第37話 夏休みの帰郷です

「明日から夏休みですねー」


 食堂でお昼ご飯を食べながら、ローラはシャーロットとアンナに語りかけた。


「そうですわね。ローラさんは実家に帰ったりするのですか?」


「うーん、どうしましょう。それよりも私は、シャーロットさんとアンナさんと一緒に、どこかに旅行に行きたいです!」


「旅行ですか……悪くありませんわ」


「待って。私は旅行に行くほどお金がない」


 アンナはエビフライにソースをたっぷりかけながら言う。


「ご安心を。旅費くらいわたくしが何とかしますわ」


「おお。流石はガザード家。それで、どこ行くの?」


「それはもちろん、長期休暇を利用したモンスター狩りですわ。普段は遭遇できないような珍しいモンスターを狩って狩りまくって、夏休みの間に一気に成長を――」


「却下」


 シャーロットの提案をアンナは即座に切り捨てた。


「な、なぜですの!?」


「私も、旅行は思いっきり遊びたいです。修行と遊びはしっかり分けましょうよ」


「……分かりましたわ。では、どこで遊ぶか真剣に考えましょう」


「夏だから泳ぎたい」


「いいですね! 私、川と湖で泳いだことならありますが、海は行ったことがないので海がいいです!」


「海ですか……ふふ。それではガザード家のプライベートビーチにご招待ですわ」


 そんな楽しい計画を立てていると、食堂にエミリアがやってきた。

 キョロキョロと首を回し、そしてローラと目が合った瞬間、アッと叫ぶ。


「ローラさん、ローラさん! 大変よ! 今すぐ学長室まで来て!」


 エミリアは走ってきて、ローラの腕を引っ張った。


「な、何事ですかエミリア先生。私はまだオムレツを食べかけですよ。せめて食べ終わるまで待ってください」


「じゃあ急いで食べて! 一大事なんだから!」


 あんまりにも急かされたせいで、オムレツの味が分からなかった。

 この世にオムレツよりも重大なことなどあるのだろうか。

 ローラには想像もできない。


「エミリア先生。本当に何をそんなに急いでいますの? お昼休みくらい、生徒の好きにさせて欲しいものですわ」


「同意。私たちは夏休みの計画を立てていたのに」


 シャーロットとアンナが抗議の声を上げる。

 だが、エミリアは「夏休みどころじゃないの!」と一蹴する。


「夏どころか、秋も冬も、ずーっとローラさんだけお休みになるかもしれないのよ!」


「え、何ですかそれ。優勝した特典で夏休みが冬休みと合体するんですか?」


「何を呑気な! このままだとローラさんは学校を辞めなきゃいけなくなるのよ!?」


 辞、め、る。

 その言葉の持つインパクトに、ローラたちは鎮まった。

 意味がよく理解できなかったのだ。


「……え、えっと……何を言ってるんですかエミリア先生。私が学校を辞めるわけないじゃないですか。一体、誰の権限で」


「ローラさんのお父さん」


 答えを聞いた途端、ローラは椅子からずり落ち、ズドーンと尻を打った。


「ま、まさか、私が魔法学科に入ったってことが……」


「……バレたみたい。そして手紙でブチ切れてたわ」


 ローラは血の気が引いていく音を聞いたような気がした。

 今、間違いなく自分は青くなっている。

 どうしたら。どうしたらいいのだ。


        △


 学長室で待っていた大賢者は、とても困った顔をしていた。

 保健室で会ったときも、決勝戦後に草原で会ったときも、余裕たっぷりだったのに。

 この人はこんな顔もできるんだ、とローラは感心してしまう。

 そして大賢者ですら困ってしまうような手紙を、父は送ってきたのだ。


「ローラちゃん、いらっしゃい。シャーロットちゃんとアンナちゃんも来たのね」


「友人のピンチは見過ごせませんわ!」


「退学なんて許さない。ダメ、絶対」


 大賢者を前にしても、シャーロットとアンナは怯まない。

 続いてエミリアも学長室に入ってくる。

 これで役者は揃った。


「まず順を追って説明するわ。手紙は二通来てるの。一通はローラちゃんのお母さん。つまりドーラ・エドモンズさんからのもの。どうやらお母さん、校内トーナメントを見に来ていたらしいのよ」


「ホゲェ」


 ローラの口から変な悲鳴が漏れた。


「お母さんはとても感動したそうよ。自分の娘にまさか魔法の才能があるとは知らなかった。学園のおかげで新しい可能性が出てきた。これからも娘の才能を伸ばしてやって欲しい。そんなことが手紙には書かれていたわ」


