第41話 お父さんの過去なのです

 シャーロットに抱き枕にされているうちに、ローラは何だか眠くなってきた。

 長時間馬車に揺られて疲れたのかもしれない。

 瞼が重くなる。

 そしていつの間にか眠っていた――と気が付いたのはドーラに揺すり起こされたときだった。


「お父さんが帰ってきたわよ」


「ほ、本当!?」


 ローラは跳ねるように起き上がる。

 それに釣られ、シャーロットとアンナも目を覚まし、モゾモゾと体を起こした。


「ローラさんのお父様がお帰りに?」


「ついに対決のとき」


 対決。

 そんな単語をチョイスしたアンナへ、それは大げさだとローラは言い返そうとした。

 しかし、少しも大げさではないと思い直して、全身をこわばらせる。


「そうです、対決のときなのです! 二人はここで待っていてください。父を倒してきます!」


 ローラは自分の頬を叩き、気合いを入れて階段を降りていく。後ろから二人の声援が聞こえてきた。

 一階に下りると、居間のテーブルで父ブルーノが待ち受けていた。

 いかにも歴戦の戦士といった風貌で、筋骨隆々。

 武器がなくてもベヒモスくらいなら殴り殺せると豪語しているのを聞いたことがあるが、きっと本当なのだろう。


「ローラ。久しぶりだな。よく帰ってきた。あんな学園にいたら、お前は大賢者に洗脳されてしまうからな。また俺が剣を教えてやる。昼飯を食べたらさっそく始めよう」


 開口一番、真顔でこれである。

 だがローラは野蛮人ではない。まずは冷静に言葉をかわすのだ。

 鉄拳による語らいは最後の手段にとっておく。


「そうだね。私も久しぶりにお父さんと剣の修行したい。けど、学園を悪く言わないで。大賢者様もいい人だよ。私、夏休みが終わったらまた学園に帰るから」


 ローラは父の正面に座り、目を見てハッキリと言ってやった。

 ギルドレア冒険者学園に入る前のローラなら、ここまで父に逆らうなんて不可能だっただろう。

 しかし今のローラには、『二階にいる友人たちと一緒に王都に帰る』という目的があるのだ。

 誰に何と言われようと揺るがない決意だ。


 そんなローラの想いを読み取ったのか、ブルーノは悲しげな顔になる。


「……どうしてなんだローラ。あんなに剣が好きだったじゃないか。魔法は邪悪なものだって教えただろう!?」


「剣は今でも好きだよ。だからちゃんと続けてる。戦士学科の友達と毎日、放課後に特訓してるんだから。けど、魔法も好きになったの。お父さんはずっと魔法使いは悪人ばかりだって言ってたけど、そんなことなかったよ。学長先生もエミリア先生もシャーロットさんも、皆いい人ばっかりだよ。シャーロットさんっていうのはね、魔法学科の友達で、寮も同じ部屋なの。学園で一人ぼっちだった私に、お姉ちゃんみたいに優しくしてくれたんだよ。お父さんもシャーロットさんに会えば、魔法使いだって悪くないって分かるよ!」


「いいや、お前は騙されている。魔法使いにまともな奴なんていないんだ! 俺が昔、魔法使いにどんな目に合わされたか……恥ずかしいから言わなかったが、今こそ教えてやろう……!」


