は誰も近寄らない。
忘れ去られた砦だ。
しかし、だからこそ。
人目に付きたくない者にとって、こんなに都合のいい場所はない。
ほんの少し前まで、ここはゴブリンの巣になっていた。
だがゴブリンたちは、盗賊団によって駆逐された。
その盗賊団の名前は、灰色の夜。
近頃、ファルレオン王国を荒らし回る、悪名高い者どもだ。
そして砦は、灰色の夜のアジトに様変わりしていた。
砦の奥深くで彼らは、ロウソクの明かりだけを頼りに陰謀を語り合っていた。
次は商人のキャラバンを襲おう、とか。
村を丸ごと乗っ取ろう、とか。
鉱山から宝石を運び出す馬車を標的にしよう、とか。
集まった六人のメンバーは、それぞれ集めた情報をもとに、次の〝仕事〟をどうするか頭を悩ませる。
彼らに共通しているのは、ちんけな仕事をしたくないという願望だ。
街道を行く旅人を襲って身ぐるみを剥がすような、ちまちました稼ぎ方はしたくない。
盗賊なんて身分まで堕ちてしまったのだ。
もはや、これ以下はない。
ならば、堅実に稼いだって仕方がないではないか。
大きく稼いで、ぱぁぁっと使って、死ぬときは死ぬ。
そんな自分たちに一番相応しい仕事はなんだろうか。
「ところで、ハクがそろそろ寿命を迎えるらしい」
メンバーの一人がポツリと語った。
それを聞いて、残りの五人が彼に注目する。
「その情報は本当か?」
「ああ。俺自身が商人に化けて獣人の里まで行って、この目で見てきたんだ。ハクの卵が村のど真ん中で祭られていた。間違いない」
「……ハクは死期が迫ると卵を産み、自分のコピーを作る。ハクの卵となれば、いくらで売れるか見当もつかねぇ」
「卵だけじゃないぞ。ハクの死体だって高く売れる。獣人を皆殺しにしてでも手に入れる価値があるぜ」
久しぶりに大きな仕事になりそうだと彼らは舌なめずりした。
獣人は高い身体能力を持っているが、しょせんはそれだけだ。
慎重に行動すれば、皆殺しにするのは造作もない。
そしてハクがいくら強いといっても、死にかけならばどうとでもなる。
卵となれば論ずるまでもない。
「決まりだな。次の標的はハクの死体と、その卵だ。獣人たちが邪魔をするようなら、皆殺しにしてもいい……いや、殺すのは男だけだ。女は生け捕って犯してから売り飛ばす。獣人を奴隷にしたいって変態は、いくらでもいるからな」
リーダーである斧使いはそう締めくくり、残虐な笑みを浮かべた。
※
まだ夏休みの最中だ。
多くの生徒は実家に帰ったり、旅行に行ったりと、様々に長期休暇を満喫している。
それは教師も同様だった。
生徒たちの面倒を見る日々から解放され、久しぶりに冒険者ギルドに行ってクエストを受注し、教師同士でパーティーを組んで遠征したり、ダンジョンに潜ったり、思い思いに過ごしている。
また学長である大賢者の手によって魔法学科の教師が集められ、一週間の短期集中強化合宿なるものが開かれた。
名目は『才能溢れる新入生たちに充実した教育を施すための勉強会』だ。
しかし実際は、先日の校内トーナメントで教師たちが見せた不甲斐なさに大賢者が憤慨し、『根性を叩き直すための合宿』であった。
大賢者が個人的に所有しているという無人島に連れて行かれ、そこでドラゴンより遥かに強い霊獣と戦わされたり、大賢者に三日三晩追いかけ回され一方的にどつき回されたりと、地獄のような一週間だった。
だが、おかげで魔法学科の教師たちは、強くなった。ような気がする。
少なくともエミリアはそう思っている。
とはいえ、余りにも辛い日々だったので、解放されたあと、教師たちはしばらく足腰が立たなかった。
全員が家に帰って、数日間寝込んだ。
夏休みが終わる前にこうして元気が戻って、本当によかった。
「夏休みが終わるまであと一週間。何をして過ごそうかしら」
エミリアは職員室の机に頬杖をつきながら、ふと呟く。
夏休みとはいえ、職員室を空にしておくのは問題があるから、交代で待機することになっているのだ。
今日はエミリアの当番で、それが終われば自由だ。
このギルドレア冒険者学園にも陸上部とか美術部などの部活があり、その顧問の教師たちは夏休みも忙しいようだが、エミリアは幸いにも部活を受け持っていない。
現役の冒険者だった頃に戻ってもいいし、ただ遊びまくるのもいい。
それにエミリアはまだ二十三歳だ。
恋愛とか、してみたいのだ。
(どこかにいい男がいないものかしら……)
なんて考えていると、職員室のドアがコンコンコンとリズミカルにノックされた。
(まさか王子様……!)
