第42話 それとこれは話が別です

 ギルドレア冒険者学園に入学したブルーノは、剣の適性値100という素晴らしい才能を見せ、順調に成長していった。

 強化魔法の適性値も42と思いの外高かったが、それはどうでもいいことである。

 また同期に、槍の適性値100という、これまた天才に属する少女がいた。

 名はドーラ。

 つまり、のちにブルーノの妻となり、ローラの母となる女性だ。

 武器こそ違うが同じ戦士学科の天才同士、二人は行動をともにすることが多かった。


 しかし、ドーラは槍の天才である上に、文句なしの美少女でもあった。

 そんな彼女を狙う男は多い。

 ほとんどの者はブルーノに恐れをなして諦めたが、一人だけしつこい男がいた。

 それは魔法学科の二年生だった。


 彼は先輩であることを鼻にかけ、下級生であるブルーノからドーラを奪おうとした。

 無論、ブルーノはそんな者には屈しない。

 すると魔法学科の先輩はブルーノに決闘を申し込んだ。


 決闘に勝ったほうがドーラを手にする。負けたほうは二度とドーラに話しかけてはならない。


 ブルーノはその条件を飲んだ。

 絶対に自分が勝つと思っていたからだ。

 だが、先輩は思いのほか強かった。

 彼は軽薄な男だが、魔法の才能は確かで、努力も惜しまない。

 ゆえに勝負は互角。

 決闘は五回の引き分けを歴て、六回目でようやくブルーノが勝利した。


 めでたしめでたし……と思いきや。


 先輩は負けた腹いせに、風魔法でドーラのスカートをめくったり、水魔法で制服をスケスケにしたりと酷い嫌がらせを始めた。

 腹を立てたブルーノとドーラは、先輩に対して個人的制裁を加え、裸にして校門前に吊るしてやった。

 するとなぜか、ブルーノとドーラは一週間の停学処分をくらってしまった。

 正義はこちらにあるというのに。

 これだから魔法使いが学長を務める学校は駄目なんだ、と二人で憤慨した。


        △


「――というわけで、魔法使いにはろくな奴がいないんだよ! 分かったか!」


「お父さんがどうでもいいことを根に持つってのは分かった」


 ローラは冷たい視線を父親に送る。


「ど、どうでもいいこと!? よくないだろ! なあ母さん!」


 ブルーノは狼狽えた様子で妻を見た。


「そうねぇ……確かに先輩には腹を立てたし、今でも仕返しして正解だったと思ってるけど……だからって娘が魔法使いになりたがってるのを止める理由にはならないわねぇ」


「な、何だって!? ちょっと前までは母さんだってローラが魔法使いになるのを嫌がっていたくせに!」


「嫌がってなんかいないわ。ただ前衛になって欲しいと思っていただけ。そもそもローラが魔法使いになるなんて想像もしてなかったんだから、嫌がりようがないじゃない」


「ぐっ……たしかに」


 冷静なドーラに対して、ブルーノはひたすら感情的だ。

 娘を魔法使いにしたくないという想いが空回りしている。

 それにしても、父と母の間にこれほど温度差があるというのが、ローラには新鮮な発見だった。

 もともと父の魔法嫌いのほうが酷いと感じていたが、蓋を開けてみると、母は思っていたよりも寛容で、父は思っていたより遥かに狂信的だった。


「ところで、その先輩が決闘を挑んできた時点では、お母さんはお父さんのことが好きじゃなかったの?」


 ローラは純粋な興味から質問した。


「あら、好きだったに決まってるじゃない」


「じゃあどうして決闘なんかさせたの? 私はこの人が好きだから先輩と付き合うつもりはありませんってハッキリ言えば済む話なんじゃ……」


「そうなんだけど。ほら、男と男が自分を巡って戦うとか、乙女心にキュンってくるじゃない?」


「キュンってくるかなぁ?」


 ローラは想像してみたが、よく分からなかった。

 そもそも仲のいい男子生徒が一人もいないので、自分を巡って男が戦うというのが、いまいち理解できない。

 そのかわり、シャーロットとアンナが自分を左右から引っ張っている図が頭に浮かんだ。なぜだろう。


「お前ら関係のない話をしやがって……じゃあ、あれだ。無事に学園を卒業したあとの話だ。俺は姉貴を探しつつ、母さんと一緒にこの国やその近隣を回っていた。そしてあるとき、魔法使いとパーティーを組んだんだ。こいつは冒険者学園の卒業生じゃないが、Gランクからスタートして、叩き上げでCランクまで登ったベテランだ。だから俺たちも信用して手を組んだ。しかしクエスト中、リヴァイアサンに遭遇してしまった。まったく予期していない出来事だった。俺は魔法使いに目眩ましの閃光魔法を使ってもらい、皆で逃げようと考えた。ところが魔法使いのクソ野郎は、リヴァイアサンを見るなり、一目散に逃げやがった。俺と母さんを囮にしてな。なんとか逃げ延びてこうして生きているが……俺の背中にある傷は、そのとき母さんを庇って負った傷だ。一生消えないだろう」


 ブルーノは一気に語った。

 当時の感情を思い出したのか、途中から激しい怒りを滲ませていた。

 ローラもすっかり感情移入してしまい、その魔法使いに対する憤りを覚えた。

 冒険者になってすぐの時期にそんな体験をしたのでは、魔法使いに対して嫌悪感を抱くのも無理はない――。


「って、どうして最初にこの話をしなかったの! アップルパイの話とか魔法でスカートめくられた話とか、どうでもいいでしょ!」


 ローラはつい声を荒らげる。

 こんなまともな理由があるなら、そうと言ってくれればいいのだ。

 おかげでローラは、父を軽蔑しそうになっていた。


「おお……そうか。いや、すまない。時系列順に話したらこうなったんだ」


「小説じゃないんだから……」


「まあ、とにかく。これで魔法使いがクソの役にも立たなくて、しかも邪悪だってのが分かっただろ。学園を辞めて、帰ってこい」


「うーん……それとこれは話が別だから」


「なにぃぃ!」


 話は振り出しに戻った。

 結局のところ、ブルーノは退学させたくて、ローラは退学したくない。

 これは平行線のままだ。


 ならばどうする。

 これだけ話しても進展しないのだ。

 もはや戦るしかないだろう。


「ねえ、お父さん。表に出よっか。私がそのクソの役にも立たなくて邪悪な魔法で、どのくらい強くなったか見せてあげる」


 ローラは自らケンカを売った。

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