第43話 親子喧嘩勃発です

 ローラの実家があるミーレベルンは、湖畔の町だ。

 土地が広い割に人口が少ないので、実にゆったりとした街並みになっている。

 特にローラの実家は町外れにあり、周りに何もない。

 これは別に村八分にされているのではなく、思いっきり剣を振り回すため、あえて町外れに家を建てたのだ。

 ローラは幼い頃から(今も幼い)父に剣を教わってきた。たまに母から槍の手ほどきを受けることもあった。


 そんな思い出の場所で、これから父と戦う。

 将来の進路を巡って、親子喧嘩をするのだ。


「お母さんが立会人をしてあげるから。二人とも頑張ってねー」


 ドーラはのほほんとした声を出す。

 一方、ローラもブルーノも真剣そのものだ。


 どちらも手に持っているのは両手持ち剣ツーハンデッドソード

 だが、ローラのはギルド直営店で買ってきた安物。

 対してブルーノの剣は昔から使っている名剣だ。

 まともに打ち合えば、ほどなくしてローラの剣は叩き折られてしまう。


 しかし、ローラには強化魔法がある。

 どんななまくらでも……いや極端な話、その辺の木の棒でも名剣以上の強度を与えることが可能だ。

 筋力だって強化魔法で数十倍にすればブルーノに負けたりしない。


 とはいえ、ローラはまるで安心できなかった。

 なにせ、生まれてこの方、一度たりともブルーノの本気を見たことがないのだ。

 稽古をつけてくれる父は、いつだってこの上なく手加減してくれていた。

 なのにローラは一度も勝ったことがない。


 ブルーノとドーラの話は、授業にすら出てくるほどだ。

 教科書に書かれていた逸話を読む限り、同じAランクでも、ブルーノはエミリアよりも遥かに強い。


(本当に私は勝てるのかなぁ?)


 魔法を覚えて強くなったという自負はあった。

 しかし、深層意識にまで父の強さが植え付けられている。

 剣を持つ手が震えそうになった、そのとき。


「ローラさん、頑張ってくださいまし! 負けたら承知しませんわ!」


「一緒に学園に帰って、イチゴパフェ食べよう」


 実家の二階から、シャーロットとアンナが身を乗り出し、声援を送ってくれた。

 それを聞いた途端、体のこわばりがスーッと抜けていった。


「……いい友達を持ったじゃないか」


 ブルーノはニヤリと笑う。


「うん。だから私はお父さんを倒して学園に帰るよ」


「なら、強くなったところを見せてみろ。お父さんに勝てたら、魔法学科でもどこでも通うがいい!」


「約束だからね……征くよ!」


 ローラは地を蹴った。

 膨大な魔力によって発動した強化魔法は、ドラゴンを上回る膂力を九歳の小さな体に凝縮させる。

 結果、非人間的な加速を実現させた。

 まともな生物なら、一歩目の踏み込みだけで内臓が潰れて絶命していたであろう。

 だがローラの強化魔法は、肉体の耐久力まで強化している。

 ゆえに更に加速。

 一歩ごとに速度を増して、地面に穴を空けて疾走する。

 もはや体当たりだけでベヒモスを倒せそうな領域に達し、そして父へ向かって剣を振り下ろす。


「ぬおおおおおっ!?」


 その一撃はブルーノにとって想定を越える威力だったらしい。

 斬撃こそ辛うじて己の剣で受け止めたが、衝撃までは殺しきれず、後ろに倒れそうになる。

 しかし、実際に倒れはしない。

 信じがたい力で体勢を戻し、そのままローラを弾き飛ばした。


「お父さん……やっぱり凄い!」


 攻撃が通じなかったことに、ローラは喜んだ。

 今のは、強化魔法を使用したアンナですら一瞬でミンチになるような威力だった。

 よって訓練では使えない。

 父を信じて打ち込み、見事に受け止めてもらい、あまつさえ弾き飛ばされた。

 感動、である。

 本気を出しても大丈夫な相手がいるというのは素晴らしい。

 シャーロットと戦ったあの決勝戦以来の感覚だ。


「はぁ、はぁ……なるほど、少しは強くなったみたいだな」


 ブルーノは息を荒くしている。

 これは疲れたからではなく、ローラの一撃に驚いたからだろう。

 父の実力はまだまだこんなものではない。ローラはそう信じている。


「ローラさん、流石ですわ! その調子でお父様をギャフンと言わせるのです! 魔法使いがクソの役にも立たないなんて言う人に遠慮する必要はありません!」


 シャーロットが二階で大声を出している。

 どうやらさっきの会話を聞いていたらしい。床に耳でもつけていたのだろうか。

 それにしても随分と興奮している。

 アンナが後ろから支えているから無事だが、ふとした拍子に落ちそうだ。


「シャーロットさんに言われたからじゃないけど……次はもっと強烈なの行くよ!」


「え、今のよりか!? ローラちょっと待て!」


「待たない!」


 狼狽える父を無視して、ローラは呪文を唱える。


「いでよ雷の精霊。我が魔力をくれてやる。そして知らしめろ。破壊とは何かを啓蒙するがいい」


 ローラとブルーノの間に、巨人が出現した。

 家よりも何倍も大きい、雷の精霊だ。


「はぁぁぁっ!? ちょ、おま……くそっ、いいぜ、これも受け止めてやるよ! かかってこい!」


「ありがとうお父さん! 征け、精霊!」


 雷の精霊は体の構成を一部作り替え、右手に稲妻の剣を出現させた。

 ドラゴンでも縦切りにできなそう刃渡りのそれを、ブルーノへと叩き付ける。


「うおりゃあああああああ!」


 ブルーノは気合いの雄叫びを上げて迎え撃つ。

 その結果――。

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