 それを聞き、ローラは安堵の息を吐く。

 なんだ、悪い内容じゃなかったのか、と……。


「そして家に帰って、お父さんにローラちゃんが魔法学科に入ったということを教えたら激怒されたらしいの。それはもう、夫婦始まって以来のケンカになったと……」


「ホギャァァ!」


 ローラは痙攣しながらぶっ倒れた。


「なっ……しっかりしてくださいましローラさん!」


「泡吹いてる……」


 友人二人の献身的介護により、ローラは何とか立ち上がった。

 気絶しても事態は好転しない。

 話の続きを聞かないと。


「それで大賢者様。二通目の手紙は……」


「大賢者じゃなく、学長先生って呼んでね。それで二通目は、言うまでもなくお父さんから。内容は、学園に対する罵詈雑言。魔法使いに対する誹謗中傷。私に対する失望。そしてローラちゃんの退学願。読みたい?」


「いいえ……だいたい想像つくので結構です。あの、父が失礼しました……」


「いいのよ。ローラちゃんが悪いわけじゃないし。ブルーノ・エドモンズの魔法嫌いは有名だし。彼が怒る気持ちも分かるし。それに昔ここの生徒だった頃から『前衛はいいぞ』とか言ってたから」


 そういえばローラの父と母もこの学園の卒業生だった。

 母はともかくとして、蛇蝎の如く魔法を嫌っている父が、なぜ大賢者が学長を務めるギルドレア冒険者学園に入学したのだろうか。

 不思議に思ったローラは疑問を口にした。

 すると。


「倒したい魔法使いがいるとか言ってたわ。あと、最強の魔法使いである私と一騎打ちしたかったんだって」


 という答えが返ってきた。

 なるほど。実に父らしい動機だ。


「それで学長先生は父と一騎打ちしたんですか?」


「したわよ。しかも剣で」


「……結果は?」


「もちろん私の勝ち」


 大賢者はニヤリと笑う。とても自慢げだ。

 そしてローラは、父が負けたと聞き「むー」と唸ってしまう。

 すると大賢者はますます嬉しそうにした。


「魔法を使わず剣だけでボコったおかげで、彼、私のことは認めてくれたみたいだったのよね……けどローラちゃんを魔法学科に転籍させたせいで逆鱗に触れちゃった。てへ」


 てへ、ではない。

 ローラにとっては死活問題だ。

 せっかくシャーロットとアンナという友達ができたのに、今更やめたくないのだ。


「何とかならないんですか!?」


「うーん……ローラちゃんが十五歳以上なら成人扱いだけど。九歳のあなたは保護者の意志で身の振り方を左右されちゃうのよね。つまり、保護者であるお父さんが退学願を出してきた以上、学園としてはどうすることもできないのよ」


「そんなぁ。学長先生は女王陛下も恫喝したんでしょうッ?」


「恫喝じゃないわよ、人聞きが悪いわねぇ。ただ、うちの行事でお騒がせしてごめんなさいって謝ってきただけ。王族はみんなお友達だし。まあ、ローラちゃんのお父さんも友達みたいなものかしら。教え子だから。正直、こういう展開は予測済みだから心の準備はできてるわ。さて、私が直接乗り込んで、激しい説得を――」


「やめてください、お父さんが死んじゃいます!」


 自分の父親と、通っている学園の学長が刃傷沙汰になったら困る。

 それにいくら父が強いといっても、大賢者に比べたらただの人だ。

 今でもローラにとって両親は憧れの存在だ。

 それが負けるところなんて見たくない。


「それで学長。その退学願はどうするのですか? 私としても可愛い生徒をみすみす失いたくはないのですが」


 エミリアも話に加わってきた。


「そうねぇ。とりあえず、机にしまっておきましょう。届いたからってすぐに受理する必要ないもの。郵便屋さんの事故で届かなかったって言い訳もありかしら?」


 大賢者は自分の机にブルーノ・エドモンズの手紙を突っ込む。

 かなり奥の方まで入れたらしい。

 ぐしゃっと紙が潰れる音がした。


「しかし、いつまでもそれで誤魔化すのは無理でしょう」


「そうね。というわけでローラちゃん。あなたは夏休みの間に実家に帰って、お父さんを説得してきなさい。誠心誠意に話し合っても、問答無用の暴力でも、方法は任せるわ。駄目だったら、本当に私が出向くから」


「……分かりました!」


 夏休みは一ヶ月以上ある。

 時間はたっぷり。それに母親はローラの味方のようだ。

 ならば勝機は十分にある。

 大賢者の言うように、今のローラなら暴力に訴えることすら可能だ。

 避けたい手だが、相手はブルーノ・エドモンズ。冒険者中の冒険者。

 強くなった娘にボコられるなら本望だろう。


「ローラさん。わたくしも同行させてくださいな!」


「私も一緒に行く。ローラを学園に残すためなら何でもやる」


「シャーロットさん……アンナさん……ありがとうございます!」


 ローラは感動した。

 やはり持つべきものは親友。

 夏休みという貴重な時間を、ローラのために迷わず差し出してくれたのだ。

 そのことにいくら感謝してもしたりない。


「礼など無用ですわ。困ったときはお互い様」


「そう。だから私が困ってるときはよろしくね」


「……はい!」


 かくして三人はローラの故郷へ向けて旅だった。

 ある意味これも、夏休みの旅行といえるかも知れない。

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