妄想にふけっていたエミリアは、通常ではありえない思考に走る。
だが、ノックのあとに現われた人物を見て、現実に引き戻された。
「魔法学科一年のローラ・エドモンズです!」
可愛らしい声で名乗るその少女は、何の事はない。
エミリアの生徒である。
「なんだ……ローラさんか……はぁ……」
「どうして私の顔を見てため息を吐くんですか!?」
「あ、いえ、ごめんなさい。ローラさんが悪いわけじゃないのよ」
まさか運命の王子様などという恥ずかしい妄想をしていたとは言えず、適当に誤魔化すしかなかった。
ローラは「むー」と不機嫌そうに頬を膨らませたが、それ以上追及してこない。
そんなローラの後ろから、シャーロットとアンナが現われた。
いつもの三人娘大集合である。
「その様子だと、お父さんとの話し合いは上手くいったみたいね、ローラさん」
「はい! おかげさまで退学はしないで済みました!」
ローラはニコニコ笑顔で答える。
実に可愛い。
彼女が学園を去らずに済むと聞き、エミリアも嬉しくなった。
「ふふふ、わたくしたちが付いていったのですから、当然ですわ」
「ローラのお父さんに弟子入りできた。とても有意義な時間だった」
シャーロットとアンナも、満足げな顔をしている。
実際、めでたい話だ。そこに異論はない。
しかし、成績優秀であると同時にこの上ない問題児であるローラたちを前に、エミリアは少し緊張した。
せっかくの夏休みだ。
エミリアは大過なく過ごしたい。
だから職員室に問題を持ち込まないで欲しい。
だというのに、ローラはその両腕で、得体の知れない物体を抱きかかえ、文字通り持ち込んできた。
「それでエミリア先生。帰り道、メーゼル川をどんぶらこと流れるこの卵を拾ったんです。何の卵か分かりませんか?」
ローラはエミリアの机の上に、それをゆっくり降ろす。
薄いクリーム色と水色の縞模様。人間の頭よりも大きい。
見るからに嫌な予感がする。
「メーゼル川を流れてきた? そう言えば昨日、山の方で大雨が降って、増水しているって聞いたわね。山の方から流れてきた卵かしら?」
エミリアは卵を抱き上げた。
その瞬間、内部で蠢く気配を感じ取る。
「……もしかして、孵化する直前?」
「さあ……? さっぱり分からないのですが、学園の先生に聞けば分かるかなぁと思って。エミリア先生がいてよかったです!」
ローラは天真爛漫な笑顔を浮かべる。
しかし、エミリアはちっとも嬉しくなかった。
なぜ自分の当番の日にこんな怪しい卵を持ち込むのか。
今すぐ元の場所に捨ててきなさいと言いたいところだ。
だが、これがとんでもない怪物の卵で、捨てたことにより大きな被害を出す可能性だってある。
そうだ。ローラたちは大災害を事前に防いだのかも知れないのだ。
無下にはできない。
「サイズ的には、ドラゴンの卵と言われても納得できるわね。けど、ドラゴンの卵ってこんな変な模様じゃなかったはずよ。ワイバーンとかリヴァイアサンとか、亜種の卵まで全部把握してるわけじゃないけど……こんな特徴的な色だったら覚えてると思うし」
「エミリア先生にも分からないことってあるんですねぇ」
ローラは何やら意外そうに呟いた。
「そりゃそうよ。何でも知ってる人なんていないわ……ああ、でも。限りなく何でも知ってそうな人に心当たりがあるわ」
するとシャーロットが目をパチパチさせ、首を捻った。
「この学園に学者型の先生なんていましたか? 失礼ですが、戦闘に特化した方々ばかりかと思っていましたわ」
「うーん……実際にそうだけど。ほら、一人だけ規格外の先生がいるでしょう。忘れたの?」
エミリアは謎かけのように言った。
すると、ローラもシャーロットもアンナも、不思議そうに顔を見合わせる。
そんな奴いたっけ、という表情だ。
無理もない。
あまり生徒の前に姿を現わす人ではないし、その知識を披露する機会も少ない。
だが、あの人は、適性値の測定装置を作ったり、学園で使っている教科書を書いたりと、頭脳でも実績を残しているのだ。
戦闘面が目立ちすぎて、忘れられているだけなのだ。
大賢者カルロッテ・ギルドレア。この学園の学長。
それがこの謎かけの答えである。
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