 ブルーノもまた決意を秘めた目でローラを見つめてきた。

 己の恥部を晒してでも、娘を引き留めようとしているのだ。

 百戦錬磨の父が、こんな追い詰められた顔をしているのをローラは初めて見た。

 一体、過去に魔法使いと何があったのだろうか。

 緊迫感に耐えきれず、ローラは唾をゴクリと飲み込む。


「……俺には一歳年上の姉がいた。姉はローラと同じくらいの歳に魔法を覚えた」


 ブルーノはそう切り出し、自らの過去を語り始めた――。


        △


 ブルーノの姉レズリーは、優れた魔法の才能を持っていた。

 装置で計測していないから正確な適性値は不明だが、何の訓練もしていないのに魔法を使えた。

 手の平から火を出したり、電気を出したり、魔力で身体能力を強化したりしていた。


 年上の姉が魔法など覚えたら、幼いブルーノに勝ち目はなかった。

 ケンカではいつも負けていた。

 オモチャを奪われ、おつかいを押しつけられ、理不尽に暴力を振るわれた。


 ブルーノには魔法の才能がなかった。少なくとも姉のように訓練なしに使うことはできなかった。だから必死に体を鍛えた。

 いつか姉に勝つために、ブルーノは数々のイジメに耐え抜いた。

 だが、ついに我慢できないことが起きた。

 忘れもしない十二歳のときだ。


 その日。

 ブルーノとレズリーの母が、二人のためにアップルパイを作ってくれた。

 外で友達と遊び、帰ってきて母からアップルパイの存在を聞かされたブルーノは、大喜びでテーブルに向かった。

 そこには美味しい美味しいアップルパイがあるはずだった。

 しかし、あったのは空になった二枚の皿だけであった。


「あ、ごめーん。あんまり美味しいからブルーノの分も食べちゃった」


 ブルーノは激怒した。

 まだ勝てないと知っていながら、鍛え抜いた肉体で姉に殴りかかった。

 そして、呆気なく返り討ちに会った。


「あたしに勝とうなんて十年早いわよ」


 勝ち誇る姉。

 無様に倒れる自分。

 決定的な敗北だ。もはや耐えている場合ではない。

 ブルーノは両親に頼み込み、ギルドレア冒険者学園への入学を承諾させた。

 そして三年後、無事に卒業したブルーノはかつてと比べものにならないほど強くなっていた。

 今なら姉に勝てる。


 ブルーノは嬉々として実家に帰った。

 そして姉が失踪したと聞かされた。


「あの子、『ブルーノが冒険者になるなら、あたしもなろーっと。別に学園を卒業しなくてもなれるんでしょ。今すぐなったら、あたしがブルーノの先輩じゃん』とか言って、出て行ったっきり帰ってこないのよ。今頃どこで何をしているのやら……」


 そのようなことを両親は語った。

 なんて呑気な親だろうか。娘が行方不明だというのに。


「俺は姉貴を見つけ出してぶん殴るぞ!」


 ブルーノはまた実家を飛び出し、冒険者として働きながら、各地を転々とした。

 しかし、姉は見つからなかった。

 手がかりさえつかめなかった。

 結局、今にいたるも、ブルーノは姉との再会を果たしていない。


        △


「分かるか!? 魔法使いってのは、相手が弱いときには散々いじめるくせに、いざ相手が強くなると逃げ出すんだ! 最低の人種だ! 俺はアップルパイの怨みをどうやって晴らせばいい!?」


 ブルーノは熱烈に感情を込めて叫んでいた。

 それをローラは黙って聞いている。

 話にのめり込んだからではなく、呆れて何も言えなかったからだ。


「……え、えっと……それだけなの? 私、アップルパイのせいで退学させられそうになってるの!?」


 今の話をまとめると、そういうことになってしまう。

 想像を絶するくだらなさに、怒りすら湧いてくる。

 頼むから『前衛はいいぞ』という家訓が、そんな理由で生まれたと言わないで欲しい。


「お父さん。ローラがビックリしてるわよ。他にも色々あるでしょ。全部教えてあげなさいよ」


 横で聞いていたドーラが楽しそうに言う。

 夫の恥ずかしい過去が暴かれていくのが嬉しいのかもしれない。


「……いいだろう。ローラには魔法使いの邪悪さをたっぷり教えてやる。そう、あれは俺が冒険者学園の生徒だったときの話だ」


 再びブルーノは回想を始める。

 しかし、どうせまたくだらない話だろうと思い、ローラは真面目に聞く気を失っていた。

 一度失った信用は、なかなか取り戻せないものなのだ。

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