第44話 衝撃の真実です

 今度はローラが驚く番であった。

 正直な話、雷の精霊で決着が付くと思っていたのだ。

 いくら父が強かろうと、所詮は生身。

 エミリアすら倒した攻撃に耐えられるわけがない。

 全身火傷でぶっ倒れる父に回復魔法をかけてやり、勝ち誇る。

 そんな展開になると思っていた。


 しかし、現実は違う。


 偉大な父ブルーノは、雷の剣を、自分の剣で受け止めた。

 普通に考えればありえないだろう。

 剣は金属でできているのだ。

 それで雷を受け止めたら感電するに決まっている。

 なのに父は平然と立ち、あまつさえ反撃に転じようとしている。


「ぬおおおおおお!」


 金属の剣で雷の剣を切断するという非常識な技をくり出し、そのまま跳躍して精霊の腹部へと体当たり。

 自殺行為にしか見えないが、恐るべきことにブルーノは精霊を貫通した。

 その衝撃で精霊は、雷力を周囲に散らしてしまう。

 そして体の構成を保っていられなくなり、消えてしまった。


「ふはははっ! どうだ、ローラ。お父さんは強いだろう! お前が魔法学科で何を学ぼうと、お父さんには勝てないんだぞ。だから一緒に剣の修行をしよう!」


 そう叫ぶブルーノの体は、発光していた。

 なにやら風も巻き起こり、シュワシュワと音を立て、髪が逆立っている。

 先程までよりも明らかに強くなっている。


「お父さん……それって……」


「ローラに見せるのは初めてだな! これはお父さんの『本気モード』だ! 気合いを入れるとこうなるんだ。さっきまでのお父さんとはひと味違うぞ。覚悟しろ!」


 ひと味違うのはよく分かる。

 それが『気合い』の仕業でないのも一目瞭然だ。

 だが、本人はまるで気付いていないらしい。

 真実を知ったとき、どんな反応をするのか。

 今すぐ教えてやってもいいのだが……まずは戦って倒そうとローラは決めた。

 本気の父と戦う機会など、そうそうないのだから。


「私も、更に激しく行くからね!」


「まだ本気じゃなかったってか? いいぞ、何でもやってみろ!」


 ブルーノは手をひらひらさせ、ローラを誘った。

 余程の自信があると見える。

 ならば遠慮は無用だ。

 現にブルーノの肉体は〝強化〟されているのだから。


「はっ!」


 ローラは強化魔法を一段階引き上げ、そして跳躍した。

 木を蹴飛ばし、家の壁を蹴飛ばし、三次元的な軌道でブルーノの背後を取る。


「甘いぞ!」


 ブルーノは反転しつつ剣を振る。

 二つの剣が激しくぶつかった。

 無数の火花が散る。

 剣の技量は圧倒的にブルーノが上だ。ローラはそれを強化魔法による身体能力でカバーする。

 打つ。突く。薙ぐ。受け止める。受け流す。絡め取る。

 数秒の間に百を超える攻防が発生し、その余波で地面はすっかり抉れていた。


 そして二人は打ち合いながら走り、舞台は湖の上へと移動する。

 ローラは足の裏から魔力を噴出して、水上を走った。

 純粋な剣士であるブルーノは、それに付いてくることができない――はずだった。


「はーっはっはっは! 奥義『気合いの水上歩行』だ!」


 気合いを入れれば何でもできると信じているらしい。

 自分が何をしでかしているのかも分からず、ブルーノは無邪気にローラを追いかけてくる。

 何だがローラは、父親が哀れになってきた。


「……お父さん。もう終わらせるね」


「何だ、降参か……ぬぐっ、これは何だ!?」


 ローラは足裏から湖に魔力を流し、ブルーノの足元をゼリー状に変化させた。

 ゼリーになった水はローラの意志に従い、ブルーノの脚に絡みつき、そのまま全身を拘束していく。

 引き千切ろうともがいても伸びるだけだ。

 そしてゴムのように元に戻ってしまう。


「あのね、お父さん。気合いじゃ体が強くなったり、水の上を走れたりしないんだよ……」


「何を言っているんだローラ! 現にお父さんはこうして水の上にいるじゃないか!」


「そのお父さんが気合いだと思ってるのは……魔力なんだよ」


 そう。

 ブルーノが『本気モード』とやらになった瞬間、ローラは理解した。

 これは強化魔法だ、と。

 魔法嫌いの父は哀れにも、無意識のうちに魔法を使っていたのだ。


「魔力、だと? そんなバカな……俺が、魔法を、使っていた……?」


「ショックだとは思うけど……とりあえず私、勝たせてもらうね」


 ローラはブルーノの強化魔法に干渉し、無効化させる。

 これは集中力を必要とする技なので、剣を振り回しているときは無理だった。

 しかし、こうして互いに静止していれば、容易い芸当である。

 そしてローラは、父に雷を落とす。


「うぎゃああ!」


 ブルーノは短い悲鳴を上げ、ついに気絶してしまった。

 これで決着だ。

 父は約束を反故にする人ではないから、ローラは二学期以降も学園に通うことができる。

 問題は解決したのだ。


 だが、目を覚ましたときブルーノは現実を受け入れられるだろうか。

 娘に負けた。

 自分が魔法を使っていた。

 この二つはきっと、ブルーノを生き地獄に叩き落す。


(泣かなきゃいいけど……)


 と思いつつ、ローラは気絶した父を引きずって陸に上がった。

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